住宅作家が宿を設計する、とはどういうことか。客と従業員の動線、家具と床の寸法、勝手口から外への通り抜け。住宅で培われた語彙のまま、宿の領分に踏み込んだ稀有な営みが、中村好文という建築家の宿仕事にはある。家具を据えるために床高を決め、低い軒で外と内を緩やかに切る。今回は梅雨明け前の静けさを背景に、家具と建築のあいだに置かれた 5 軒を取り上げる。
| # | 宿 | エリア | Score | 室数 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 京の温所 西陣別邸 | 京都市上京区 | 95 | 1棟 | ¥150k+ | 明治後期の京町家に、皆川明セレクトのテキスタイル |
| 2 | 京の温所 釜座二条 | 京都市中京区 | 93 | 1棟 | ¥54–¥80k | 築 150 年、樹齢 100 年のイヌマキを見上げる庭のライブラリー |
| 3 | めぐりめぐらす | 長崎・五島福江島 | 91 | 2室 | ¥45–¥70k | 廃校の分校を哲学者の滞在地として再生、最低 2 泊 |
| 4 | まるがやつ 蔵 -KURA- | 千葉・大多喜町 | 88 | 1棟 | ¥31–¥44k | 厚い土壁の蔵に、高野槙の風呂とスノーピークの道具 |
| 5 | 新大阪ステーションホテル アネックス COCON | 大阪市東淀川区 | 82 | 76室 | ¥10–¥18k | 客室の家具・照明・絵画を設計者が選定した、都市の客室仕事 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1 棟貸しは 1 棟あたり、客室売りは 1 泊 1 室あたりの税込料金。
1. 京の温所 西陣別邸 — 京都市上京区
明治後期の京町家を、住宅作家とテキスタイル作家の二人で読み直した、1 日 1 組の別邸。
Media Picks Score: 95 / 100 1 棟貸し(最大 8 名)、196 ㎡、敷地 516 ㎡。
目安価格 ¥150,000–¥220,000 / 棟 (通常期、最大 8 名利用)

なぜ選ばれるか
西陣の織屋として明治後期に建てられた商家を、中村好文がリノベーション。「ミナ ペルホネン」皆川明によるテキスタイル、家具、アートピースが空間に置かれる。設計者と表現作家の二人が、京町家の通り土間と座敷の関係を、現代の暮らしの寸法で再構築した一棟。坪庭の植え込みから差す光、低い軒の影、そして家具のスケールが、家具と建築の境界を曖昧にする。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計したところ、建築と内装の質感、皆川明のテキスタイル、運営の丁寧さに高評価が集中している。1 日 1 組の貸し切りであるため接客の密度は限定的、その代わりに 8 名で滞在できる広さと、住宅としての設え(キッチン、ダイニング、複数寝室)への充足が読み取れる。
向く人 / 向かない人
-
向く:
家族や友人 4–8 名でのグループ滞在、京町家の建築そのものを目的にする旅、複数泊の長期滞在 -
向かない:
1〜2 名の短期利用(1 棟料金で割高になる)、ホテル並みの常駐スタッフ・夕食提供を期待する人
具体情報
- 所在地: 京都市上京区浄福寺通今出川下る竪亀屋町 265-1
- 規模: 居住面積 196 ㎡ / 敷地 516 ㎡、最大 8 名
- 建築: 明治後期築の京町家、2018 年に中村好文によるリノベーション
- 運営: ワコール(株式会社ワコールホールディングス)
- 設え: 「ミナ ペルホネン」テキスタイル、皆川明セレクトの家具・アート
- 専用ガレージ: 2 台分
2. 京の温所 釜座二条 — 京都市中京区
築 150 年の京町家、樹齢 100 年のイヌマキを見上げる庭のライブラリーが核になる一棟。
Media Picks Score: 93 / 100 1 棟貸し(1〜4 名)、2 階建て 82 ㎡。
目安価格 ¥54,000–¥80,000 / 棟 (通常期、最大 4 名利用)

なぜ選ばれるか
烏丸御池駅から徒歩 7 分、築 150 年の京町家を、中村好文と皆川明が現代の住まいへと翻訳した。中村好文のデザインによる「高野槙風呂」は、住宅作家が家具と同じ手つきで風呂を設計したことの宣言である。庭に面したライブラリーには、樹齢 100 年のイヌマキが枝を伸ばす。書庫と植物と風呂、それぞれが居場所として独立しながら、1 階の通り土間で繋がる。
集約レビューの傾向
公開レビューデータでは、庭のライブラリーと風呂の質感、寝室の落ち着き、立地の便利さが評価軸の中心に並ぶ。1 棟貸しならではの自由度(チェックインの簡素化、自炊可能なキッチン)も滞在体験の評価に効いている。逆に、ホテル形態の常駐スタッフを期待した旅程ではミスマッチが起きうる。
向く人 / 向かない人
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向く:
京町家での 2〜3 泊の連泊、二条城・京都御所エリアを歩く旅、建築・家具の現場を体験したい人 -
向かない:
朝食付き旅館の感覚を求める人、エレベーターや段差ゼロを必要とする利用、深夜帰着が連日続く旅程
具体情報
- 所在地: 京都市中京区釜座通二条下る上松屋町 690-2
- 最寄駅: 烏丸御池駅から徒歩 7 分
- 規模: 2 階建て 82 ㎡、定員 1〜4 名
- 建築: 築約 150 年の京町家、中村好文によるリノベーション
- 特徴: 中村好文デザインの高野槙風呂、樹齢 100 年のイヌマキを臨むライブラリー
- 運営: ワコール
3. Philosophers in Residence GOTO めぐりめぐらす — 長崎・五島福江島
廃校となった分校を、思索のための滞在地として再生した、最低 2 泊の宿。
Media Picks Score: 91 / 100 全 2 室、廃校の分校をリノベーション。
目安価格 ¥45,000–¥70,000 / 室・1 泊 (2 名、通常期。最低 2 泊から)

なぜ選ばれるか
2023 年 3 月、長崎県五島市福江島の半泊集落に開業。廃校となった分校の校舎を、中村好文が全面改修した。施設名「Philosophers in Residence」が示すとおり、滞在の主題は「考える時間」。携帯電波がほとんど届かない秘境集落、最低 2 泊からの予約という設計が、滞在を観光から滞在へとシフトさせる。住宅作家が「校舎」という公的建築をどう住宅化するか、その手つきを読みに行く宿である。
集約レビューの傾向
公開レビューでは、立地の隔絶性、建築の質、食事の手作り感、運営者との会話、すべてが「滞在の総体」として評価されている傾向。観光名所巡りには不向きという点が前提条件として共有され、その上での充足が高い。電波の不在を含めて環境ごと選ぶタイプの宿である。
向く人 / 向かない人
-
向く:
物書き・研究者・クリエイターの集中合宿、夫婦やパートナーでの 3〜5 泊の長期滞在、デジタル断ち -
向かない:
1 泊のみの利用は不可、五島観光巡りを主目的にする旅程、常時 Wi-Fi が必要なリモートワーク
具体情報
- 所在地: 長崎県五島市戸岐町 1180(半泊集落)
- 客室: 全 2 室、最低 2 泊から
- 建築: 廃校となった旧分校を 2023 年に中村好文が全面リノベーション
- 運営: 株式会社 MONTECASA
- 通信環境: 携帯電波ほぼ届かず(敷地内 Wi-Fi の有無は公式に問い合わせ)
- アクセス: 五島福江空港から車で約 40 分
4. まるがやつ 蔵 -KURA- — 千葉・大多喜町
厚い土壁の蔵に、住宅作家による高野槙の風呂と、アウトドアの道具。
Media Picks Score: 88 / 100 1 棟貸し(2〜4 名)、蔵を改修。
目安価格 ¥31,000–¥44,000 / 棟 (2 名利用、平日〜休前日、税込)

なぜ選ばれるか
房総半島の大多喜町、谷あいの集落「まるがやつ」に建つ蔵の宿。中村好文の改修で、土壁に包まれた静かな矩形空間が、寝室・浴室・居間を共存させる住まいへと書き換えられた。蔵には中村好文設計の露天風呂が備えられ、土壁の矩形空間とともに住まいの寸法が組まれる。スノーピーク製のキャンプ用品が備えられ、屋外で焚き火を囲む時間が滞在の構成要素になる。
集約レビューの傾向
公開レビューでは、蔵の質感と静けさ、運営者との距離感、食材のローカルさが評価軸として頻出する。グランピングという形式の都市的なイメージとは違い、ここでの体験はむしろ「住む」に近い。蔵という建築型は気密性が高いため、夏は涼しく冬は底冷えする独特の温度経験を伴う。
向く人 / 向かない人
-
向く:
都心からのデジタル断ち、2 名の連泊、土壁建築と焚き火の組み合わせを楽しむ人 -
向かない:
ホテル並みのアメニティを期待する人、4 名超のグループ、冬季に底冷えを苦手とする人
具体情報
- 所在地: 千葉県夷隅郡大多喜町下大多喜 1530
- 規模: 1 棟貸し、定員 2〜4 名(蔵 -KURA-)
- 建築: 古民家敷地内の蔵を中村好文がリノベーション
- 設備: 露天風呂(高野槙)、スノーピーク製キャンプ用品、ベッド、エアコン
5. 新大阪ステーションホテル アネックス COCON — 大阪市東淀川区
家具・照明・壁の絵画まで住宅作家が選んだ、ビジネスホテルの客室仕事。
Media Picks Score: 82 / 100 76 室、新大阪駅徒歩 4 分のビジネスホテル。
目安価格 ¥10,000–¥18,000 / 室 (1 泊 1 名、通常期)

なぜ選ばれるか
新大阪駅から徒歩 4 分の都市ビジネスホテル。アネックス棟の客室リノベーション「COCON」を中村好文が手がけ、家具・照明・壁面の絵画までを設計者本人が選定した。繭玉のような落ち着いた室内、住宅作家ならではの素材使い。一棟貸しや古民家系の宿仕事とは別の系譜として、住宅作家が「客室売り」のビジネスホテルにどう介入するかという稀有な事例である。
集約レビューの傾向
公開レビューでは、立地(新大阪駅近接)、客室の落ち着き、コンパクトながらも疲れにくい設えへの評価が並ぶ。ビジネス利用と一泊観光利用の混在が中心で、家具や絵画への気づきは滞在後の振り返りで語られる傾向。住宅作家の手つきが客室に潜伏する事例として読める。
向く人 / 向かない人
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向く:
新大阪駅起点の出張、関西旅行の前後泊、住宅作家の客室仕事を実地で確かめたい建築・デザイン関心層 -
向かない:
リゾート滞在、館内の食事や大浴場を主目的にする旅、客室面積の広さを優先する人
具体情報
- 所在地: 大阪府大阪市東淀川区東中島
- 最寄駅: JR 新大阪駅から徒歩約 4 分
- 客室数: 76 室(アネックス棟)
- 改修: 客室「COCON」を 2014 年に中村好文が改修設計(家具・照明・絵画選定含む)
- 注記: 全棟の全室が中村好文設計ではない。COCON 客室を指名予約する必要あり
よくある質問
Q. 中村好文設計の宿を全て泊まり比べたい場合、ベストな時期は?
A. 京町家 2 軒と房総の蔵は梅雨明け前後(6 月下旬〜7 月初旬)に静けさが際立つ。五島のめぐりめぐらすは梅雨明けから初秋にかけて海風が読み時。新大阪は通年で出張ついでに組み込みやすい。
Q. 予約のタイミングは?
A. 1 日 1 組の京の温所 2 軒、五島めぐりめぐらすは 2〜3 ヶ月前で土日が埋まる傾向。まるがやつ 蔵は週末を中心に 1〜2 ヶ月前。新大阪は出張需要に応じて変動するが、当日近くでも取れることが多い。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 京の温所 2 軒は子連れ可だが、京町家ゆえ段差や階段があり、未就学児には注意が要る。まるがやつ 蔵は 10 歳以下添い寝無料の運用あり、自然と接するファミリー利用に向く。めぐりめぐらすは「考える時間」を主題にした宿で、構成上は子連れに最適化されていない。
Q. アクセスは?
A. 京の温所 西陣別邸/釜座二条は京都駅からタクシーまたは地下鉄で 15〜20 分。まるがやつ 蔵は東京駅から特急わかしお+送迎で約 2 時間 30 分。めぐりめぐらすは福岡または長崎経由で五島福江空港まで飛行機、空港から車約 40 分。新大阪は新幹線新大阪駅から徒歩 4 分。
Q. 中村好文設計の宿は全部で何軒くらいあるのですか?
A. 営業中で一般予約可能なものは、本稿で取り上げた 5 軒に加えて、過去には奈良の「ホテル ノワ・ラスール」(閉館)などがある。住宅作家としての中村好文の本流は私邸であり、宿の仕事はその副次的な実装と理解するのが正確である。
本記事の参考情報
・Wikipedia: 中村好文 — 経歴と作品の概要
・レミングハウス(中村好文設計事務所) — 設計者本人の事務所
・京の温所(ワコール) — 西陣別邸・釜座二条の運営者
編集部から
住宅作家としての中村好文の宿仕事は、いずれも「客室」よりも「住まい」の語彙で組み立てられている。家具の寸法から床高が決まり、低い軒で外光が抑えられ、勝手口的な通り抜けが残される。それゆえ宿の運営者にとっては難しいタイプの建築でもあり、館内の動線がホテル業務に最適化されていない場面もある。読み方を変えれば、住宅としての滞在に踏み込みたい読者にとっては、これ以上ない 5 軒である。次回は「設計者本人が施主だった宿仕事」を、別の作家系譜で取り上げたい。