岩手・雫石町の小岩井農場、その八ヘクタールに、アマンを創業したエイドリアン・ゼッカが「A Down To Earth Farm Stay」を掲げて置いた一軒がある。二〇二六年四月二十三日開業のAZUMA FARM Koiwaiは、都市型でも温泉地でもない、農場という与件から立ち上がるリゾートである。二十四棟の平屋ヴィラ、レストラン棟、三棟のプライベートサウナ。設計は京都・六角屋の三浦史朗。素材は敷地内の赤松と杉、テーマは百三十年の森と農場を客室にどう引き込むか。既稿のAzumi Setoda(尾道)とは別軸の、農場滞在という新形式を、配置と素材から観察する。

※ 目安価格は開業時の公表価格に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税・サービス料・食事込み)です。


AZUMA FARM Koiwai — 岩手・雫石 小岩井農場 · 樹齢百年超の赤松と杉で組まれた平屋ヴィラの外観
PHOTO: AZUMA FARM Koiwai — 公式サイトを見る →

農場という与件

小岩井農場は明治二十四年、井上馨・岩崎彌之助・小野義眞が私財を投じて開いた民間総合農場である。岩手山南麓の火山灰台地を、百三十年かけて三千ヘクタールの多相の森と牧草地に変えた土地。AZUMA FARM Koiwaiが敷地として選んだのは、そのうち八ヘクタール——森が牧草地に接する縁辺の一角である。公式サイトの概要によれば、建築面積は約四千平米。二十四棟のヴィラ、レストラン棟、サウナ棟が、既存の樹木を伐らずに残す方針で配置されている。密度としては一ヘクタールあたり三棟。数字だけ見れば疎で、実際に地図を追うとヴィラは互いに視認できない距離に置かれている。

この土地に対する編集部の関心は、「農場という与件をどこまで建築が引き取れるか」の一点にある。牧草地の広さ、赤松の樹形、朝霧の抜け方——これらは動かせない条件で、設計はそれに応答することしかできない。三浦史朗と六角屋の仕事は、応答の側から編集する仕事である。

AZUMA FARM Koiwai — 小岩井農場の朝霧、平屋ヴィラと森の縁
牧草地に朝霧が流れ込む、開業前の敷地。

設計者・三浦史朗と素材の系譜

三浦史朗は京都に拠点を置く六角屋の代表で、住宅と別荘、寺社改修を軸に据えた仕事で知られる。素材の産地と加工の履歴を建築の主題に据える設計者で、既存樹の伐採を避ける配置、床下換気を確保する足元の納まり、屋根の勾配と軒の深さで採光量を調整する古典的な手法を積み重ねる。客室紹介には、Forest Villaの中心に「Koiwaiで育った樹齢百年超の栗の一本柱」が据えられると記されている。産地を敷地に還元する設計思想が、一本柱という即物的な形で示される構図である。

外皮の主材は敷地内の赤松と杉。赤松は東北の山林で古くから梁と柱に使われてきた樹種で、油分を多く含み、経年で琥珀色に近づく。杉は板壁と天井、床材に。屋根は緩勾配の片流れが基本で、南に開く。素材の選定と加工の履歴が、そのまま建築の性格を決めている。この土地で採れたものを、この土地で組む。系譜としては、白井晟一の松井田町役場や、藤森照信の秋野不矩美術館に近い立ち位置と言える。ただしAZUMA FARM Koiwaiには、それらより強い「産業建築を宿泊に転じる」意識がある——農場という機能空間を、滞在空間に翻訳する仕事である。

ヴィラの内部——六十五平米と八十七平米

ヴィラは二種類ある。Forest Villaは六十五平米、Garden Villaは八十七平米。どちらも定員三名で、ベッドはツイン二台、Forest Villaにはリクエストでデイベッドを追加できる。三名という定員設定に、この宿の想定客層が現れている。カップル二名か、大人二名+子ども一名。四名以上の家族滞在は想定されない設計である。

Forest Villaの中心に据えられた栗の一本柱は、意匠であると同時に構造でもある。梁を受ける柱を室内空間の主役に置くことで、建物の骨格を隠さない。設備類——Bluetoothスピーカー、ミニバー、金庫、電気ケトル、ドリップコーヒー——はすべて木の家具に収まる範囲で用意され、テレビは配置される。バスローブとパジャマ、Wi-Fiが完備される。過剰なテクノロジーはなく、しかし現代の滞在に必要な最低限は隠された形で入っている。Garden Villaは広いデイベッドと木製のヴェランダを持ち、森へ直接出られる。二種のヴィラは価格ではなく体験の質で分ける設計で、Forest Villaは森の中の「囲われた庇護」を、Garden Villaは森への「開かれた延長」を提供する。

AZUMA FARM Koiwai — 平屋ヴィラの外観、赤松の外壁と緩勾配の片流れ屋根
ヴィラ外観。素材と架構が主題になっている。

レストラン棟とサウナ棟——共用の意味

宿泊二十四棟に対して、共用施設はレストラン兼ラウンジ棟が一棟、プライベートサウナが三棟。サウナは薪ストーブを備えたバレル型で、三棟が敷地内に分散して置かれる。二十四組の宿泊者が三棟のサウナを予約制で共有する構成で、待たされることも、他組と鉢合わせることもない設計である。

レストラン棟は場内の中心付近に置かれ、朝食と夕食が提供される。オールインクルーシブの料金構成で、二食が価格に含まれる。使用食材の詳細は開業前段階で全ては明かされていないが、小岩井農場の乳製品、雫石町の農産物、岩手県内の食材が中心となる想定で、「地産地消」という語が公式サイトに繰り返し登場する。厨房は場所の与件——農場の生産物——を、素材として最短距離で受け取ることになる。

目安価格とアクティビティ

目安価格は一泊二名で二十三万五千四百円〜(税・サービス料込、朝夕食・盛岡駅シャトル・場内一部アクティビティを含む)。JR東日本のプレスリリースが示す開業時の想定レンジは、二人一室で二十万〜三十万円/泊。オールインクルーシブという構成は、細かい追加料金の存在を消し、滞在中の判断コストを下げるための商品設計である。長期滞在型のリゾートで、一日単位で意思決定を最小化することを想定している。

有料アクティビティは別建てで用意される。乗馬(上級者向け、三万三千円)、南部鉄器の工房ツアー(三十八万五千円〜)、八幡平の自然ツアー(六万六千円〜)、盛岡の歴史散策など、価格帯の広い体験が並ぶ。上限側の南部鉄器ツアーは、単なる見学ではなく職人と長時間対話する高付加価値プログラムで、この宿の客層想定——時間と可処分所得の両方を持つ滞在者——を示している。

目安価格 ¥235,400〜¥300,000 / 泊 (2名1室・オールインクルーシブ)

立地と交通、周辺の輪郭

住所は岩手県岩手郡雫石町丸谷地六十八ー七十七。最寄駅はJR盛岡駅で、宿の運営する無料シャトルバスが盛岡駅南口から出る。所要時間は約四十五分。東京から盛岡までは東北新幹線で最短二時間十一分、そこにシャトル移動が加わる。空路の場合はいわて花巻空港がやや近いが、羽田/伊丹便が主で本数が限られるため、多くの滞在者は新幹線経由になる想定である。

周辺には小岩井農場観光エリア(まきば園)、盛岡市街の南部鉄器工房群、八幡平の温泉地帯、雫石町中心部の温泉宿群がある。ただしAZUMA FARM Koiwaiの滞在設計は、外に頻繁に出ることを前提としない。日常の観光地巡りから距離を置き、農場八ヘクタールと室内で三日間過ごす、という時間の使い方を想定した宿である。

Media Picks Score

Media Picks Score: 92 / 100  24室、ファームステイ型リゾート。

評価の内訳は、立地(小岩井農場という土地の稀少性と作家的な設計)、素材(敷地伐り出し赤松+杉+栗一本柱)、体験の抽象度(オールインクルーシブによる判断コストの排除)、価格感(目安¥235,400〜、東北の新規開業として上限側)、編集適合度(アマン系譜+作家設計+東北農場という新形式)の五軸。減点要素は開業前ゆえ運営の質が未検証、公共交通からの距離、四名以上の家族滞在は不可という設計上の限定、の三点。

AZUMA FARM Koiwai — 敷地内の素材と光、赤松のディテール
素材と光の細部。開業前の敷地から。

この宿に向く旅人、向かない旅人

  • 向く:
    アマン系譜のリゾートを継続的に選んでいる滞在者、素材と建築を主題に旅程を組む人、二〜三泊で場所に沈み込む滞在を望むカップル、都市型ホテルからの完全な離脱を求める滞在者
  • 向かない:
    四名以上の家族(定員三名)、観光地を精力的に回る旅程を組む人、一泊短期滞在で価格対効果を最大化したい人、車を運転せず公共交通で自由に動きたい人

具体情報

  • 住所: 岩手県岩手郡雫石町丸谷地68-77
  • 最寄駅: JR盛岡駅南口から無料シャトルバスで約45分
  • 客室: 24棟(Forest Villa 65㎡ / Garden Villa 87㎡、いずれも定員3名)
  • 共用施設: レストラン&ラウンジ1棟、プライベートサウナ3棟(薪ストーブ・予約制)
  • 敷地: 約8ヘクタール(小岩井農場 約3,000haのうち)、建築面積 約4,000㎡
  • 食事: 朝夕食込み(地産地消、小岩井農場の乳製品と雫石町の農産物中心)
  • 開業: 2026年4月23日
  • 設計: 六角屋 三浦史朗
  • 運営: Azumi Japan(創業者エイドリアン・ゼッカ)、JR東日本共同開発

編集部から

AZUMA FARM Koiwaiは、アマンでもAzumiでもなく、新しい「AZUMA FARM」ブランドの一号店として置かれる。都市の観光資源にも、既存の温泉インフラにも依存しない立地で、農場という産業空間を滞在空間に翻訳する試み——これは日本のラグジュアリーリゾート市場で新しい問いを立てる仕事である。既稿のAzumi Setoda(尾道)が「町並みと海」を主題としたのに対し、Koiwaiは「森と牧草地」を主題とする。ゼッカが晩年に何を残そうとしているかを、建築と配置から読める記事を、開業後の再訪でもう一度書きたい。

よくある質問

Q. 予約はいつから可能ですか?

A. 公式サイトで宿泊予約受付が開始されている。二〇二六年四月二十三日の開業初日以降、開業初期の日程は既に埋まり始めているため、二泊以上の予定なら三カ月以上前の確保を推奨する。

Q. 何名まで宿泊できますか?

A. 一室あたり最大三名(大人二名+添い寝可能な子ども一名を含む)。四名以上の家族での滞在には対応していない。カップルまたは大人二名の滞在を主に想定した設計である。

Q. 食事内容はどのようなものですか?

A. 目安価格には朝食と夕食が含まれる。小岩井農場の乳製品と雫石町の農産物、岩手県内の食材を中心とした地産地消のメニュー構成。詳細な献立は季節ごとに変わるため、公式サイトの最新情報を参照する。

Q. アクセスはどうなりますか?

A. JR盛岡駅南口から無料シャトルバスで約四十五分。東京からは東北新幹線で盛岡まで最短二時間十一分、そこにシャトル移動が加わる。マイカーでの来場も可能。

Q. アマンとの関係はありますか?

A. 創業者エイドリアン・ゼッカがアマン創業者であることを除き、資本や運営はアマンとは独立している。ゼッカがアマン退任後に立ち上げたAzumiブランドの延長として、農場滞在に特化したAZUMA FARMブランドが新設された。Azumi Setoda(尾道)に続く二号店的な位置付けである。

本記事の参考情報

AZUMA FARM Koiwai 公式サイト — 客室、料金、アクセスの一次情報
JR東日本プレスリリース — 事業スキームと開業時想定価格
小岩井農場公式サイト — 敷地の歴史・地勢の背景

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