2026 年 4 月 23 日、岩手県岩手郡雫石町の小岩井農場敷地内に AZUMA FARM Koiwai が開業した。アマンを創ったエイドリアン・ゼッカが率いる Azumi Japan と JR 東日本の協業による新ブランド「AZUMA FARM」第一弾、約 3,000 ヘクタールに及ぶ農場のうち 8 ヘクタールを切り取り、24 棟の独立宿泊棟を点在させた。コンセプトは「A Down To Earth Farm Stay」。本稿は宿泊体験の絶賛ではなく、農業景観のなかにリゾートが介入する建築計画として、客室棟と既存の重要文化財建築群との距離、放牧地と森林を残した造成計画、ゼッカが拘わる「土地に対する低い姿勢」を読み解く。


AZUMA FARM KOIWAI — 雫石・小岩井農場 朝霧の立ち上る放牧地と岩手山系を望む
PHOTO: AZUMA FARM Koiwai — 公式サイトを見る →

背景 — アマン創業者と東日本の鉄道会社が、なぜ「農場」を選んだか

エイドリアン・ゼッカが 2021 年に広島県尾道市で立ち上げた Azumi Setoda は、瀬戸内の元廻船問屋・堀内邸を改修した一棟の現代旅館だった。次の一手として彼が選んだのは、瀬戸内のような「歴史的な街並み」ではなく、東北の「現役の農業地帯」である。背景には JR 東日本という新しいパートナーの存在がある。新幹線で東京駅から盛岡駅まで約 2 時間 11 分、そこから送迎で 30 分という地点に、宿泊単価 23 万円超の物件を成立させる需要があると、両社は読んだ。eVTOL(空飛ぶクルマ)による盛岡駅連携も計画されている。

注目すべきは、Azumi Setoda が単一の歴史的建造物の改修だったのに対し、Koiwai は何もない 8 ヘクタールに新築 24 棟を散在させる、対照的に「大きい」スケールの計画である点だ。にもかかわらず、コンセプトは「A Down To Earth Farm Stay」——大地に立ち返る、地に足のついた農場滞在。スケールの矛盾をどう解消するか。答えは配置と素材にある。

敷地 — 8 ha は小岩井全体の 0.27 パーセント、放牧景観を「使わずに残す」設計

小岩井農場は 1891 年の創業から数えて 135 年、明治の三井・井上・小野——三氏の頭文字から名が付いた——以来の継承を経て、現在は約 3,000 ヘクタールの民有地のうち約 9 割が牧草地・森林として運営されている。2017 年 2 月 23 日、本部事務所、第一号・第二号牛舎、第一号・第二号サイロ、乗馬厩、四階建倉庫、玉蜀黍小屋など 21 棟が「小岩井農場施設」として国指定重要文化財に指定された。日本の近代農業のシステム史を、明治末から昭和初期にかけての建築群が現役で語る、稀少な事例である。

AZUMA FARM Koiwai が占めるのは、この 3,000 ヘクタールのうち 8 ヘクタール、率にして 0.27 パーセント。観光客が立ち入る農場の中央ゾーン——重要文化財群が密集する区域——とは敷地を分け、麓寄りの森林域に独立して配置された。8 ヘクタールのうち建物が占める面積は限定的で、大部分は放牧地と二次林として温存される。「ランドスケープに溶け込む」という常套句が、この物件では数字で表現されている。


AZUMA FARM KOIWAI — 8 ヘクタールの敷地で 130 年継承された牧草地を歩く
PHOTO: AZUMA FARM Koiwai — 公式サイトを見る →

建築 — 京都・六角屋 三浦史朗、現地伐採の樹を建材化する

設計は京都を拠点とする六角屋の三浦史朗。同事務所は数寄屋・茶室の伝統技法と現代建築の接合を本領とし、近年は北山の杉を用いた住宅作や、京都市内の町家再生で知られる。三浦が AZUMA FARM Koiwai で採った姿勢は明快である。設計者は土地に来て、農場のチームと森を歩き、伐る樹を一本ずつ選んでから図面を引いた。竣工した建物の主要部材は、すべて場内の森から伐り出された——樹齢 100 年を超えるアカマツがトラスと外装に、小岩井産の杉が傾斜天井に、岩手産の栗が客室と食堂の柱に、地元の広葉樹であるトネリコと楢が家具に充てられている。土壁には小岩井牧場の草が骨材として混入された。

配置は中央に広場を置き、その周囲に独立棟を散らす構成である。集中型・横並び型のリゾートホテルが、客室棟をひとつのボリュームに集約して効率化を取るのに対し、AZUMA FARM Koiwai はあえて 24 棟を独立させ、棟間距離を稼いだ。歩いて棟を移動する間に、森の気配と放牧地の音が体験のあいだに挟まる仕組みだ。三浦自身は「敷地が、設計者のエゴではなく、何を建てるかを決める」という言葉を用いている。


AZUMA FARM KOIWAI — 樹齢 100 年超のアカマツ柱と杉天井 大開口を備えた共用棟
PHOTO: AZUMA FARM Koiwai — 公式サイトを見る →

客室 — Forest Villa 65.7 ㎡、Garden Villa 87.4 ㎡

客室棟は二種類。22 棟の Forest Villa が 65.7 ㎡、二棟の Garden Villa が 87.4 ㎡。Forest Villa は雑木林のなかに点在し、Garden Villa はより開けた草地寄りに配される。形式はいずれも一棟独立の平屋で、寝室・居間・浴室・外部デッキを一つの屋根の下にまとめる構成だ。建築写真で確認できる範囲では、傾斜の強い切妻天井に小岩井の杉が張られ、岩手産の栗を芯にした柱が室内を支える。漆喰と土の混合左官が壁を覆い、寝具と家具にはトネリコと楢が用いられる。窓は周囲の樹影と放牧地に向かって大きく開かれ、内部にはサウナや囲炉裏といった、よくある「日本らしい意匠」は据えられない。それはこの宿が、「装飾としての和」ではなく「素材としての和」を選んだことの帰結である。


AZUMA FARM KOIWAI — Forest Villa 65.7 ㎡ 杉の傾斜天井と岩手栗の柱
PHOTO: AZUMA FARM Koiwai — 公式サイトを見る →

食と滞在 — オールインクルーシブの輪郭

2 名 1 室 235,400 円という公開価格には、朝夕食、館内アクティビティ、盛岡駅との送迎、そして 3 棟あるプライベートサウナの利用が含まれる。料金体系は単一棟(一棟丸ごとを 2 名で)が原則で、追加人数は別途。レストランとラウンジは独立した一棟に集約され、食材は岩手の四季——夏は乳製品と高原野菜、秋は雑穀と山の幸、冬は熟成肉と発酵食——を中心に組み立てられる。場内の重要文化財「乳製品工場」由来のチーズや、雫石平野の米、近隣で受け継がれてきた漆器・南部鉄器の工芸とも連携が予定される。

滞在中のアクティビティは、敷地内・近隣に分散する。馬場での乗馬、ニホヘ地域の漆掻きワークショップ、岩手山麓のハイキング、雫石のワサビ田訪問、地元の蔵元と組んだ酒の体験——いずれも「観光地巡り」ではなく「土地の労働への参与」を意図したカリキュラムである。温泉施設も敷地内に別途計画されている。

編集部の読み — リゾートが「介入しないこと」の難しさ

本物件で最も評価すべき点は、設計者が「目立つ建築」を作らなかったことだ。樹齢 100 年のアカマツを伐り、岩手の栗を立て、小岩井の杉で天井を覆う——素材選択そのものが、敷地と分かちがたく結びついている。完成形は写真映えする「アイコン」ではない。むしろ平屋・木造・低層という、農場の既存スケールに沿った匿名性を選んでいる。これは Azumi Setoda の堀内邸改修——歴史的建造物の保存・延命——とは異なる方法で、同じ価値観——「土地の固有性を残す」——を体現している。

一方で、留保もある。8 ヘクタールという面積は、観光客の動線を分離するには十分な広さだが、24 棟が稼働した時の人と車の動きが、放牧地の運営にどの程度影響するかは、開業初年度の検証を待つ必要がある。重要文化財群との距離は物理的に確保されているが、農場全体としての景観体験——観光客が中央ゾーンを訪れた延長で「奥にリゾートがある」と認識する——をどう設計し続けるか。それは建築の竣工で終わる仕事ではなく、JR 東日本と小岩井農牧、Azumi Japan の三者が今後数十年単位で運営し続ける課題だ。

とはいえ、開業前後の建築写真と公開資料を読む限り、本物件は「ラグジュアリーリゾートのカタログ的な完成度」よりも「景観に対する控えめな姿勢」を優先した数少ない国内事例である。2026 年の東北、岩手の麓に、この姿勢で開業した一軒があるという事実そのものが、編集部にとっての価値である。

具体情報

  • 所在地: 岩手県岩手郡雫石町丸谷地 36-1 小岩井農場敷地内
  • 最寄り駅: JR 盛岡駅から専用送迎で約 30 分(オールインクルーシブに含む)
  • 客室: Forest Villa 65.7 ㎡ ×22 棟 / Garden Villa 87.4 ㎡ ×2 棟 — 計 24 棟(独立平屋)
  • 敷地: 約 8 ha(小岩井農場全体約 3,000 ha のうち 0.27%)/ 建築面積 約 4,000 ㎡
  • 設計: 六角屋 三浦史朗(京都)
  • 開業: 2026 年 4 月 23 日(温泉施設は 2026 年 11 月予定)
  • 運営: Azumi Japan × JR 東日本
  • 参考価格: 2 名 1 室 235,400 円から(税・サ込、朝夕食・送迎・館内アクティビティ・プライベートサウナ含む)

よくある質問

Q. Azumi Setoda(広島)と AZUMA FARM Koiwai は同じブランドですか?

A. 運営母体は同じ Azumi Japan(エイドリアン・ゼッカ率いる)ですが、ブランドは別です。Azumi Setoda は歴史的建造物を改修した一棟旅館型、AZUMA FARM は JR 東日本との協業による新築農場ステイ型。Koiwai が第 1 号で、今後ほかのエリアへの展開も計画されています。

Q. 重要文化財の牛舎やサイロは見学できますか?

A. 重要文化財 21 棟は小岩井農場の中央ゾーンに集中し、AZUMA FARM Koiwai の敷地とは分かれます。一般入場エリアからの見学・有料ガイドツアーが運営されており、Koiwai 宿泊中のアクティビティとして連携する見込みです。

Q. ベストシーズンはいつですか?

A. 開業直後の初夏(6〜7 月)は牧草の青と岩手山の残雪が同居する時期で、編集部が特に推したい時期です。秋(9〜10 月)は穀物と林床のキノコ、冬(12〜2 月)は乳製品の熟成と雪上散策が主役。各季節で「農場の仕事」が体験の主軸になります。

Q. 子連れでも泊まれますか?

A. 一棟独立型の建築構成なので、家族での貸し切り利用には適します。具体的な乳幼児受け入れ条件・寝具対応は開業初年度時点で公式に確認することを推す。

Q. 価格に何が含まれていますか?

A. 公開情報によれば、2 名 1 室 235,400 円(税・サ込)に朝食・夕食、盛岡駅⇄宿の送迎、館内アクティビティ、プライベートサウナ利用が含まれます。場外アクティビティ(漆掻き、酒蔵、乗馬の一部メニュー等)は別料金になる場合があります。

本記事の参考情報

AZUMA FARM Koiwai 公式サイト — 建築・素材・客室の一次資料
小岩井農場 重要文化財ページ — 国指定重要文化財 21 棟の構成と歴史
雫石町役場 — 国指定重要文化財告示(2017年) — 指定日と建造物リスト

編集部から

AZUMA FARM Koiwai は、開業直後の半年間でその姿勢が世に伝わる物件だろう。2026 年の梅雨入り前——6 月下旬から 7 月上旬——に岩手山の麓を訪れる旅程を組み、放牧地と二次林のスケール、棟と棟のあいだに残る距離感を実地で確かめたい。次回は同じく東北で建築的に対照的な——例えば集中型・都市型の——上質宿との比較を取り上げる予定である。