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ふふ 城ヶ島 海風のしらべ — 三浦半島南端、相模灘と城ヶ島大橋の間に低く挿す客室露天付の高級旅館
2026年3月15日に三浦半島最南端で開業した「ふふ 城ヶ島 海風のしらべ」を建築単体で読む。全34室・客室温泉付スイートのみ、58〜140㎡、首都圏から特急2時間という近接性と半島先端の隔絶感を同居させた立地の建築的解決を検証する。
旅館 吉和の風 — 廿日市、築150余年を30年かけて再生した一日一組の一棟貸し
広島県廿日市市吉和、築150余年の古民家を30年かけて再生した一棟貸し。約500坪を一組で独占する山あいの宿を、建築単体で読む。
露地と蹲踞 — 茶室にいたる前庭の素材構成から読む数寄屋旅館 5軒
京都・金沢・松江・萩・宇治の数寄屋系旅館5軒を、茶室にいたる露地と蹲踞の素材構成から読む。飛石・役石・燈籠の据え方、露地が滞在動線にどう組み込まれているかを編集部が選定。
朝食の様式 — 一の膳の朝粥、洋皿のフルーツ、汁物だけの椀、宿が朝に編集するもの
高級旅館の朝食は、夕食の余韻をどう畳むかという編集である。洋皿の果物を先付けする明神館、本式を朝まで通すあさば、朝粥と汁物で引き算する妙見石原荘 — 三軒の朝の膳から、宿が朝に編集するものを読む。
椀盛という設計判断 — 蓋を開ける一瞬を、宿はどの器・どの汁・どの香りで設計しているか 5軒
会席の中盤に置かれる椀盛は、料理長の最も繊細な判断が現れる場面。器・出汁・椀種という設計判断を軸に、輪島椀・京漆器の産地差まで射程に入れて選んだ高級旅館5軒。
上田・別所から鹿教湯・霊泉寺、信州塩田平の高級旅館 5軒 — 古湯と無言館の景観を背に持つ宿
別所・鹿教湯・霊泉寺の三つの古湯から、塩田平の高級旅館を5軒。文化財建築の花屋、数寄屋のかしわや、七室の隠れ宿・三水館ほか、料理・客室・庭園の軸で読む。
燗をつける宿 5軒 — 酒の温度を膳のうちに設計するという料理長の判断
梅雨の肌寒い夜、膳の進行に合わせて酒の温度を変える宿がある。冷酒が席巻するこの十年において、燗をつけるという文化を残し、料理長が温度設計を膳組の一部として組み込む五軒——北陸・東北・信州から、酒の宿 玉城屋・扉温泉 明神館・著莪の里 ゆめや・海と入り陽の宿 帝水・洗心館 松屋を、料理長の判断軸で読み解く。
AZUMA FARM KOIWAI — エイドリアン・ゼッカの「土に立ち返る農場ステイ」、小岩井の 2026 を読む
二〇二六年四月、岩手県雫石町・小岩井農場敷地内に開業した AZUMA FARM KOIWAI。アマン創業者エイドリアン・ゼッカと JR 東日本の協業、京都・六角屋 三浦史朗の設計による低層分棟、全二十四室。重要文化財の牛舎・サイロ群と放牧地のなかに挿入された建築計画を、開業初年の今、読み解く。
膳と縁高 — 一の膳、二の膳、本膳料理を運ぶ宿で読む配膳の建築 5軒
本膳料理の作法を残す京都・金沢・加賀の数寄屋旅館を、膳を運ぶ動線と配膳棚という装置から読み解く5軒。俵屋旅館、吉田山荘、あらや滔々庵、かよう亭、料理旅館金沢茶屋。
中庭と坪庭 — 宿の建築が「囲む」という設計判断、その空間の正体
外を取り込む借景、外周を歩かせる池泉回遊式とは対極に、宿の建築には「囲んで外を遮断する」という選択がある。中庭と坪庭——建物が外部空間を完全に取り囲んだとき、その内側に何が起きるのか。京都の町家旅館に残る通り庭から坪庭への連続、金沢の料亭旅館が抱える中庭、そして数寄屋の別邸が囲い込んだ庭。梅雨入り前後、囲まれた庭が雨を受けはじめるこの季節に、囲うという設計判断を建築論として読む。 本記事の要点 中庭・坪庭は「外を見せる」装置ではなく、外を遮り光と音を内に閉じ込める装置である 京都町家の坪庭は採光・通風という現実的要請から生まれた光井戸が起点 本稿で読む宿は俵屋旅館(京都・18室)、浅田屋(金沢・5室)、吉田山荘(京都・11室)の3軒 料金帯はおおむね1泊2食5万円以上、最小5室という規模が囲いの密度を支える 囲うことで生まれるのは眺望ではなく、視線の遮断と静けさという別種の体験 最終更新: 2026年6月8日 ※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。 囲うという、設計の選択 庭は本来、外にある。それを建物の内側に引き入れ、四方を壁と縁で囲ったとき、庭は風景であることをやめ、装置になる。中庭と坪庭という言葉が指すのは、この反転である。借景が遠景を室内に取り込み、池泉回遊式が客に外周を歩かせるのに対して、囲われた庭は外との関係を断つことで成立する。眺めるための庭ではなく、光を落とし、音を閉じ込め、視線を遮るための庭。設計者がここで下しているのは、引き算の判断と言える。 京都の町家では、この判断は思想以前に必要から生まれた。間口が狭く奥行きの深い敷地——いわゆる鰻の寝床に、玄関から奥へ通り庭が貫き、その途中に坪庭が穿たれる。坪庭はわずか一坪、二坪の小さな空地だが、奥の部屋まで光を導く光井戸として、また熱気を抜く煙突として機能した。装飾ではなく、空気と光の設計だったのである。建物が密集する都市の内側で、外を取り込めないなら内に庭を抱えるしかない。囲うとは、都市の制約に対する建築の回答でもあった。 俵屋旅館 — 京都・麸屋町通 通り庭から坪庭へ、光が奥へ受け渡される300年余の町家。囲いの原型がここにある。 Media Picks Score: 94 / 100 18室、料理旅館。 PHOTO: 俵屋旅館…