庭をどう設計するか、ではなく、庭の外をどう扱うかで、その宿の思想は見える。「借景」は17世紀の中国・計成『園冶』に源流を持つ作庭の技法で、外の山や林や水の流れを、あたかも自分の庭の一部であるかのように景観に取り込む、という設計判断のことを指す。日本では江戸期に庭園・別邸・寺社に深く浸透し、現代では一部の老舗旅館が、この設計思想の最後の継承者として残っている。本稿では、京都・東山の数寄屋、城崎の谷あいの内庭、有馬の谷川沿いの古い棟、という3軒の異なる解を観察する。梅雨明けから初夏にかけての、青葉が最も濃くなる季節を想定した。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
借景の3類型 — 計成『園冶』が示した分類
17世紀の作庭書『園冶』で計成は、借景を「遠借」「隣借」「俯借」「仰借」の四つに分類した。後世の日本では実用上、遠借・隣借・俯借の3つに整理されることが多い。遠借は、視界の遥か先にある山や水面を景の構成要素として組み込む技法で、京都・修学院離宮の借景、岡山・後楽園の操山などがこの系列に属する。隣借は、隣地の樹冠や塀越しの竹林など、近接した他者の景を取り込むもので、京都の町家庭園で広く採用された手法。俯借は、高所に建つ建物から下界を見下ろす視線を景に組み込む方法で、傾斜地に建つ別邸建築や寺院の客殿に多い。
3類型の見分け方は、座した時の視線の角度を確認すれば早い。畳に正座した目線が水平に伸びて遠景に到達するのが遠借、樹冠を見上げる微仰角で枝葉に届くのが隣借、座敷の縁が眼下にあり下方を見下ろすのが俯借となる。現代の旅館建築では、視線軸の確保が建築段階で計算されているかどうかが、借景を「設計判断」として扱っているか「結果論」で済ませているかの分岐点となる。以下、3軒それぞれの解を見る。
京都・東山の数寄屋 — 元東伏見宮家別邸という前提
吉田山荘 — 京都市左京区
吉田山の中腹に立つ11室の数寄屋。隣借の典型として、東山の樹冠を簾越しに切り取る。
Media Picks Score: 94 / 100 11室、料理旅館。1932年(昭和7年)建造、国登録有形文化財。

元東伏見宮家別邸として1932年に建てられた木造2階建ての数寄屋で、戦後に料理旅館へ転じた。設計上の特徴は、敷地が吉田山の斜面に沿っていることを利用して、客室の縁側を樹冠と同じ高さに合わせた点にある。座敷から障子を開けると、視界の上半分が大文字山と東山の樹冠、下半分が手入れされた前庭の苔と石組みで占められる。簾を下ろせば、遠景は薄い縞状の光に分解され、近景の庭だけが残る — 借景の濃淡が、簾の上げ下げで操作できるよう設計されている。
計成の分類でいう隣借にあたるが、敷地が斜面で隣地(吉田山公園・吉田神社の社叢)との境界が曖昧なため、隣借と遠借の中間的性格を持つ。和館と洋館(ステンドグラス・木製テーブル)が混在する内装も興味深く、昭和初期の上流階級が「西洋的合理性と日本的借景」を同居させた建築判断の標本としても読める。料理旅館を主軸とするため宿泊客以外の利用も多く、宿としての静謐感は時間帯によって変動する。記念日・茶懐石目的の30–50代に向く一方、夜の静けさを求めて選ぶには制約がある。
城崎の谷あい — 平田雅哉の手による遠借
西村屋本館 — 兵庫県豊岡市・城崎温泉
創業 安政6年(1859年)。平田雅哉が手がけた数寄屋庭園で、城崎の山並みを遠借として取り込む。
Media Picks Score: 92 / 100 34室、純和風旅館。Relais & Châteaux 加盟。
目安価格 ¥164,000–¥226,000 / 泊 (2名1室・通常期)

城崎温泉の谷の中腹に位置し、敷地は山裾に向かって緩やかに上がる。本館・別館・離れが回遊式の内庭を囲み、その背後に城崎の里山がそのまま立ち上がる構造。庭園の意匠は数寄屋建築の名工・平田雅哉(1900–1980、京都・吉兆嵐山店なども手がけた)によるものとされ、内庭の石組みと山の輪郭線が、視界の中で意図的に連続するよう調整されている。座敷から見上げると、内庭の松の枝越しに山の稜線が見えるが、これは隣借ではなく遠借 — 山の稜線までの距離が500メートル以上あり、視線が斜めに伸びる「中距離の遠借」にあたる。
城崎は7つの外湯文化を持つ温泉街で、宿の建築は街並みのスケールに合わせて低層に抑えられる慣習がある。本館は3階建てを超えず、隣接建物の屋根越しに山の輪郭を確保する設計が貫かれている。創業から160年以上を経て複数回の改修を経たが、外湯巡りの動線と内庭の景観軸は維持された。逆にいうと、湯巡りで宿に戻る時間が短くなる旅程では、この設計の妙を読み解く時間が足りない。借景の鑑賞には、夕方から朝にかけて宿内に滞在する時間が必要となる。
有馬の谷川 — 借景の変則として「水景」を取り込む
陶泉 御所坊 — 兵庫県神戸市北区・有馬温泉
創業は鎌倉期。20室、谷川と背後の山に挟まれた敷地で、自然地形そのものを借景化する。
Media Picks Score: 89 / 100 20室、温泉旅館。現代の建屋は大正末–昭和初期の木造混構造。
目安価格 ¥72,000–¥164,000 / 泊 (2名1室・通常期)

有馬の温泉街の中心、有馬川(六甲川)に沿って細長い敷地に建つ。江戸期から複数回の建て替えを経て、現存する主屋は大正末から昭和初期に整えられたものとされる。借景論として興味深いのは、敷地の制約上、伝統的な「庭園 + 借景の山」という構成が取れず、代わりに谷川そのものを内庭の延長として扱っている点だ。一部の客室・浴場は有馬川の流れに面し、川の対岸の樹冠と岸の岩肌が、計成のいう「水景」として景の構成要素になっている。これは『園冶』の枠組みでは類型化されない、地形拘束下での借景の応用例といえる。
谷崎潤一郎が滞在し、吉川英治・志賀直哉らも訪れた歴史を持つ宿で、有馬の「金泉」(鉄分を含む赤褐色の温泉)を引く湯舟が建物中央に配される。建築・温泉・川という3つの軸が縦に通る構造で、視線を屋内から屋外へ滑らかに移す設計が随所にある。逆に、塀で囲い込んだ完結した庭園を求めるなら、この宿の設計思想は合わない。借景という設計判断のうち、最も外向きで、最も土地依存度の高い解だといえる。
逆の選択 — 「囲い込む宿」という対比軸
本稿で取り上げた3軒は、いずれも何らかの形で庭の外を取り込んでいる。一方、これと正反対の設計判断、すなわち塀と樹木で外界を完全に遮断し、内庭だけで景観を完結させる宿も京都・東山界隈には複数存在する。たとえば数寄屋を継承する一部の小規模旅館は、敷地境界に高い土塀を巡らせ、内側に苔・石・井戸・小ぶりな松だけで構成された「ミニチュア宇宙」を作る。借景が「外の景を取り込む足し算」であるのに対し、こちらは「外の雑音を引き算する」設計で、表現的には対極にある。
都市の数寄屋に囲い込み型が多い理由は明快で、隣地が住宅や商業建築なので「借りる景」が存在しないからだ。逆に山間の温泉旅館で借景が成立しやすいのは、視線軸の先に必ず山か水面があるからにすぎない。つまり借景か囲い込みかは、設計者の趣味の問題ではなく、敷地条件と建築年代から半ば必然的に導かれる解だといえる。この前提を踏まえると、宿選びの軸は「借景の有無」ではなく、「その宿が自身の敷地条件に対して、誠実な設計判断を下しているか」になる。
編集部から
借景は、外を取り込むか拒むかという二択ではなく、敷地と時代に対する応答の総体である。本稿で参照した3軒は、いずれも「外を取り込む」側に立つが、その方法は隣借・遠借・水景の応用と、それぞれ異なる。青葉の季節は樹冠の輪郭が最も明瞭になり、借景の意図が最も読み取れる時期となる。次は逆の選択 — 都市の数寄屋がどのように外界を遮断し、坪庭だけで宇宙を完結させているか、を取り上げたい。
本記事の参考情報
・Wikipedia: 借景 — 計成『園冶』および日本の借景庭園の概説
・Wikipedia: 城崎温泉 — 街並みのスケール・外湯文化の背景
・Wikipedia: 有馬温泉 — 金泉と地形・歴史の概要