土を型枠に詰め、上から突き固めて層をなす。版築の壁は、地層のように水平の縞を刻みながら立ち上がる。梅雨明けの湿度がその表情を最も細やかに引き出す時季、聚楽壁・掻き落とし・拭漆に続く左官の系譜として、版築を客室あるいは共用部の主材に据えた宿を3軒、素材と工程の側から観察する。

# 宿 所在 Score 室数 目安価格 版築の在り方
1 STAY KARATEL 沖縄・読谷 80 2 ¥40k–¥52k 共用部の内壁に版築を明示採用
2 べにや無何有 石川・山代温泉 95 16 ¥152k–¥232k 珪藻土と土壁を素材レイヤーに敷く
3 NIPPONIA HOTEL 竹田城下町 EN 兵庫・朝来 92 13 ¥78k–¥123k 旧酒蔵の土壁を客室内に残す

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

版築という判断について

版築 (はんちく) は、色や骨材の異なる土を型枠に少量ずつ入れ、上から棒で突き固める作業を層ごとに繰り返す左官技法である。硬化した壁面には、締固めのたびに残る水平の縞が地層のように現れる。法隆寺の築地塀や中国の万里の長城にまで遡れる古法だが、現代の日本では、外構の塀や共用部の意匠壁として使われることが圧倒的に多い。作業に要する労力と時間、土の配合の管理、そして厚みが必要という制約 — この三つが、版築を客室内に引くという選択を稀にしている。

それでも今日、版築を宿の壁面に据える判断は、単なる装飾ではなく、素材の記憶と工程の可視性を空間に持ち込むための編集行為として理解できる。以下の3軒は、その判断の型がそれぞれ異なる。純粋に版築を採用した宿、版築の思想を建築全体の素材選定に反映した宿、そして時間がすでに積層した既存の土壁を、あえて洗わずに残した宿。順に読むと、版築という言葉が指し示す領域の広さがみえてくる。

1. STAY KARATEL — 沖縄・読谷村

読谷村の住宅地に建つ2棟構成。共用部の内壁に版築を引くことを、はじめから設計に組み込んだ稀な一軒。

Media Picks Score: 80 / 100  2室、貸切一棟型。開業 2021年5月。

目安価格 ¥40,000–¥52,000 / 泊 (2名1室・通常期)


STAY KARATEL — 沖縄・読谷村 · 共用部の内壁に版築を採用した貸切一棟型
PHOTO: STAY KARATEL — 公式サイトを見る →

土を突き固めて仕切る

読谷村の内陸、渡具知の海と読谷グスク跡地の中間にあたる住宅地に、STAY KARATEL は建つ。View棟とSky棟の2棟からなり、それぞれの共用エリアに版築の壁が現れる。土そのものの重量と厚みで空間を仕切るという判断が、開業告知の段階からデザインの核として明示されていた。琉球石灰岩の白と、赤みを帯びた地元の土。骨材の粒度と色土の配合の差が、締固めの層ごとに水平の縞として残り、そのまま室内の主景となる。仕上げの表情は、コテで撫でるでも磨くでもなく、型枠を外したときのままの粗さで留めてある。

集約レビューの傾向

公開レビューの母数は少ないものの、独立した2棟をそれぞれ貸し切る運用と、非接触チェックインの仕組みが繰り返し言及される。土の壁が発する匂いと湿度感 — 特に亜熱帯気候の沖縄で、土壁が屋外湿度をどう受けとめるかを言葉にする感想が散見される。装飾ではなく、土そのものを空間の主素材として扱う潔さが、少数の熟知した宿泊者の記憶に強く残るタイプの宿だと言える。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    建築素材の実物を近距離で観察したい人、2〜7名の少人数グループでの一棟利用、非接触運用を好む出張帰りのステイ延長
  • 向かない:
    観光地から徒歩圏の立地を望む旅程、対人サービスを重視する滞在、大型リゾートの完備設備を期待する人

具体情報

  • 所在地: 沖縄県中頭郡読谷村
  • 棟構成: View棟(定員13名) / Sky棟(定員7名) 各1棟の貸切
  • チェックイン: 非接触・スマートロック方式
  • 版築壁: 共用部内壁に採用(琉球土+骨材、型枠脱型そのままの仕上げ)
  • 開業: 2021年5月

2. べにや無何有 — 石川・山代温泉

薬師山を背負う十六室の湯宿。竹山聖と原研哉が編んだ素材のレイヤーに、珪藻土と土壁の思想が敷かれる。

Media Picks Score: 95 / 100  16室、山あいの中規模旅館。前身は1928年創業。

目安価格 ¥152,000–¥232,000 / 泊 (2名1室・通常期)


べにや無何有 — 石川・山代温泉 · 珪藻土壁と畳・竹・和紙で編まれた客室
PHOTO: べにや無何有 — 公式サイトを見る →

素材レイヤーの中の土

建築の設計は竹山聖 (設計組織アモルフ)、グラフィックとブランディングは原研哉 (良品計画のアートディレクターとしても知られる)。禅の思想を出発点とする「無何有」というブランド名の下で、館内は畳・竹・和紙・珪藻土といった素材が意識的に選ばれ、それぞれが薄いレイヤーとして重ねられている。版築を主構造の壁面に採用したという明示的な言及は公開情報上見当たらないものの、土の骨材と自然素材で空間の触感を編むという思想は、版築を主材に据える宿と地続きに位置する。共用部の壁面には珪藻土が引かれ、光を吸って柔らかく返す。庭に面した客室 (和邑・洋邑など) の壁は、色土の顔料を含んだ左官仕上げで、時間の経過とともに色調が沈んでゆく。

集約レビューの傾向

公開レビューでは、加賀山中特有の霧の朝、庭のスケール、朝食の煎茶の質、そして館内の静けさに関する言及が繰り返される。素材そのものへのコメントは少数だが、「空気が澄んでいる」「壁が呼吸している」といった感触的な表現が現れる。ミシュランガイド 2025で掲載されるなど、外部評価は安定して高い水準にあるが、それらの評価軸とは別に、設計思想の骨格を素材の側から読み解ける稀な一軒だと言える。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    建築とグラフィックの両方に関心のある大人の一人旅・二人旅、記念日を静けさで祝いたい人、素材を読む眼で滞在したい人
  • 向かない:
    賑わいのある温泉街を歩き回りたい旅程、装飾的な意匠を期待する滞在、乳幼児連れの家族滞在

具体情報

  • 所在地: 石川県加賀市山代温泉 (薬師山中腹)
  • 客室: 全16室、各室に露天風呂を設ける
  • 設計: 竹山聖 (設計組織アモルフ) / アートディレクション 原研哉
  • 素材: 珪藻土・土壁・畳・竹・和紙のレイヤー構成
  • 創業: 1928年 (現在の建物は改築後の姿)

3. NIPPONIA HOTEL 竹田城下町 EN — 兵庫・朝来

雲海の城下町に散らばる13室の分散型ホテル。旧酒蔵と町家の土壁を、洗わずに残したまま客室に組み込む。

Media Picks Score: 92 / 100  13室、分散型古民家ホテル。2013年フラッグシップ棟開業、2020年13室体制。

目安価格 ¥78,000–¥123,000 / 泊 (2名1室・通常期)


NIPPONIA HOTEL 竹田城下町 EN — 兵庫・朝来 · 旧酒蔵を改修した分散型古民家ホテル
PHOTO: NIPPONIA HOTEL 竹田城下町 EN — 公式サイトを見る →

積層した時間としての土壁

竹田城跡の麓、雲海のかかる朝で知られる旧城下町に、ENは分散して立つ。フラッグシップの「本館」は木村酒造の旧酒蔵を改修したもので、蔵の梁・土間・土壁がそのまま客室内に残された。土壁は左官で塗り直された部分と、江戸末期以降の職人が塗り重ねてきた古い部分が、剥がれかけの断面ごと共存している。これは新しく版築を引くのとはまったく異なる方向 — 時間そのものが層をなしてきた壁を、洗わずに承認する判断である。版築が「これから積層する」壁だとすれば、EN の土壁は「すでに積層された」壁だと言える。両者を並べて読むと、土を層として理解するという行為が、時間軸のどちら側からも成立することがわかる。

集約レビューの傾向

集約された宿泊者の傾向としては、酒蔵という空間規模の圧倒的な体験、梁と土壁の触感、そして城下町のなかを移動して食事とチェックインを行う分散型ならではの動線に対する評価が高い。土壁については「傷が残っている」「白い漆喰と黒い土壁のコントラストが強い」といった感触的な言及が現れる。近年の朝来市の観光開発と歩調を合わせて、外国からの宿泊者比率が上昇傾向にある。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    古民家改修の建築事例に関心のある人、街全体を宿として歩き回りたい滞在、酒蔵建築の空間規模を体験したい人
  • 向かない:
    段差のない現代的な設備を求める旅程、館内で完結する高級リゾート的な滞在を望む人、雨天時に濡れずに移動したい旅程

具体情報

  • 所在地: 兵庫県朝来市和田山町 (旧竹田城下町)
  • 棟構成: 6棟に分散、全13室
  • フラッグシップ: 旧木村酒造(江戸末期建立)を改修
  • 土壁: 客室内壁の一部に旧酒蔵時代の土壁を保持
  • 開業: 2013年11月(初期4室) / 2020年に現在の13室体制


版築を読む三つの位相

ここまで見てきた三軒は、版築という言葉に含まれる思想の位相を、それぞれ別の側から示している。STAY KARATEL は「これから積層する」壁として、土そのものを主素材に据えた現在進行形の版築を持つ。べにや無何有は、版築を主材に据えないながらも、土を層として扱う思想を建築全体の素材レイヤーに反映させた設計思考の版築だと読める。NIPPONIA HOTEL 竹田城下町 EN は、既に時間が積層した土壁を洗わずに残すという、時間軸の反対側からの版築である。どの一軒も、聚楽壁・掻き落とし・拭漆と連なる左官の系譜のなかにあり、そして土という素材が最も繊細に表情を変える梅雨明けから初秋にかけての時季に、その真価を確かめられる。

よくある質問

Q. 版築の壁は、どの時季が最も表情豊かに感じられますか?

A. 梅雨明けから初秋にかけて、屋外の湿度と館内の湿度が近い時季が最も繊細に読める。土は湿気を吸って表情がわずかに沈み、乾燥した季節とは違う色調を返す。冬期の乾燥した空気のなかでは、締固めの層の縞がむしろ強く見える。

Q. 版築の壁は触っても大丈夫ですか?

A. 表面は左官仕上げされているため、通常の接触では崩れない。ただし爪を立てたり摩擦を強く加えると粒が落ちる可能性があるため、指の腹で軽く触れる程度に留めるのが望ましい。

Q. 予約のタイミングはいつ頃が良いですか?

A. べにや無何有は繁忙期 (連休・年末年始) は3〜4ヶ月前から埋まる傾向にある。NIPPONIA HOTEL 竹田城下町 EN は雲海シーズン (秋〜早春) が混み合う。STAY KARATEL は一棟貸しのため、宿泊人数が2〜7名で確定してから2ヶ月前を目安に予約すると希望日程が取りやすい。

Q. アクセスは?

A. STAY KARATEL は那覇空港から車で約1時間、レンタカー前提。べにや無何有は加賀温泉駅からタクシー約8分または送迎。NIPPONIA HOTEL 竹田城下町 EN は JR 竹田駅から徒歩約10分、京阪神から特急+乗換で約3時間半。

Q. 建築素材そのものに関心があります。他にも版築を持つ宿はありますか?

A. 版築を主構造材として客室内壁に据えた宿は、日本ではまだ極めて少数である。建築家 遠野未来による住宅作品や、藏家(くらや)などの左官施工事例に近い思想を持つ宿泊施設は今後増えると予想されるが、現時点では本記事の三軒が到達しやすく、素材の系譜として読み比べられる代表例と言える。

本記事の参考情報

Wikipedia: 版築 — 工法の歴史と技術背景
読谷村観光協会 — STAY KARATEL 所在地の周辺情報
朝来市 竹田城跡 — 竹田城下町の歴史と観光

編集部から

版築という技法は、装飾のためだけに引かれる壁ではない。土を層として理解し、締固めの時間を空間に持ち込むという行為である。そう考えるとき、聚楽壁・掻き落とし・拭漆といった京都以来の左官・仕上げの系譜に、地層のような水平の縞は自然な位置を占める。次回は、聚楽壁を客室に引く宿の系譜、そしてその隣にある掻き落としの表情を辿る予定である。素材から宿を読むという読み方は、ようやく本格的に始まったところにある。

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