京都・華頂山の斜面に、村野藤吾が伏せるように置いた一棟がある。ウェスティン都ホテル京都の7階、数寄屋風別館「佳水園」。1959(昭和34)年竣工、二十室。日本モダニズム建築を代表する建築家が、鉄骨とコンクリートの大型ホテルの上に、木造の入母屋を低く薄く重ねてみせた稀有な仕事である。既刊で扱ってきた隈研吾、SANAA、内藤廣ら現代作家の系譜に対し、この一棟は戦後モダニズムと数寄屋が交わる地点に立つ。2020年、中村拓志=NAP建築設計事務所が二室を一室へ継ぎ、平均40㎡の客室を約70㎡へ改めた改修を、原設計との連続と断絶の両面から一棟だけで読み解く。


佳水園 — 京都・東山 華頂山 · 村野藤吾設計の数寄屋風別館、白砂の中庭に伏せる入母屋屋根
PHOTO: 佳水園(ウェスティン都ホテル京都) — 公式サイトを見る →

華頂山の斜面と、伏せた入母屋

佳水園を読むには、まず地形から入るのがよい。敷地は東山三十六峰のひとつ、華頂山の斜面である。ここにはかつて元首相・清浦奎吾の別邸「喜寿庵」と、小川治兵衛(植治)の長男・白楊が作庭した庭園があった。村野藤吾はこの高低差と既存の庭を消さず、そのまま懐に抱え込むように別館を配した。

屋根がこの一棟の核心である。入母屋の妻面が棟から頭を垂れるように、低く薄い庇が幾重にも重なる。蓑甲(みのこ)と呼ばれる、軒先へゆるやかに反り落ちる曲線は、木造の意匠でありながら内部では鉄骨をハイブリッドさせて実現されている。数寄屋の繊細さを保ちつつ、大型ホテルの上階という異例の条件を成立させた技術的な解でもある。白砂の中庭に対して屋根が水平に低く抜けるため、建物は斜面に「伏せて」見える。梅雨明けの新緑期、背後の緑と白砂の対比のなかで、その水平線が最も冴える。

白砂の庭と、酒に見立てた水

中庭の白砂は村野自身の作庭による。フラットな枯山水のなかに、醍醐寺三宝院の庭の写しと言われる石組みが据えられ、岩盤から流れ落ちる自然の水がそのまま景の主役になっている。緑で象られた瓢箪と杯は、岩盤を伝う水を酒に見立てた村野の遊びである。文人的な感性を建築に持ち込んだこの一手が、佳水園を単なる高級和室の集合体から、一個の作品へと引き上げている。

主屋は白砂の庭に浮かぶように置かれ、客室からは常に庭と屋根の裏側の陰影が視界に入る。装飾を足すのではなく、光と影、砂と石、水と緑という素材の関係だけで空間を持たせる——戦後モダニズムの禁欲と、数寄屋の抑制が、ここで同じ方向を向いている。

2020年の改修 — 二室を一室に継ぐ

2020年6月、中村拓志=NAP建築設計事務所の監修で佳水園は改修された。最大の変更は客室の再編である。従来の平均約40㎡の客室二室を一室に継ぎ、約70㎡へと拡げた。あわせて浴室を作り替え、温泉を引き込んでいる。宴会場など共用部にも手が入った。

この改修は原設計に対して連続と断絶の両面を持つ。連続の面では、村野の屋根・庭・主屋の関係は保存され、蓑甲の意匠も引き継がれた。断絶の面では、客室の単位が倍近くに拡がったことで、竣工時の「数寄屋の小間を連ねる」密度は変質している。中村は村野の文人的感性を読み解いたうえで、現代の滞在が要求する広さと設備——とりわけ客室で完結する温泉浴室——を接ぎ木した。原型を凍結保存するのではなく、設計思想を継いで更新するという判断が、この一棟の現在をつくっている。

滞在の体験

七階へ上がると、都市型ホテルのロビーの喧噪が急に遠のく。廊下の天井は低く抑えられ、客室に入ると一転して庭へ視界が抜ける——村野が仕込んだ圧縮と開放の落差が、そのまま体験の骨格になっている。約70㎡へ拡がった客室は、寝室・居間・温泉浴室が緩やかに連なり、白砂の庭を横目に湯に浸かる時間が滞在の中心に据えられる。装飾は少なく、杉や漆喰、和紙といった素材のテクスチャが空間の温度を決めている。


佳水園 — 京都・東山 · 白砂の枯山水と岩盤を流れる水、醍醐寺三宝院の庭の写しとされる石組み
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集約レビューが映すこの一棟の本質

公開レビューデータを集計すると、この別館に対する評価は、母体である大型ホテルの平均像とは明確に分かれる。支持が集まるのは静けさと空間そのもの——都心にありながら庭と屋根に囲まれて外界が消える感覚、二十室という規模ゆえの密度の低さ、改修後の温泉浴室を備えた客室で滞在が完結する点である。一方で、村野の設計と2020年の改修が生む「文脈」を読み解けるかどうかで、体験の受け取り方は分かれる。建築や庭園への関心を携えて訪れる人ほど、この一棟の価値を深く掘り当てている傾向が見て取れる。

立地と周辺

華頂山の麓、東山区蹴上に位置する。地下鉄東西線・蹴上駅から徒歩圏で、南禅寺、無鄰菴、平安神宮といった近代京都の庭園・建築が徒歩と短いタクシーの範囲に集まる。都市の利便と山の斜面の静けさが同居する、東山特有の立地である。梅雨明けの新緑から初夏にかけて、周辺の庭園と佳水園の白砂・緑が呼応する時季を、編集部は一年で最も推す。

こんな旅人に

  • 戦後モダニズムと数寄屋の交点に関心を持ち、村野藤吾の仕事を一棟で読み解きたい人
  • 都心にありながら外界の消える静けさを、記念日や節目の滞在に求める大人の二人
  • 客室で完結する温泉浴室と、庭を望む時間を滞在の中心に据えたい人
  • 逆に、観光地を数多く巡って宿に戻る時間が短い旅程、和の様式より機能的な都市ホテルを望む人には、この一棟の密度は活きにくい

具体情報

  • 所在: ウェスティン都ホテル京都 7階(京都市東山区蹴上)
  • 最寄り駅: 地下鉄東西線・蹴上駅から徒歩約2分
  • 室数: 二十室(数寄屋風別館)
  • 客室サイズ: 約70㎡(2020年改修で平均約40㎡×2室を1室に継ぐ)
  • 設計 / 竣工: 村野藤吾設計、1959年(昭和34年)竣工
  • 改修: 2020年6月、中村拓志=NAP建築設計事務所監修(浴室に温泉を導入)

Media Picks Score

93 / 100 — 評価の内訳: 立地(東山・蹴上、庭園群への近接) / 設計(村野藤吾の数寄屋、蓑甲の入母屋) / 体験(客室で完結する温泉と庭の時間) / 改修の質(原設計を継ぐ2020年更新) / 編集適合度(デザイン・建築軸への強い合致)。


よくある質問

Q. 佳水園は誰が設計しましたか?

A. 日本モダニズム建築を代表する村野藤吾が設計し、1959年(昭和34年)に竣工しました。ウェスティン都ホテル京都の7階に建つ数寄屋風別館で、低く薄い蓑甲の入母屋屋根と白砂の中庭が特徴です。

Q. 2020年の改修で何が変わりましたか?

A. 中村拓志=NAP建築設計事務所の監修で、従来の平均約40㎡の客室二室を一室に継ぎ、約70㎡へ拡げました。あわせて浴室を作り替え温泉を導入しています。村野の屋根・庭・主屋の関係は保存されています。

Q. ベストシーズンはいつですか?

A. 編集部が推すのは梅雨明けの新緑から初夏にかけての時季です。華頂山の緑と白砂の中庭の対比が最も冴え、周辺の南禅寺・無鄰菴などの庭園とも呼応します。紅葉期の東山も見応えがあります。

Q. アクセスは?

A. 地下鉄東西線・蹴上駅から徒歩約2分、京都駅からはタクシーで約15分です。南禅寺、無鄰菴、平安神宮といった庭園・建築が徒歩と短いタクシーの範囲に集まっています。

Q. 建築に関心がなくても楽しめますか?

A. 楽しめます。二十室という規模ゆえの静けさと、客室で完結する温泉浴室、庭を望む時間そのものが滞在の中心になります。ただし村野の設計や2020年改修の文脈を知って訪れると、この一棟の価値はより深く掘り当てられます。

本記事の参考情報

京都観光オフィシャルサイト 京都観光Navi — 東山・蹴上エリアの観光情報
Wikipedia: 村野藤吾 — 建築家の経歴と代表作の背景
Wikipedia: ウェスティン都ホテル京都 — 母体ホテルと佳水園の沿革

編集部から

佳水園は、戦後モダニズムの巨匠が数寄屋の語彙で書いた一編である。華頂山の斜面という与件を消さず、屋根を低く伏せ、庭の水を酒に見立てる——その文人的な判断が、竣工から六十余年を経てなお空間の骨格を保っている。2020年の改修は原型を凍結せず、設計思想を継いで客室を倍に拡げ、温泉を引いた。保存とは何かを問う一棟でもある。既刊で追ってきた現代建築家の宿仕事に、この村野の一棟をどう接続して読むか——次は同じ東山で、近代和風建築を継ぐ別の宿を一棟だけ掘りたい。あなたなら、佳水園の屋根の下でどの時間を過ごすだろうか。

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