岡山県の北半分、中国山地の谷筋に潜む五軒を紹介する。瀬戸内側の倉敷や直島ではなく、真庭の旧街道と湯原・奥津・足の三湯郷、そして西粟倉村の森林経営から派生した新しい滞在の場。蒜山の南西、出雲街道に沿った宿場と、川沿いの足元湧出湯。室数は六から十のあいだに収まる小さな宿を、初夏の谷の緑を背景に編集部が選んでいる。
| # | 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 名泉鍵湯 奥津荘 | 鏡野町・奥津 | 94 | 8 | ¥106–¥152k | 登録有形文化財・足元湧出の鍵湯、棟方志功ゆかり |
| 2 | 元禄旅籠 油屋 | 真庭市・湯原温泉 | 91 | 8 | ¥25–¥57k | 1688年創業、全室温泉風呂付の旭川沿いの宿 |
| 3 | 湯原温泉 我無らん | 真庭市・湯原温泉 | 91 | 6 | ¥40–¥50k | 全室源泉かけ流し、バリ風意匠の六室小宿 |
| 4 | 足温泉 いづみ家 | 真庭市・足温泉 | 85 | 6 | ¥12–¥22k | 湯治場として残る足元湧出の素朴な六室宿 |
| 5 | 100年の森のホテル 栞 | 西粟倉村 | 84 | 10 | ¥45–¥69k | 2024年開業、林業経営から派生した10棟構成の宿 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
1. 名泉鍵湯 奥津荘 — 岡山県苫田郡鏡野町・奥津温泉
吉井川源流沿い、岩盤の底から自噴する湯を持つ昭和二年築の本館。岡山県北の小宿として、編集部が頭に据える一軒。
Media Picks Score: 94 / 100 8室、登録有形文化財の旅館。
目安価格 ¥106,000–¥152,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
美作三湯のひとつ奥津温泉の中心に建つ本館は、1927年(昭和二年)の建築。津山藩政期は藩主専用の湯で、湯口に鍵がかけられたことから「鍵湯」と呼ばれた。岩盤底から湧き出る湯を、加水・加温なしのまま岩風呂に張る、いわゆる足元湧出の湯。建物全体が2018年に国の登録有形文化財に指定され、棟方志功が長期滞在し作品を残した宿としても知られる。8室というスケールゆえ、設計と運営を一人の主が見渡せる。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計したところ、湯の質と建築の風格に対する支持が明確に高い。一方で、エレベーターがなく階段の上り下りが必要、客室は古い木造ゆえ防音は現代的でない、という点を挙げる声も一定数ある。湯治・建築・棟方志功という文化資源の交点を理解する宿泊者層に強く響く宿である。料理は地のものを中心とした会席で、量より素材選びに比重がある。
向く人 / 向かない人
-
向く:
足元湧出の湯を体験したい温泉愛好家、登録有形文化財の建築を目的にする旅、棟方志功と昭和初期の文化に触れたい層 -
向かない:
バリアフリーが必須の旅、最新設備の客室を望む人、賑やかな観光地でアクティビティを連続させる旅程
具体情報
- 最寄り駅: JR津山駅からバス約60分、車で約40分(中国自動車道院庄IC経由)
- 客室数: 8室(本館は1927年築・木造2階建て)
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
- 食事: 朝・夕ともに地のものを中心とした会席
- 創業 / 文化財登録: 本館 1927年築、2018年11月 登録有形文化財指定
- 湯: 足元湧出・源泉かけ流し、鍵湯と立湯
2. 元禄旅籠 油屋 — 岡山県真庭市・湯原温泉
元禄元年(1688年)創業、旅人に灯火の油を供したことに屋号の由来を持つ旭川沿いの宿。全8室すべてに温泉風呂を備える。
Media Picks Score: 91 / 100 8室、湯原温泉の老舗旅館。
目安価格 ¥25,000–¥57,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
湯原温泉郷は旭川の上流にあり、川岸の砂湯(混浴露天)で全国に知られるが、宿泊地としての記憶は意外に薄い。油屋は宿場としての湯原を語る上で外せない一軒で、創業は元禄元年。屋号は街道の旅人へ灯火用の油を提供していたことに由来する。現在は宿泊専用棟「夢酔庵」と食事・浴場棟「食湯館」の二館構成で、全8室すべてに温泉風呂が付く。料理はフレンチを軸に和とイタリアの要素を組み込んだ夕食を、専用ダイニングで供する。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、料理の構成力と全室温泉風呂付きという設備の組み合わせへの支持が強い。客室は新棟の整備が進んだ分、近代的な静けさが確保されており、湯原温泉という地名から想像される昔ながらの旅館像とはやや異なる印象を持つ層が多い。三百年の屋号を持ちながら、運営の更新を続けてきた宿という性格が読み取れる。
向く人 / 向かない人
-
向く:
フレンチ寄りの懐石を望む層、温泉風呂付き客室で静かに過ごしたいカップル、湯原温泉郷を起点に蒜山高原や中国山地を周遊する旅 -
向かない:
純和食の会席を期待する宿泊者、共同浴場の賑わいを求める湯治旅、極端に低価格帯を望む旅程
具体情報
- 最寄り駅: JR中国勝山駅からタクシー約30分(米子自動車道湯原ICから約5分)
- 客室数: 8室(全室に温泉風呂、宿泊棟「夢酔庵」)
- 食事: 夕食はフレンチを軸とした創作、専用ダイニング
- 創業: 元禄元年(1688年)
- 立地: 旭川沿い、湯原温泉街中心部
3. 湯原温泉 我無らん — 岡山県真庭市・湯原温泉
中国山地の湯原温泉に、バリ島の意匠を移植した六室の小宿。アルカリ性単純泉(pH9.0)を全客室で源泉かけ流しで使う。
Media Picks Score: 91 / 100 6室、湯原温泉の小宿。
目安価格 ¥40,000–¥50,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
湯原の温泉街にありながら、室名と意匠をバリ島から取った異種交配の小宿。アルカリ性単純泉(pH9.0)を加水・加温なしで全6室にかけ流し、客室にはバリ家具と石材を組み合わせたプライベートな浴室を設える。湯原という街道宿の土地で、和様式ではない設えを選んだことが、近年の地方リゾート再編の一例として読まれる。料理は岡山産の食材で和ベースの創作会席、朝食には焼きたてのパンが出る。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、湯の質と客室の独立感への評価が際立つ。バリ風意匠については好みが分かれ、和テイストを求める層には選択肢として外れる一方、温泉郷で和様式以外の滞在を探す層には合致する。六室という規模ゆえ、ロビーや浴場で他客と頻繁にすれ違うことはない。記念日利用や、二人での静かな滞在を望む宿泊者層の評価が高い。
向く人 / 向かない人
-
向く:
温泉街で和様式以外の意匠を選びたい層、記念日のための二人旅、源泉かけ流しを部屋で完結させたい人 -
向かない:
純和風の旅館建築や畳座を期待する層、大浴場での湯巡りを目的にした旅、子連れの家族滞在
具体情報
- 最寄り駅: JR中国勝山駅からタクシー約30分(米子自動車道湯原ICから約5分)
- 客室数: 6室(全室源泉かけ流し)
- チェックイン: 16:00〜 / アウト 〜10:00
- 食事: 夕食は岡山産食材の創作会席、朝食は焼きたてパン
- 湯: アルカリ性単純泉 pH9.0、加水・加温なし
4. 足温泉 いづみ家 — 岡山県真庭市・足温泉
湯原温泉郷の北方、旭川支流沿いに残る湯治場・足温泉の素朴な六室宿。湯治の構造を保ったまま、現代の宿泊に開かれている。
Media Picks Score: 85 / 100 6室、湯治宿。
目安価格 ¥12,000–¥22,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
湯原温泉から旭川沿いを少し北に上った都喜足(つきたる)地区に、湯治場の名残を持つ足(たる)温泉がある。いづみ家はこの集落のなかで宿を営む六室の小宿。湯治宿の構造は、長期滞在を前提に料理は質素で部屋は飾らない、湯と食事と眠りを最低限に整える設えとなる。足温泉自体が湯原・郷土湯原温泉郷の枠外に置かれることが多く、結果として旭川源流域の山あいで人の気配の薄い夜を過ごせる。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、湯治色を歓迎する層からの満足度が高い。料理の華やかさや客室の装飾を期待する宿泊者にとっては物足りなさが残るが、湯治宿としての文脈で評価する宿泊者層には支持される。長期滞在で繰り返し訪れる層が一定数いる点は、湯治という宿泊形態が消えつつある中で珍しい。
向く人 / 向かない人
-
向く:
湯治の構造を保つ宿で連泊したい層、山あいで読書や仕事の集中に時間を割く人、装飾より素朴さを優先する旅 -
向かない:
華やかな会席や演出を求める旅、温泉宿に最新設備を期待する層、観光地巡りで宿に戻る時間が短い旅程
具体情報
- 最寄り駅: JR中国勝山駅から車・タクシー(湯原温泉から旭川沿いに北上)
- 客室数: 6室(湯治宿)
- 食事: 湯治宿らしい素朴な献立
- 立地: 真庭市都喜足、足温泉集落
5. 100年の森のホテル 栞 — 岡山県英田郡西粟倉村
西粟倉村が掲げる「百年の森林構想」を、宿泊施設として翻訳した2024年開業の十棟構成のホテル。林業由来の小さな村が、滞在の場を新たに編んだ。
Media Picks Score: 84 / 100 10棟、林業由来の宿。
目安価格 ¥45,000–¥69,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
西粟倉村は岡山県東端、人口千数百人の山間集落で、2008年から村が「百年の森林構想」を掲げ、村全体で林業経営を続けてきた。栞はその構想を宿泊体験として実装する形で、2024年5月、旧国民宿舎あわくら荘の跡地に十棟構成のホテルとして開業した。建材は地元の杉・檜を中心に組み、棟ごとに2〜6人用の客室タイプを揃える。ワーケーション・研修用の利用も想定されており、村の事業者経済そのものが宿の運営に関与する構造になっている。
集約レビューの傾向
開業から日が浅く、公開レビューデータの集積はまだ薄いが、建築・木材使用・運営思想に対して文脈を理解した層からの評価が出始めている。村の林業政策を背景に持つ宿という前提を共有できるかどうかで、滞在の手触りが変わる類の宿である。一般的な温泉旅館と比較する文脈では枠から外れるが、地域経済型ホテルの一例として現時点では国内に類例が少ない。
向く人 / 向かない人
-
向く:
地域林業や持続可能な観光に関心がある層、グループでの研修・ワーケーション、子連れも含めた家族滞在 -
向かない:
温泉旅館の様式美を求める旅、ハイエンドリゾートの均一なサービスを期待する人、半日で立ち寄る都市型短期滞在
具体情報
- 最寄り駅: 智頭急行あわくら温泉駅から徒歩約15分(鳥取道西粟倉ICから約5分)
- 客室数: 10棟(2〜6名用、シングル利用可の部屋含む)
- 開業: 2024年5月16日(旧国民宿舎あわくら荘の跡地)
- 背景: 西粟倉村「百年の森林構想」と連動
- 建材: 地元の杉・檜を中心に使用
よくある質問
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 編集部が推すのは初夏、新緑が落ち着く五月下旬から梅雨入り前の六月中旬。湯原・奥津・足の三湯郷はいずれも渓流沿いにあり、六月の蛍が見どころとなる。盛夏は蒜山高原と西粟倉村が一段と過ごしやすく、避暑利用に向く。秋は十一月の紅葉、冬は奥津・西粟倉が雪深くなる。
Q. 公共交通でアクセスできますか?
A. 真庭市の湯原温泉郷はJR中国勝山駅からタクシーまたは路線バス、奥津温泉はJR津山駅からバス約60分、西粟倉村は智頭急行あわくら温泉駅が最寄り。いずれも本数は限られるため、岡山駅・津山駅でレンタカーを借りる旅程が時間効率では優位。
Q. 五軒は同一旅程で巡れますか?
A. 巡れるが、地理的に離れている。湯原・足は隣接(旭川沿い)、奥津は東に約40km、西粟倉村はさらに東で湯原から約100km離れる。二泊三日で「湯原+奥津」、または「湯原+西粟倉」の二点を結ぶ旅程が現実的。五軒を一度に巡る前提では組まれていない。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 100年の森のホテル 栞は2〜6名用客室があり家族滞在を想定している。奥津荘・我無らんは小規模で防音が現代的でなく、幼児連れには客室の独立性で制約が出る場面もある。湯治宿の足温泉いづみ家は構造上、子連れより大人連れに向く。
Q. インバウンド客への対応は?
A. 奥津荘は登録有形文化財として海外からの建築・温泉愛好家の利用が増えている。湯原温泉郷は道路標識・案内表示の英語化が進む段階。西粟倉村の栞は地域経営型ホテルとして英語対応にも比較的開かれている。中国・韓国語の対応は宿により異なり、いずれも事前確認が前提となる。
本記事の参考情報
・真庭観光局 — 真庭市の湯原温泉・蒜山高原の情報
・かがみの旅とくらし(鏡野町観光・定住総合サイト) — 奥津温泉と鏡野町の情報
・西粟倉村役場 — 百年の森林構想と村の事業
・Wikipedia: 奥津温泉 — 美作三湯の歴史と地理
編集部から
岡山県北は瀬戸内側の倉敷・牛窓・直島の文脈とまったく違う層を持つ。出雲街道と美作街道の交点に湯原温泉、吉井川源流の岩盤に奥津温泉、湯原から旭川を遡ると足温泉、東に山を越えれば西粟倉村の林業集落。五軒の宿はそれぞれ別の時間軸を生きており、ひとつの旅程で全てを回るのではなく、まず一軒を起点に滞在することを編集部は勧めたい。次は蒜山高原西側の小宿か、出雲街道の宿場を残す勝山町並み保存地区を取り上げる予定である。