前橋の中心で現代建築を一棟だけ訪ねるなら、藤本壮介が手がけた白井屋ホテルが最初の候補になる。廃業した旅館の鉄筋躯体を壊さずに読み替え、その隣に利根川旧河道の土手を思わせる緑の丘を盛り上げた二棟構成。ヘリテージタワーとグリーンタワー、合わせて25室は、ふたつと同じ断面を持たない。地方都市の再生を建築とアートで牽引した宿として、躯体の履歴と現代美術が同居するその内側を、ここでは一棟まるごと読み解く。週末に地方の現代建築を訪ねたい人へ、編集部が単独で取り上げる一軒である。

歴史と建築
白井屋の名は、江戸期から続いた老舗旅館に由来する。三百年近い歴史を持ちながら2008年に廃業し、前橋中心市街地の空洞化を象徴する存在となっていた。これを引き取ったのが、地元発の眼鏡ブランドを率いる田中仁による財団で、前橋のまちづくり構想「めぶく」の核として再生が構想される。設計を託されたのが藤本壮介である。
藤本の判断は、旧ホテルの鉄筋コンクリート躯体を解体しないことだった。柱と梁を残したまま床の一部を抜き、四層分の吹き抜けをうがつ。空いた垂直の空隙には、レアンドロ・エルリッヒによる「ライティング・パイプ」——天井まで縦横に走る水道管状の光の彫刻——が架けられ、構造体の履歴とアートが同じ視界に収まる。既存建築を保存でも解体でもなく、読み替える。その姿勢が館全体を貫いている。
二棟を一棟として読む
白井屋ホテルは、性格の異なる二棟からなる。旧躯体を活かしたヘリテージタワーには17室。前述の吹き抜けとエルリッヒの作品を中心に、館内を歩くこと自体が現代美術の鑑賞になるよう構成されている。
対するグリーンタワーは、馬場川沿いに新築された8室。利根川の旧河道にあった土手の情景を引き、緑に覆われた盛土の丘として立ち上げられた。斜面には白い切妻の小屋のような客室が点在し、外観は建築というより造成された地形に近い。硬質な躯体のヘリテージと、柔らかな地形のグリーン。対照的な二棟を、吹き抜けと中庭、そして馬場川通りの動線が一続きに束ねる。二棟を別々に見るのではなく、一棟の断面として読むと、この宿の設計思想が立ち上がってくる。
滞在の体験
25室はすべて意匠が異なり、面積もおよそ25㎡から59㎡までと幅がある。標準的な客室にも藤本壮介がデザインしたソファやテーブルが据えられ、共用部だけでなく個室の内側までデザインの手が及ぶ。なかでも特別室は、ジャスパー・モリソン、ミケーレ・デ・ルッキ、レアンドロ・エルリッヒといった世界的な作り手が一室ずつ手がけた「泊まれる作品」である。デ・ルッキの室は木片を用いた板葺きの空間で、名作家具とともに家具史をそのまま体験できる。
飲食は、地元の食材を組み立てるダイニング「the RESTAURANT」とラウンジ、ベーカリー、パティスリー、バー「真茶亭」が館内に揃う。個室サウナも備わり、滞在は宿泊にとどまらず、まちに開かれた文化施設としての性格を帯びる。派手なもてなしを競うのではなく、空間と作品そのものを体験の中心に据えた設計と言える。
評価をどう読むか
白井屋ホテルの評価は、快適性や利便性の物差しだけでは測りにくい。前橋駅から徒歩圏という都市立地、二棟にまたがる複雑な動線、そして客室ごとに異なる意匠は、万人向けの均質なサービスとは異なる価値を提供する。編集部が高く見るのは、旧躯体の保存という難題を建築的な魅力へ転じた点、そして現代美術を宿泊体験に溶かし込んだ一貫性である。逆に、静かな温泉地でくつろぐ旅や、画一的な快適さを最優先する滞在には、必ずしも噛み合わない。何を体験しに行くのかを明確にしたうえで選ぶ一軒である。
具体情報
- 所在地: 群馬県前橋市本町2-2-15(馬場川通り)
- 最寄り駅: JR前橋駅から徒歩 約15分(タクシー 約5分)
- 客室: 全25室(ヘリテージタワー17室 / グリーンタワー8室)、約25〜59㎡
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
- 設計: 藤本壮介(特別室: ジャスパー・モリソン、ミケーレ・デ・ルッキ、レアンドロ・エルリッヒ ほか)
- 館内施設: the RESTAURANT、ラウンジ、ベーカリー、パティスリー、バー「真茶亭」、個室サウナ
- 開業: 2020年12月(前身は江戸期創業の白井屋旅館、2008年廃業)
- 駐車場: あり(フロントにて駐車券提示)
向く人 / 向かない人
-
向く:
現代建築・現代美術に関心のある大人、週末に地方都市の建築を訪ねたい人、家具やデザインの文脈を室内で体験したい旅、都市滞在型のカルチャートリップを好む人 -
向かない:
温泉地で静養したい旅、均質な大型ホテルの快適さを最優先する滞在、館内の階段や高低差を避けたい旅程、幼い子ども連れで動線の単純な宿を求める場合
Media Picks Score
90 / 100 — 評価の内訳: 立地(前橋駅徒歩圏の都市型)/ 建築(旧躯体の読み替えと二棟構成)/ 体験(客室ごとの意匠と現代美術の同居)/ 価格感(デザイン・アート体験に見合う上位帯)/ 編集適合度(地方現代建築の起点として)。
※ Media Picks Score は立地・建築・体験・価格感・編集適合度に対する編集評価に基づく総合指標です。
よくある質問
Q. 白井屋ホテルの見どころはどこですか?
A. 旧ホテルの躯体を残したヘリテージタワーの四層吹き抜けと、そこに架かるレアンドロ・エルリッヒの「ライティング・パイプ」が中核です。加えて、盛土の緑の丘として新築されたグリーンタワーの外観も、この宿を象徴する光景です。
Q. 客室は何室あり、どのくらいの広さですか?
A. 全25室で、ヘリテージタワー17室とグリーンタワー8室に分かれます。面積はおよそ25㎡から59㎡まで幅があり、25室すべてが異なる意匠です。特別室はジャスパー・モリソンらが個別に手がけています。
Q. アクセスは?
A. JR前橋駅から徒歩約15分、タクシーで約5分です。東京方面からは新幹線で高崎、両毛線で前橋という経路が一般的で、週末の日帰りに近い往復も組めます。駐車場も用意されています。
Q. 建築やアートに詳しくなくても楽しめますか?
A. 館内を歩くだけで吹き抜けや客室の意匠、家具に出会えるため、予備知識は必須ではありません。ダイニングやベーカリー、バーはまちに開かれており、宿泊せずに立ち寄る使い方もできます。
Q. 編集部が訪ねるのに推す時期は?
A. グリーンタワーの緑が最も濃くなる初夏から晩夏にかけてが、盛土の丘の情景を味わうには合います。前橋の街歩きと合わせるなら、日の長い季節が過ごしやすいと感じられます。
本記事の参考情報
・前橋まるごとガイド(前橋観光コンベンション協会) — 施設・エリアの観光情報
・Wikipedia: 白井屋ホテル — 沿革・建築の背景
編集部から
白井屋ホテルは、宿というより「読める建築」である。廃業した旅館の躯体を残す判断、盛土の丘を隣接させる新築、そして客室と吹き抜けに差し込まれた現代美術。そのどれもが、地方都市の中心をもう一度使えるものへ組み替えるための手続きだった。滞在の快適さを数える視点だけでは、この宿の輪郭は掴めない。前橋という土地で、藤本壮介が旧躯体に緑の丘を接いだ二棟を、一棟の断面として歩いてみてほしい。あなたなら、ヘリテージとグリーン、どちらの棟に泊まりたいと考えるだろうか。
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ファクトチェック・出典
本記事の固有情報(客室数・面積・館内施設名・沿革・アクセス)は、以下の一次・公的情報で照合した。
- 客室数・面積・館内施設(the RESTAURANT、バー「真茶亭」、サウナ ほか): 白井屋ホテル 公式サイト
- 開業・沿革・二棟構成(ヘリテージ/グリーンタワー): architecturephoto、日経クロステック
- 建築・アート(ライティング・パイプ/特別室の作り手): TECTURE MAG
- アクセス・所在地: 前橋観光コンベンション協会
- まちづくり構想「めぶく」・田中仁財団: LOCAL GROWTH CONSORTIUM
- [訂正反映] ミケーレ・デ・ルッキ室の家具記述を修正。公式・一次資料に「ジョージ・ネルソン/イサム・ノグチの家具を同室に置く」との記載は確認できず、イサム・ノグチの照明「アカリ」はジャスパー・モリソン室に置かれる。木片による板葺きの名作家具室として記述を改めた(出典: TECTURE MAG)。