杉や檜の薄板を斜めに編み上げた網代天井を、客室や湯殿の頭上に残す宿を三軒選んだ。網代は、格天井のように格縁で升目を組むのでも、棹縁天井のように細い棹で板を押さえるのでもない。薄く挽いた板そのものを互い違いに編み、面として張る。編み目が拾う細かな陰影のぶん、同じ木の天井でも格天井より柔らかく、棹縁天井より密度が高い。茶室、数寄屋の座敷、湯屋の脱衣場——網代が置かれてきた場所は、いずれも人が見上げる時間の長い空間である。京都・伊豆・奈良の三軒を、編む材と編み方、そしてその一面をどの高さに置いたかという判断から読む。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。掲載スコアは公開レビューデータを集計し、編集部の評価軸を加えて算出しています。
網代という編み方──板を組む、という天井
網代の語源は「網の代わり」である。竹や木を編んで川に立て、魚を獲る仕掛けを網代と呼んだ。その編み目の意匠が建築へ移り、垣根、笠、団扇、そして天井になった。染織の地紋では桧垣(ひがき)とも称される。奈良・大正楼の公式サイトは、この由来と、檜などの薄板を互い違いに組んで縦横斜めに編み出す手順を、自館の改修記録のなかで説明している。
材は杉が代表格で、柾目を薄く挽いた杉柾のほか、杉皮、檜、竹、経木が使われる。編み方には、正方形の目を市松に並べる市松網代、二枚一組を矢羽根状に送る杉綾、六角に組む亀甲網代などがあり、目の大きさと送り方で天井面の表情はまるで変わる。幅の広い板を大きく送れば陰影は粗く力強くなり、細く挽いた板を細かく編めば面は静かに整う。
構法上、網代は化粧屋根裏や竿縁の上に張る軽い天井である。格天井が格縁で升目を切って権威と格式を示すのに対し、網代は縁取りをほとんど持たない。だから座敷に用いると、天井が「構え」ではなく「面」として働く。茶室が網代を好んだ理由もそこにある。侘びた小空間の頭上を、装飾ではなく素材の手仕事で満たす——この選択が、数寄屋を経て湯屋や客室へ広がった。
1. Hotel宇多野京都別墅──茶室の前室に、昭和14年の網代が残る

Hotel宇多野京都別墅(京都市右京区宇多野御屋敷町・10室)は、京都電燈の重役をつとめた大渡光蔵の邸宅として1939年に上棟した和洋併置式の住宅を、2024年11月に宿へ転じた一軒である。書院造の本館、数寄屋意匠の離れ、スパニッシュ風の洋館が一つの敷地に並ぶ。庭は重森三玲が1940年に作庭し、蓬莱山に見立てた築山や鞍馬石の飛石が今も残る。2025年には主屋・正門・通用門・中門が国の登録有形文化財に登録された。
網代が見られるのは、離れ「禄」(95.9㎡+専用庭園)である。公式サイトによれば、この離れは茶室の前室として建てられたもので、茶室に好んで用いられる網代天井と錆壁が、当時の意匠のまま残されている。錆壁は壁土に鉄粉や古釘の煮出し汁を混ぜ、鉄が錆びることで褐色の斑点を浮かせる仕上げで、斑が白く抜けて見えることから蛍壁とも呼ばれる。頭上で編まれた木の面と、四周で滲む錆の壁。素材が時間とともに表情を変えるという一点で、この二つは同じ思想の上にある。
編み目は、幅を広く取った板を斜めに大きく送るタイプで、細密というより量感のある表情になる。写真で見える通り、板一枚ごとに柾目の走りが違い、光の当たり方で明暗が入れ替わる。1939年の建具や波硝子がそのまま使われている室内にあって、この天井だけが手を触れない高さで残っているのは、網代が消耗しにくい位置の仕上げだからでもある。
禄をはじめ全10室に温泉を引いた浴槽が備わり、青石造りの和風呂が置かれる。仁和寺まで徒歩約15分、龍安寺・金閣寺へも車で10〜15分。JR花園駅からの送迎があり、京都駅からは嵯峨野線で約12分という位置にある。13歳未満は本館・離れを利用できない設定で、静けさを前提とした運用が敷かれている。Media Picks Score: 88 / 100、目安価格は1泊2名1室で¥78,000〜¥121,000。
2. 赤沢迎賓館──階を上がると、天井の構法が変わる

伊豆半島の東岸、相模灘を見下ろす高台に建つ赤沢迎賓館(静岡県伊東市・15室)は、数寄屋造りの離れで構成された宿である。2009年の開業、2025年に改装。約3,500坪の敷地に対して客室を15室に絞り、全室に露天風呂を備える。運営は株式会社プレジャーリゾート伊豆赤沢温泉。
この宿が興味深いのは、客室のタイプによって天井の構法を替えている点にある。公式サイトの記述では、一階和室は「格天井と聚楽塗り」、二階和室は「網代編みの天井」。同じ数寄屋の意匠のなかで、階が変われば頭上の組み方が変わる。一階は庭に接し、湯舟から庭園を見上げる姿勢が主になる。二階は空が視界に入り、座した目線が高く抜ける。格の升目で面を締める一階に対し、二階には編み目の柔らかい面を当てる——この選び分けは、視線の抜け方に応じた設計判断として読める。
大浴場は赤沢沖の水深800メートルから汲み上げた海洋深層水を用いる。離れ特別室は150㎡の一棟貸しで、専用サウナと露天風呂を備える。伊豆高原駅から無料送迎バスで約25分、伊東駅からは路線バスで約25分と徒歩5分。伊東観光協会の施設情報ではチェックイン15:00〜、駐車場15台。
公開レビューデータを集計すると、静けさと施設の設えに対する評価が安定して高い一方、リゾート全体に温浴・アミューズメント施設が併設される構成のため、宿単体の完全な隔絶を求める旅程とは相性が分かれる。網代天井を目的に泊まるなら、指定すべきは二階和室である。Media Picks Score: 92 / 100、目安価格は1泊2名1室で¥100,000〜¥180,000。
3. 料理旅館 大正楼──2020年に、湯殿の頭上を新しく編む

料理旅館 大正楼(奈良県桜井市三輪・12室)は、大神神社の門前、JR三輪駅から西へ徒歩1〜2分という位置にある。創業は大正元年(1912年)。新館旧館あわせて全室和室で、中庭を囲むように客室が並ぶ。湯は温泉ではなく沸かし湯で、浴室は男女別の共同。宿の公式サイトが掲出する1泊2食の料金は1名13,000円から(税抜)。
ここで網代が張られているのは、客室ではなく檜風呂の脱衣場である。2020年の浴室改修に合わせて脱衣場を一新した際、天井に網代紋様を入れた。写真の編み目は二枚一組を矢羽根状に送る細かな目で、象牙色の壁面に浮かぶ市松紋様と組み合わされている。翌2021年には信楽焼の浴槽が入り、三輪山をモチーフにしたタイルが浴室に加わった。網代は新設され、周囲の意匠も更新され続けている。
この一軒を三軒目に置いたのは、網代が「古い建物にだけ残る意匠」ではないことを示すからである。宇多野の禄は1939年の造作がそのまま残った例、赤沢は2009年の新築数寄屋に組み込まれた例、そして大正楼は2020年の改修で新たに編まれた例にあたる。しかも置かれた場所が脱衣場という、滞在中に必ず二度は見上げる小空間である点が効いている。湯を出て衣を着けるあいだ、視線は自然と上を向く。
公開レビューデータを集計すると、料理旅館としての食事内容と、大神神社・山の辺の道・箸墓古墳といった歴史散策の拠点性への評価が中心を占める。設備の新しさを最優先する旅程には向かない。三輪という土地と、湯殿の天井一面を見に行く宿である。Media Picks Score: 86 / 100。
三軒を通して読む──網代は、どの高さに置かれてきたか
三軒を並べると、網代が置かれる場所の系譜が見えてくる。宇多野の禄では茶室の前室、すなわち茶の空間の入口。赤沢では二階の座敷、空へ抜ける視線の受け皿。大正楼では脱衣場、湯と着替えのあいだの数分間。いずれも、人が立ち止まって上を見る時間を持つ場所である。網代は構造材ではない。荷重を負わず、見上げられるためだけに編まれた面だ。だからこそ、どの部屋の頭上に置くかという判断がそのまま宿の主張になる。
もう一点。三軒はいずれも網代を「一室だけ」に用いている。全館の天井を網代で統一した宿はここには含まれない。編み目の面は、連続すると効き目が薄れる。一室に限るからこそ、その部屋に入った瞬間に頭上が変わったと気づく。抑制された使い方こそが、網代という素材の扱い方の要点である。
本稿で触れた宿
| 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 網代の位置 |
|---|---|---|---|---|---|
| Hotel宇多野京都別墅 | 京都市右京区・宇多野 | 88 | 10 | ¥78–¥121k | 離れ「禄」/茶室前室、錆壁と対で残る(1939年) |
| 赤沢迎賓館 | 静岡・伊東市赤沢 | 92 | 15 | ¥100–¥180k | 二階和室/一階は格天井、階で構法を替える |
| 料理旅館 大正楼 | 奈良・桜井市三輪 | 86 | 12 | — | 檜風呂の脱衣場/2020年の改修で新設 |
よくある質問
Q. 網代天井と格天井、棹縁天井は何が違いますか?
A. 格天井は格縁で升目を組んで板を受ける構法で、書院や寺院に多く用いられます。棹縁天井は細い棹で天井板を押さえる構法です。網代天井は薄板そのものを斜めに編んで面を張るもので、縁取りがほとんどなく、編み目の陰影で表情をつくります。
Q. 網代にはどんな材が使われますか?
A. 杉が代表格で、柾目を薄く挽いた杉柾のほか、杉皮、檜、竹、経木が使われます。編み方も市松、矢羽根状の杉綾、六角の亀甲網代など複数あり、目の大きさと送り方で天井面の粗さと明暗が変わります。
Q. 三軒はいずれも客室で網代が見られますか?
A. いいえ。Hotel宇多野京都別墅は離れ「禄」、赤沢迎賓館は二階和室と、部屋を指定して初めて見られます。大正楼の網代は客室ではなく檜風呂の脱衣場にあり、宿泊者であれば入浴時に見上げることができます。
Q. 網代天井は古い建物にしか残っていないのですか?
A. そうとは限りません。本稿の三軒は1939年の造作が残る例、2009年の新築数寄屋に組み込まれた例、2020年の改修で新設された例に分かれます。現在も網代を製造・施工する専門業者があり、新しい和室や浴室にも用いられています。
Q. 網代を見に行くのに向く季節はありますか?
A. 通年見られますが、日射角の低い晩夏から秋にかけては、障子越しの横からの光が編み目の陰影を強く出します。編み目の凹凸を読むなら、照明を落とせる夕方の時間帯も向きます。
本記事の参考情報
・Wikipedia: 網代 — 網代の語源と、編み目意匠の建築への転用
・伊豆・伊東観光ガイド(伊東観光協会) — 赤沢迎賓館の所在地・客室数・アクセス
・京都観光公式サイト(京都市) — 宇多野・御室エリアの観光情報
編集部から
天井は、建築のなかで最も長く見つめられ、最も語られない面である。壁は家具で隠れ、床は足で踏まれるが、天井だけは何にも遮られずに残る。網代を選んだ宿は、その一面に職人の手数を置くことを決めた宿だ。編み目の一枚一枚に柾目の走りが違い、光が回れば明暗が入れ替わる。三軒はそれぞれ、茶室の前室、二階の座敷、湯殿の脱衣場という別々の高さにその面を掲げていた。次に和室へ通されたら、床の間より先に頭上を見上げてほしい。格縁が升目を切っているのか、細い棹が板を押さえているのか、それとも板が編まれているのか。天井の構法を一つ見分けられるようになると、宿の設計判断が読めるようになる。