高知の山あい、人口三千人余りの檮原に、隈研吾が茅で外壁を葺いた宿がある。マルシェ・ユスハラ(雲の上のホテル別館)は、一階に町の物産市「まちの駅ゆすはら」を抱え、その上に客室を載せた一棟である。豪華な設備を誇る宿ではない。素泊まりを軸にした簡素な滞在の中で、素材と町の関係を読むための建築が立っている。四国山地の涼を求めて標高の高い集落へ向かう晩夏に、建築を目的地とする旅の起点として取り上げたい。


マルシェ・ユスハラ — 高知・檮原 · 隈研吾が東面を茅で葺いた雲の上のホテル別館の外観
PHOTO: マルシェ・ユスハラ — 公式サイトを見る →

茅の外壁と、杉丸太の森

建物の東面には、地場の茅を束ねた庇状のカーテンウォールが幾層にも重なる。檮原に残る伝統的な茅葺屋根の技術を、隈研吾が壁面へ翻案したものである。茅は通気と断熱に働き、四国山地の気候に対して機械に頼らない環境調整の役割を担う。素材そのものを外皮として立ち上げるという、この建築家が各地で試みてきた手法が、産地の只中で最も素直なかたちを取っている。

一階の物産市に足を踏み入れると、天井を貫いて杉丸太の柱が林立する。皮を剥いだ丸太が枝分かれしながら吹き抜けを支え、屋内にいながら森を歩くような感覚が立ち上がる。木という素材を、加工された部材ではなく樹木の姿に近いまま用いる。まちの駅という即物的な機能の内側に、これほど詩的な空間が挿し込まれていることに、この一軒の核がある。竣工は2010年、檮原における隈研吾の仕事の一つの結節点にあたる。


マルシェ・ユスハラ — 檮原 · 杉丸太が林立する一階「まちの駅ゆすはら」物産市の吹き抜け
PHOTO: マルシェ・ユスハラ 一階「まちの駅ゆすはら」 — 公式サイトを見る →

物産市の上で眠るという滞在

客室は二階以上に配され、定員は31名。木の床に落ち着いた設えの部屋で、内装は華美を避け、素材の手触りを残している。夕食は館内で完結させず、町を歩いて食事処を探す組み立てになっている。素泊まり¥7,040〜、1泊2食付¥11,220〜という公式料金が示すとおり、これは上げ膳据え膳の宿ではない。町の物産市の上に客室を載せるという構成そのものが、滞在の性格を決めている。

湯は館内にはないが、隈研吾設計の雲の上の温泉・プールまでの無料送迎が用意されている。夜、階下の市が静まり、丸太の柱が影を落とす空間の上で眠る。翌朝、そのまま一階へ降りれば地場の産品が並ぶ。宿という単位ではなく、町の一日の律動に体を預けるための建築だと言える。

集約評価が映すこの一軒の像

公開レビューデータを集計すると、評価は建築体験と滞在の簡素さのあいだで明瞭に分かれる。茅の外観、杉丸太の吹き抜け、隈研吾の設計思想を体感できる点への支持が一貫して高い一方、大浴場が館内にないこと、食事が付かない素泊まり主体であること、設備がビジネスホテルに近い水準であることへの言及も見られる。つまり、豪奢な宿を期待する層と、建築を目的に訪れる層とで満足度が大きく振れる一軒である。

編集部の読みも同じ方向を指す。これは接客や料理で記憶を作る宿ではなく、素材と空間、そして町との関係で記憶を作る建築である。その前提を共有できるなら、価格に対する体験の密度はむしろ高い。


マルシェ・ユスハラ — 檮原 · 木の床に落ち着いた設えの客室
PHOTO: マルシェ・ユスハラ 客室 — 公式サイトを見る →

檮原を歩く — 隈研吾の四半世紀

この一軒を単独で読むのは惜しい。檮原は、隈研吾が四半世紀にわたって公共建築を積み上げてきた稀有な町である。マルシェ・ユスハラから歩ける範囲に、木造の梁を斗栱状に組み上げた雲の上のギャラリー(木橋ミュージアム)、そして杉板と光で編まれた雲の上の図書館(2018年)が点在する。町役場もまた木でつくられ、集落全体が一人の建築家の思考の変遷を屋外展示のように並べている。

茅、杉、光。素材を起点に一つの町を編むという営みを、宿泊しながら徒歩で辿れる場所は他にない。マルシェ・ユスハラは、その散策の拠点として最も理にかなった一棟である。晩夏、標高の高い檮原は下界より涼しく、木陰を歩くだけで四国山地の空気が変わるのがわかる。

具体情報

  • 所在地: 高知県高岡郡檮原町梼原1196-1
  • アクセス: 高知自動車道 須崎中央ICから車で約60分
  • 定員: 31名(客室は二階以上/一階は物産市「まちの駅ゆすはら」)
  • 料金の目安: 素泊まり ¥7,040〜/1泊2食付 ¥11,220〜(公式・1名)
  • 設計: 隈研吾(東面の茅ファサード、杉丸太の吹き抜け)
  • 開業: 2010年夏
  • 湯: 館内になし。雲の上の温泉・プールへ無料送迎あり

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    隈研吾の建築や素材の思想を体感したい人、集落を徒歩で読み歩く旅、簡素な設えを厭わない一人旅・二人旅
  • 向かない:
    館内で完結する会席や大浴場を望む人、上げ膳据え膳の温泉旅館を求める旅、幼児連れで手厚い宿サービスを要する家族

Media Picks Score

89 / 100 — 評価の内訳: 建築(茅ファサード・杉丸太の空間) / 立地(檮原の隈研吾建築群への近さ) / 体験(町と一体化した滞在) / 価格感(簡素だが妥当) / 編集適合度(デザインを主題とする旅への合致)。豪華な設備ではなく、素材と町の関係を読める点を高く採った。

※ 料金は公式サイト掲載の宿泊料金で、時期・プランにより変動します。Media Picks Score は公開レビューデータを集計し、立地・建築・規模の情報を加味した編集部の総合指標です。

よくある質問

Q. ベストシーズンはいつですか?

A. 標高の高い檮原は夏でも下界より涼しく、四国山地の緑が濃い晩夏から初秋を編集部は推したい。茅と杉の外皮が働く時期でもある。冬は積雪と路面凍結があり、車でのアクセスに注意が要る。

Q. 食事や温泉は館内にありますか?

A. 素泊まりが軸で、夕食は町の食事処を歩いて探す組み立てです。大浴場は館内になく、隈研吾設計の雲の上の温泉・プールまで無料送迎が用意されています。

Q. 建築散歩はどの程度歩けますか?

A. 雲の上のギャラリー(木橋ミュージアム)や雲の上の図書館など、隈研吾の公共建築が徒歩圏に点在します。半日あれば主要な建築を無理なく巡ることができます。

Q. アクセスは?

A. 高知自動車道 須崎中央ICから車で約60分。公共交通は本数が限られるため、車での来訪が現実的です。

本記事の参考情報

ゆすはら雲の上観光協会(公式) — 施設・建築の情報
Wikipedia: 梼原町 — 地理・歴史の背景
こうち旅ネット(高知県観光情報) — エリアの観光情報

編集部から

マルシェ・ユスハラは、宿としての快適さを競う一軒ではない。茅を外壁に立ち上げ、丸太を森のように林立させ、その下に町の産品を並べる。その上で眠るという構成そのものが、隈研吾が檮原で四半世紀続けてきた思考の縮図になっている。設備の簡素さを欠点として数えるか、町と素材に向き合うための余白として読むか。旅の目的次第で、この一軒の価値は大きく変わる。あなたなら、この茅の下でどんな一夜を過ごすだろうか。