前橋の旧中心市街地に、築45年の躯体を貫いて4層の吹抜が立ち上がる一軒がある。白井屋ホテルは、藤本壮介が既存建物の床を抜き、新築の「グリーンタワー」を人工の丘として隣接させた、二棟構成の現代建築だ。江戸期から続いた旅館の名を受け継ぎながら、その内側はレアンドロ・エルリッヒの配管が宙を走り、新素材研究所による特別室「真茶亭」までを一棟に内包する。デザインホテルを単独建築として読む本稿では、坂茂のスイデンテラス、カペラ京都に続き、躯体・吹抜・アートの関係を断面から追う。
目安価格 ¥72,000–¥121,000 / 泊 (2名1室・通常期) / Media Picks Score: 95 / 100
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

躯体を抜く — ヘリテージタワーの吹抜
白井屋ホテルの中核は、増築を重ねて使われてきた築45年・4階建ての躯体である。藤本壮介はこの内部の床スラブを大胆に抜き取り、1階から最上階まで通じる4層の吹抜をつくった。既存の柱梁はそのまま残され、コンクリートの肌と新設の白い回廊が同じ空間に同居する。リノベーションでありながら、既存と新規の境界をあえて読ませる手法が選ばれている。
この吹抜を斜めに横切るのが、レアンドロ・エルリッヒによる《Lighting Pipes》だ。LEDを仕込んだ樹脂チューブが、配管のように天井から床へと無秩序に走る。建物の設備配管を擬態しながら、それ自体が光の彫刻として宙に浮く。吹抜という空虚が、構造とアートの両方を同時に受け止める器になっている。断面で見れば、この一軒の主役は客室ではなく、抜かれた床がつくった「空」そのものだと言える。

二棟構成 — もう一つの「丘」
既存躯体のヘリテージタワーに対し、藤本壮介は道路を挟んだ隣地に新築棟「グリーンタワー」を立てた。敷地が抱える約3メートルの高低差を逆手に取り、緑に覆われた人工の丘として造形している。かつてこの一帯を流れた利根川の堤防の記憶を、土と植栽の斜面に置き換えた建築だ。階段状に積み上がったヴォリュームの内側に客室が嵌め込まれ、外からは建物というより造園のように見える。
結果として、白井屋ホテルは「躯体を抜いた棟」と「土を盛った棟」という、対照的な二つの操作を一軒に併存させている。再生と新築、空虚と充填、コンクリートと緑。この二項対立をひとつの宿として束ねている点に、前橋という地方都市での都市再生プロジェクトとしての意図が読み取れる。
滞在の体験 — 25室、10タイプ
客室は全25室、10タイプに分かれる。注目すべきは、藤本壮介本人のほか、ミケーレ・デ・ルッキ、レアンドロ・エルリッヒ、ジャスパー・モリソンといった建築家・デザイナーが個別に設計を手がけた特別室の存在だ。各室は意匠の作家性がそのまま空間になっており、家具・照明・素材の選択に各人の思想が宿る。共用部にミナ ペルホネンのテキスタイル、レセプションに杉本博司の写真作品が置かれるなど、滞在のあらゆる面にアートが差し込まれている。
食の中核は、ミシュラン2つ星の川手寛康が監修する「the RESTAURANT」。アルテックの家具を集めたラウンジ、パティスリー、ゲスト専用のフィンランドサウナと瞑想室まで揃う。宿泊は単なる客室体験ではなく、建築・アート・食を横断する一日の編集として設計されている。

真茶亭 — 一棟のなかの茶室
建築とアートの密度のなかで、ひときわ異質な静けさを持つのが特別室「真茶亭」である。設計は、現代美術作家の杉本博司と建築家の榊田倫之による新素材研究所。2020年の竣工で、白井屋ホテルの開業に合わせて完成した。柔らかく光を透過する積層ガラスのファサード、無垢の杉材によるカウンター、左官で仕上げられた抹茶色の土壁。古来の茶室の様式を、現代の素材と工法で読み替えた一室だ。
藤本壮介の吹抜が「抜くことで空間をつくる」操作だとすれば、真茶亭は「閉じることで密度をつくる」操作にあたる。同じ一棟のなかに、開放と閉鎖、躯体表現と素材表現という相反する建築言語が共存している。白井屋ホテルを断面で読むとき、この茶室の存在が、宿全体を単なるデザインホテルから「建築の見本帖」へと押し上げていると感じられる。
集約レビューが映すこの宿の本質
公開レビューデータを集計したところ、評価は建築・アート体験への強い支持に集中している。共用部の吹抜や個性的な客室、食のクオリティが繰り返し言及される一方、立地は前橋駅から徒歩約15分とやや距離があり、観光地巡りの拠点というより「この宿に泊まること自体が目的」になる性格が読み取れる。価格帯も決して気軽ではなく、建築・アートへの関心を前提とした宿だと言える。万人向けの利便性ではなく、明確な目的意識を持つ滞在者に応える一軒である。
立地と周辺 — 現代建築の街、前橋
白井屋ホテルは、JINS創業者・田中仁の財団が主導した前橋中心市街地の再生プロジェクトの核として位置づけられる。2008年に営業を終え解体寸前だった旧旅館を、6年がかりで再生させた経緯がそのまま街の物語になっている。周辺には現代アートのパブリックワークや改装された商店が点在し、徒歩圏を歩くこと自体が現代建築のフィールドワークになる。前橋駅からは徒歩約15分、タクシーで約5分。東京から両毛線・上越線経由でのアクセスも現実的だ。
こんな旅人に
-
向く:
現代建築・現代アートを目的に旅程を組む人、藤本壮介や杉本博司の作家性を空間で体験したい人、都市再生のケーススタディに関心のある人 -
向かない:
温泉や自然のリトリートを第一に求める旅、観光名所を多く回る忙しい行程、価格を抑えた気軽な一泊を望む人
具体情報
- 所在地: 群馬県前橋市本町2-2-15
- 最寄り駅: JR両毛線 前橋駅から徒歩 約15分(タクシー約5分)
- 客室: 全25室・10タイプ(ヘリテージタワー/グリーンタワー二棟構成)
- 設計: 藤本壮介(特別室は藤本壮介・ミケーレ・デ・ルッキ・レアンドロ・エルリッヒ・ジャスパー・モリソン)
- 特別室「真茶亭」: 新素材研究所(杉本博司+榊田倫之)/2020年竣工
- 開業: 2020年12月12日
- 食事: the RESTAURANT(川手寛康 監修)ほかラウンジ・パティスリー
Media Picks Score
95 / 100 — 評価の内訳: 立地 / 設備 / 体験 / 価格感 / 編集適合度。建築・アートの密度と作家性、二棟構成という都市再生の構想力を高く評価。立地と価格帯の敷居の高さを差し引いてなお、デザインホテルを単独建築として読むという本誌の関心軸に最も合致する一軒として、編集部が95点を付した。
よくある質問
Q. 建築の見どころはどこですか?
A. 築45年の躯体を抜いた4層吹抜(ヘリテージタワー)と、利根川堤防を想起させる人工の丘(グリーンタワー)の対照が核です。吹抜にはレアンドロ・エルリッヒの《Lighting Pipes》が走り、構造とアートが同居します。
Q. 「真茶亭」とはどんな空間ですか?
A. 新素材研究所(杉本博司+榊田倫之)が2020年に竣工させた特別室で、積層ガラスのファサード、無垢の杉のカウンター、抹茶色の左官壁が特徴です。古典的な茶室を現代の素材で読み替えた一室です。
Q. アクセスは?
A. JR両毛線・前橋駅から徒歩約15分、タクシーで約5分。東京方面からは両毛線・上越線経由でアクセスできます。前橋中心市街地に位置します。
Q. 食事はどうですか?
A. ミシュラン2つ星の川手寛康が監修する「the RESTAURANT」を中核に、ラウンジ、パティスリー、ベーカリーが揃います。建築・アートと食を一体で楽しむ構成です。
Q. 観光の拠点に向きますか?
A. 名所巡りの拠点というより、宿そのものを目的とする滞在に向きます。前橋は近年の現代アート整備が進む街で、徒歩圏のパブリックアートや改装商店を歩くこと自体が体験になります。
本記事の参考情報
・前橋観光コンベンション協会 — 前橋エリアの観光情報
・Wikipedia: 前橋市 — 都市の歴史・地理の背景
編集部から
白井屋ホテルは、デザインホテルという言葉が回収しきれない一軒だ。床を抜く操作と土を盛る操作、開いた吹抜と閉じた茶室。藤本壮介と新素材研究所が、同じ躯体のなかに相反する建築言語を積層させたことで、滞在そのものが建築を読む行為になる。本誌が断面という視点に立つのは、宿を「どう過ごすか」ではなく「どう成り立っているか」から見たいからだ。次は、坂茂や隈研吾が地方都市で試みた同種の再生建築を、同じ断面の眼で並べてみたい。あなたが次に泊まる一軒は、どんな構造の上に立っているだろうか。