群馬県前橋の中央前橋駅から徒歩 5 分、馬場川通りに面した旧白井屋旅館の鉄筋躯体が、藤本壮介の設計を経て 25 室の宿に生まれ変わった。コンバージョンの妙は、既存の柱と梁を抜かずに残し、その間に螺旋階段と斜めの渡り廊下を吊した点にある。エッシャー的に交錯する垂直の動線は、ホテルというより縦に積まれた小さな広場のようにふるまう。レアンドロ・エルリッヒ、ライアン・ガンダーらの作品が空間に常設され、客室棟「Green Tower」では盛土の上に屋根を載せる別の建築言語が立ち上がる。2020 年 12 月開業、約 7 万円台から泊まれる前橋のアートホテルを、吹き抜けという一点から読み直す。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

江戸時代から続いた旧白井屋旅館の鉄筋躯体を、藤本壮介が「抜かずに吊る」設計で 25 室の宿に変えた。前橋のアートシーンを 1 軒で象徴する建築である。
Media Picks Score: 95 / 100 25室、デザインホテル / コンバージョン建築。
目安価格 ¥75,000–¥121,000 / 泊 (2名1室・通常期)
歴史と建築
白井屋の歴史は約 300 年前の江戸時代に遡る。近代以降は前橋随一の老舗旅館として営まれてきた。1970 年に建て替えられた鉄筋コンクリート 4 階建ての躯体は、2008 年の廃業後しばらく放置されていたが、JINS の田中仁が前橋の都市再生プロジェクトとして買い取り、藤本壮介に改修を依頼した。藤本が選んだ手法は、既存躯体を解体せずに残し、その内部を一度抜くというものである。床スラブの一部を撤去して 4 層分の吹き抜けを成立させ、抜けた虚空に螺旋階段と斜めの渡り廊下を後から吊した。結果として、柱と梁という旧旅館の骨組みが新しい動線と交錯し、建物のなかに垂直の広場が生まれた。隣接して新設された客室棟「Green Tower」は対照的に、盛土の傾斜面に屋根を載せた地形的な建築で、藤本の語彙の幅が 1 つの敷地に同居している。

滞在の体験 — Heritage Tower と Green Tower
客室は 2 棟に分かれる。Heritage Tower はかつての本館躯体の中に配された 17 室で、各室は藤本壮介本人のほか、ジャスパー・モリソン、ミケーレ・デ・ルッキ、レアンドロ・エルリッヒらが個別に内装デザインを手がけた。1 室ごとに違う作家の言葉で空間が組み立てられているため、滞在は「客室を選ぶ」というより「作家を選ぶ」に近い。Green Tower はその対岸、人工的に盛土された緑の丘の側面と上部に 8 室が点在し、客室から馬場川通りや吹き抜けを俯瞰できる。共用部にはギャラリー、レストラン「the RESTAURANT」(ガストロノミー)、パティスリー、ベーカリー、バー、3 室のプライベートサウナが配され、宿泊者でなくとも吹き抜けの広場に立ち入れる。ホテルが街に開かれている感覚は、前橋という都市の再生戦略そのものでもある。

常設されるアートと、その配置
白井屋ホテルがデザインホテルとして固有なのは、家具やプロダクトのセレクションではなく、空間そのものに作品が常設されている点にある。Heritage Tower の吹き抜けには、レアンドロ・エルリッヒの『階段』が、建物全体を作品として読み替えるかのように据えられている。ライアン・ガンダーは外壁のサインや小さな彫刻の介入で建物の輪郭を撹乱し、ローレンス・ウェイナーの言葉によるインスタレーションが共用部の壁面に走る。藤本壮介自身がデザインを担った客室と、エルリッヒの『LE ROOM』のように作家がそのまま部屋を作品化したスイートが、同じ躯体の中で隣り合う。前橋市街の再生に関わる「アーツ前橋」「アーツマエバシ」との連動も明確で、宿は美術館の一部でもある。

集約レビューが映すこの宿の本質
公開レビューデータを集計すると、評価の中心は建築と空間体験そのものに置かれている。吹き抜けと客室個別デザインへの評価が高く、料理(ガストロノミーレストランの夕食、朝食ビュッフェ)と接客への言及も建築評と矛盾しないかたちで並ぶ。一方で否定的な傾向として、立地(前橋という都市の選択そのもの)に対するアクセスの難しさ、客室タイプによる価格差の大きさ、Heritage Tower の階段中心の動線が高齢者・身体的制約のある滞在者には向かないという指摘も読み取れる。これらは、本来「街と建物を歩いて読むホテル」として設計されたコンセプトの裏返しでもあり、宿の性格を変えずに改善できる種類のものではない。集約スコア 4.48 / 5(n=271)はその構造を反映している。
立地と前橋という選択
JR 前橋駅から徒歩 15 分(タクシー 5 分)、上毛電鉄中央前橋駅から徒歩 5 分。東京駅からは上越新幹線で高崎まで約 50 分、両毛線に乗り換えて前橋まで 15 分前後。都心からの距離としては軽井沢より近いが、観光地としての前橋を訪れる動機は強くない。むしろ田中仁が手がけてきた「めぶく。」を冠する前橋の再生プロジェクト群(白井屋、馬場川通りのリデザイン、アーツ前橋)を 1 つの面として歩くなら、ここに泊まる意味が一気に立ち上がる。馬場川通り、広瀬川河畔の遊歩道、アーツ前橋までは徒歩 10 分圏内に収まっている。
こんな旅人に
- 向く: 現代建築・現代美術の文脈で宿を選ぶ人、藤本壮介 / レアンドロ・エルリッヒ / ジャスパー・モリソンを並べて理解したい人、前橋〜伊香保〜草津の旅程で都市と温泉を組み合わせたい人
- 向かない: 高齢の同行者や小さな子連れで階段中心の動線が負担になる旅程、温泉旅館的なゆったりした寛ぎを求める人、宿の中で完結する週末ステイケーション
具体情報
- 最寄り駅: 上毛電鉄 中央前橋駅から徒歩 5 分、JR 前橋駅から徒歩 15 分(タクシー 5 分)
- 東京から: 上越新幹線 高崎経由で約 1 時間 20 分
- 客室数: 25 室(Heritage Tower 17 室 + Green Tower 8 室)
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
- 食事: 朝食ビュッフェ、夕食はガストロノミーレストラン「the RESTAURANT」
- 開業: 2020 年 12 月(旧白井屋旅館の躯体を 2008 年廃業から 12 年かけて再生)
- 設計: 藤本壮介(Heritage Tower 吹き抜け、Green Tower 盛土屋根)
- 常設アート: レアンドロ・エルリッヒ、ライアン・ガンダー、ローレンス・ウェイナー ほか
Media Picks Score の内訳
95 / 100 — 集約レビュー 4.48 / 5(n=271)に、編集部加点 +10 を上限値で付与した。建築・アートの文脈において代替不可能な一軒であること、コンバージョン建築としての完成度、常設作品が宿の一部として運用されている運営の継続性を評価している。同じく藤本壮介の手がけた都市建築は複数あるが、「既存躯体を残したホテル」という条件で並ぶ作品はほぼ存在しない。

よくある質問
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 都市型のアートホテルのため、季節による体験の差は大きくない。ただし建築写真として撮るなら、馬場川通りの桜が抜ける 4 月上旬と、吹き抜けに低い陽が差す 11 月から 1 月の午後を編集部は推す。
Q. 予約のタイミングは?
A. 25 室と小規模なため、特に週末・連休は 2〜3 ヶ月前から埋まり始める。Heritage Tower の作家別客室(レアンドロ・エルリッヒ、ジャスパー・モリソンら)は人気が偏るため、特定の客室を希望する場合は 3 ヶ月以上前の予約が現実的。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 規約上は受け入れているが、Heritage Tower は階段中心の動線で、共用部に常設アート作品が触れる距離に置かれている。小さな子連れには Green Tower 側の客室と、滞在中の動線を予め組み立てておく配慮を推す。
Q. アクセスは?
A. 東京駅から上越新幹線で高崎まで 50 分、両毛線に乗り換えて前橋駅まで 15 分。前橋駅から徒歩 15 分またはタクシー 5 分。中央前橋駅からは徒歩 5 分。車で訪れる場合は提携駐車場あり。
Q. 宿泊しなくても建築を見られますか?
A. 共用部のレストラン、パティスリー、ベーカリー、バーは外来者にも開かれており、吹き抜けと一部の常設アートには宿泊者でなくとも立ち入れる。建築だけ見たい人には、まず日中のパティスリー利用から始める方法が現実的。
本記事の参考情報
・SHIROIYA HOTEL 公式サイト — 建築・客室・常設アートの一次情報
・前橋まるごとガイド(前橋観光コンベンション協会) — 前橋市の観光・アクセス情報
・Wikipedia: 藤本壮介 — 建築家の作品系譜
編集部から
白井屋ホテルは、デザインホテルのカテゴリで紹介されながら、その実、コンバージョン建築の参考例として、また現代アートの常設展示空間として、複数の文脈で読める一軒である。藤本壮介を「Serpentine Pavilion」「House NA」とは別の語彙で理解したい読者にとって、前橋を歩く動機は十分にある。次は、同じく既存躯体を読み替えた都市改修プロジェクトとしての「ホテル虎ノ門 EDITION」や、安藤忠雄の語彙で読む宿を扱う予定である。