事務所として建てられた建物が、宿になる。旧庁舎や蔵、廃校の転用がしばしば「記憶の保存」として語られるのに対し、戦後のオフィスビルを宿に変える行為は、もっと即物的で、もっと設計論的である。基準階という反復の単位、執務のためにとられた天井高と窓割、平面の中央にすわるエレベーターコア。それらは情緒ではなく、寸法として残る。本稿は、その寸法が滞在空間にどう翻案されるのか、利と制約の両面を、東京で稼働する二軒の転用ホテルを引きながら、設計の文法として読み解く試みである。販売の言葉ではなく、図面の言葉で考えたい。

基準階という前提を読み替える

オフィスビルの設計は、反復を前提とする。賃貸面積を最大化するために、同じ柱スパン、同じ階高、同じ窓割が上階へ向かって積層される。この反復の単位が「基準階」であり、事務所建築の合理はここに集約される。柱は等間隔に並び、設備は天井裏に隠され、窓は均質に切られる。執務にとっては美徳であるこの均質さが、宿への転用では最初の与件になる。

宿は本来、反復を嫌う。眺望のいい角、静かな最奥、湯のある一室——滞在の価値は差異から生まれる。ところが基準階の図面には差異がない。設計者の仕事は、そこから差異を彫り出すことになる。柱割の間に間仕切りをどう落とすか。窓ひとつ分を一室にあてるか、一室半にあてるか。中央のコアをどう迂回させて廊下を通すか。新築なら自由に決められる寸法が、転用ではすべて「既にある柱」から逆算される。設計とは、ここでは創造というより翻訳の作業に近い。

その翻訳の精度が、滞在の質を分ける。柱を客室の隅にうまく落とし込めれば、室内は素直な矩形になる。落としどころを誤れば、ベッドの脇に柱型が突き出し、家具の置き場を奪う。事務所では誰も気に留めなかった構造体が、宿では身体のすぐ横に立つ。転用ホテルを歩くと、設計者がこの一本の柱とどう交渉したかが、客室の居心地として読めてしまう。

トーセイホテルココネ上野 — 東京・東上野

中古オフィスを転用した鉄骨造11階。柱割の不揃いを、客室タイプの多様として引き受けた一軒。

Media Picks Score: 92 / 100  126室、宿泊主体型ホテル(オフィスビル転用)。


トーセイホテルココネ上野 — 東京・東上野 · 中古オフィスビルを転用した鉄骨造11階の宿泊主体型ホテル
PHOTO: トーセイホテルココネ上野 — 公式サイトを見る →

事務所の階段を、宿の入口へ

2018年12月に開いたこの宿は、東上野の中古オフィスビルを鉄骨造のまま転用したものである。126室、地上11階。転用の思想がもっとも明快に出ているのは入口で、事務所時代の天井を撤去し、二階のフロントへ吹き抜けの階段を通している。執務フロアの低い天井を取り払うことで、来訪者を一度上へ導く——商業建築なら当然の所作だが、オフィスの平天井を「抜く」という決断が、建物の性格を入口で書き換えている。

上階の客室は、基準階の柱割をそのまま受け継ぐ。シングル、ツインのほか、女性専用フロアや三〜四名のファミリータイプまで複数の型を擁するのは、転用ゆえの必然でもある。新築のように一種類の客室を量産できないかわりに、柱と窓の割り付けに合わせて室を切り分けた結果、間取りの多様が生まれた。均質さを諦めることが、ここでは選択肢の幅に転じている。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、立地の利便と価格に対する空間の充実が支持の中心にあることがうかがえる。上野駅至近という事務所立地ならではの強みは、宿になっても失われていない。一方で、転用建築に共通する設備音や窓の規格化された印象に触れる声もあり、もとが執務空間であった出自は、滞在の細部にやはり残る。情緒ではなく機能から出発した建物であることを、利用者の側も静かに受け止めている。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    上野・浅草を拠点に動く都市滞在、建築の転用に関心を持つ旅、駅近を最優先する出張
  • 向かない:
    静寂と眺望を旅の主目的に据える人、和の様式や露天風呂を求める滞在、長逗留で広い室面積を要する旅程

具体情報

  • 最寄り駅: JR上野駅から徒歩約1分
  • 規模: 鉄骨造・一部鉄骨鉄筋コンクリート造/鉄筋コンクリート造、地上11階
  • 客室数: 複数タイプの客室(シングル/ツイン/女性専用/ファミリー等)
  • 開業: 中古オフィスビルからのコンバージョン


窓割と天井高——執務の寸法が滞在に残るもの

オフィスの窓は、執務に最適化されている。デスクに均等な昼光を落とすため、窓は横長に連続し、腰高は揃えられる。この連続窓は、客室に分割されると独特の表情を生む。一室に窓が一つきれいに収まればいいが、窓の割りと間仕切りの位置がずれると、半端な窓が二室にまたがったり、壁の中央に窓が来たりする。眺望ではなく採光のために切られた開口は、宿になると「景色のない窓」として残ることがある。事務所では問われなかった窓の意味が、滞在では静かに問い直される。

天井高もまた、出自を語る。執務空間は設備配管と照明のために比較的高い階高をとるが、その天井裏には新たに空調や防火区画のためのダクトが通される。転用では、この天井裏の取り合いが客室の天井高を最終的に決める。結果として、宿としては標準的な高さに落ち着くことが多いが、もとの階高に余裕があった建物では、上部を活かした開放感が残ることもある。天井は、もっとも目立たないかたちで建物の前歴を伝える要素だと言える。

トーセイホテルココネ神田 — 東京・内神田

事務所街・神田の中古ビルを転用した、このブランド最初の一軒。執務立地がそのまま宿の地の利になった例。

Media Picks Score: 89 / 100  111室、宿泊主体型ホテル(オフィスビル転用)。


トーセイホテルココネ神田 — 東京・内神田 · 事務所街の中古ビルを転用した鉄骨造11階の宿泊主体型ホテル
PHOTO: トーセイホテルココネ神田 — 公式サイトを見る →

事務所街の地の利を、そのまま継ぐ

2017年12月開業のこの一軒は、トーセイホテルココネの第一号にあたる。内神田の鉄骨造11階、111室。神田は戦後の東京を支えた典型的な事務所街であり、その立地特性——主要駅への近さ、整然とした街区、夜の静けさ——は、宿に転用されても損なわれない。執務のために選ばれた場所が、そのまま滞在のための地の利に読み替わっている点で、この転用は立地論として示唆に富む。

敷地・延床ともに上野の事例より小ぶりだ。狭い敷地に建つオフィスビルは平面の自由度が低く、コアと階段の位置がほぼ動かせない。その制約のなかで111室を成立させるには、客室を効率よく並べる規律が要る。装飾ではなく規律で勝負する——事務所建築の出自は、こうして宿の平面計画にも引き継がれている。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、駅からの近さと清潔感、価格に対する納得感が支持の核にあることが読み取れる。長く稼働してきたことを反映し、レビュー件数の蓄積も厚い。一方で、室面積や設備の規格性に言及する声もあり、宿泊主体型として割り切った設計であることがうかがえる。観光の拠点としてよりも、都市を効率よく動くための寝床として評価される傾向が見て取れる。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    都心を機動的に移動する出張、神田・大手町を拠点とする滞在、転用建築の合理に関心を持つ旅
  • 向かない:
    広い客室や眺望を望む滞在、リゾート的な非日常を求める旅、温泉や和の様式が目的の旅程

具体情報

  • 最寄り駅: JR神田駅から徒歩約3分
  • 規模: 鉄骨造、地上11階
  • 開業: 2017年12月(中古オフィスビルからのコンバージョン/ブランド第一号)


コアの位置が、動線と静けさを決める

事務所建築の平面で、もっとも動かしがたいのがエレベーターと階段、設備シャフトをまとめた「コア」である。多くのオフィスビルは平面中央にコアをすえ、その周囲を執務空間が囲む中央コア型をとる。この形式が宿に転用されると、コアの周囲に中廊下が回り、客室は廊下の片側または両側に並ぶ。コアの位置は、新築のように好きに置けない。したがって、廊下の長さも、客室がどちらを向くかも、もとの建物がほぼ決めてしまっている。

中央コア型は、片側にしか客室を取れない階を生むことがある。すると反対側は窓のない収納や設備に充てられ、面積効率は落ちる。逆に両側配置が成り立てば客室数は増えるが、廊下は暗く長くなりがちだ。転用ホテルを評価するとき、客室の内装よりも先に廊下を歩いてみるとよい。コアとどう折り合いをつけたかが、廊下の明るさと長さに正直に出る。事務所のために置かれた一基のエレベーターが、宿の静けさと動線の質を、今も静かに支配している。

転用という設計態度

戦後オフィスビルの宿への転用は、空室率の上昇と客室供給の逼迫という経済的与件から生まれた潮流である。だが本稿で見てきたように、その内実は不動産の計算に尽きない。基準階の反復、執務のための窓割、中央にすわるコア——事務所建築の合理が、滞在空間の寸法として残り、設計者にそれとの交渉を強いる。転用の質は、この交渉をどれだけ正面から引き受けたかに表れる。不揃いを欠点として塗り込めるのか、客室タイプの多様として受け止めるのか。装飾で覆うのか、寸法そのものを調停するのか。旧庁舎や蔵の転用が記憶を保存する行為だとすれば、戦後オフィスビルの転用は、合理を翻案する行為である。次に泊まる一室が、かつて誰かの執務机が置かれた場所だと知るとき、建物の前歴は、滞在の奥行きとして立ち上がってくる。

よくある質問

Q. オフィスビルを転用したホテルは、新築のホテルと何が違いますか?

A. 最大の違いは、客室の寸法が「既にある柱と窓」から逆算される点にあります。新築なら自由に決められる間取りが、転用では基準階の柱割や窓の位置に縛られるため、客室タイプが多様になりやすく、室ごとに表情の差が出やすいのが特徴です。

Q. 転用ホテルの居心地を、泊まる前に見分ける手がかりはありますか?

A. 平面計画に注目すると分かりやすいと言えます。客室内に柱型が突き出ていないか、窓が室の中央に来ていないか、廊下が極端に長く暗くないか。これらは事務所時代のコアや柱割との交渉の結果で、内装の華やかさより設計の巧拙を映します。

Q. 本稿で取り上げた二軒は、どんな旅程に合いますか?

A. いずれも上野・神田という都心の事務所立地を継ぐ宿で、駅至近を活かした都市滞在や出張に向きます。温泉や眺望、和の様式を主目的とする旅には合いませんが、建築の転用そのものに関心がある旅には、格好の観察対象になります。

Q. なぜ戦後のオフィスビルが、いま宿に転用されているのですか?

A. 働き方の変化によるオフィスの空室増、訪日需要の回復に伴う客室不足、建設費の高騰という複合的な要因が背景にあります。窓が大きく階高があり、床の積載荷重も大きいオフィスは、構造的に宿への転用に適しているという技術的理由も重なっています。

本稿の参考情報

トーセイホテルココネ上野 公式サイト — 規模・客室・沿革
トーセイホテルココネ神田 公式サイト — 規模・客室・沿革
Wikipedia: コンバージョン(建築) — 用途転換の概況

編集部から

建築を旅の主題に据えるなら、転用ホテルは恰好の教材である。旧庁舎や蔵が「保存された過去」を見せるのに対し、戦後オフィスビルの転用は「翻案された合理」を見せる。柱、窓、コア——執務のために選ばれた寸法が、滞在の寸法へとどう読み替えられたか。次に都心の宿に泊まる機会があれば、内装を眺める前に、まず一本の柱と一枚の窓を見てほしい。その建物が事務所だった時代の論理が、あなたの一室を今も静かに形づくっているはずだ。次はどんな前歴を持つ建物が、宿として立ち上がるだろうか。

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