伊豆長岡で近代和風建築を一棟通して読むなら、三養荘がまず挙がる。旧三菱財閥・岩崎久彌の別邸として1929年(昭和4)に建てられた本館と、村野藤吾が最晩年に設計を手掛けた新館。性格の異なる二つの数寄屋が、京都の庭師・小川治兵衛による3,000坪の池泉回遊式庭園を挟んで向かい合う。玄関から離れまで、廊下と地形に沿って歩くこと自体が、この宿の設計を読む行為になる。初秋、庭の光が低く長くなる季節に訪ねたい一軒である。


三養荘 — 静岡県伊豆の国市・源氏山の山懐に、平屋の数寄屋が3,000坪の池泉回遊式庭園へ分棟で伏せる全景
PHOTO: 伊豆長岡温泉 三養荘 — 公式サイトを見る →

Media Picks Score: 94 / 100  静岡県伊豆の国市墹之上、伊豆長岡温泉。旅館。

目安価格 ¥120,000–¥177,000 / 泊 (2名1室・通常期)

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

別邸から旅館へ — 1929年の骨格

始まりは1929年。三菱の創業者・岩崎弥太郎の長男である久彌の別邸として、数寄屋造りの和風建築が建てられた。庭を任されたのは京都の小川治兵衛。名は岩崎家が重んじた蘇東坡の「三養訓」に由来し、別邸当時の呼称がそのまま宿の名として継がれている。

旅館としての営業開始は1947年10月、15室から。1950年に広間「もくせい」を増築し、大正期の東京市長・後藤新平の田舎屋を移築してバーとした。1957年に本館「みゆき」、1967年に離れ三室を加えて20室体制へ。この段階までが、いわゆる旧岩崎別邸の系譜である。

2017年6月、本館の7件が国の登録有形文化財に登録された。玄関・茶室棟、客間棟(老松)、中央棟(木曽・巴)、居間・書斎棟(松風・小督)、御幸の間、待合、露地門。文化庁の解説は、客間棟の廊下を舟底天井とする数寄屋風の意匠や、居間・書斎棟の十畳に松一枚の蹴込床を用いた造作に触れ、本館の中でも最も上質な空間と評している。腰掛待合の屋根は寄棟造の杉皮葺、露地門は雑木を手斧はつり仕上げとしたこけら葺。小さな構築物ほど、当時の普請の水準が露わになる。


三養荘 — 伊豆の国市・庭園越しに見上げる本館の二階建棟、入母屋の軒が二段に重なる近代和風住宅の外観
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村野藤吾の新館 — 平屋に階段がある理由

新館の計画が動き出したのは1981年。村野藤吾は1891年生まれだから、着手の時点で九十歳である。村野は1984年11月に歿し、新館が客を迎えたのは1988年11月、20棟30室の体制だった。1990年に離れ「藤裏葉」、1993年9月に9棟が加わって全体が完成する。施工は竹中工務店。設計者が竣工を見ていない建築を、五年がかりで庭に足していった格好になる。

構造は木造・鉄筋コンクリート造・鉄骨造の混構造で、地上二階建て。屋根は瓦葺と銅板葺を使い分ける。ただし客室棟はすべて木造の平屋である。ここに、この新館の設計を一言で言い表す矛盾がある — 平屋であるにもかかわらず、館内には階段がある。斜面という与件を均さず、地形に沿って各棟の床レベルをずらし、その差を廊下の中の段で吸収したためだ。離れ形式を基本に、棟と棟を廊下で繋ぐ。歩く人は、庭へ向かって折れながら降りていく感覚を、階段の数段ごとに反復することになる。

玄関を入ってすぐ左に建つ円形の建物も村野の設計で、現在はラウンジ「葵」として使われている。直線と勾配屋根で構成された数寄屋の群れに、円が一つだけ置かれる。文化庁は新館について、内外の随所にきわめて繊細な意匠が見られるとし、近現代数寄屋のひとつの到達点が示されていると記す。評価語としてはかなり強い部類に入る。


三養荘 — 伊豆の国市・分棟配置を俯瞰した鳥瞰図、池を中心に客室棟が散開し左下に村野藤吾設計の円形ラウンジが置かれる
PHOTO: 伊豆長岡温泉 三養荘 — 庭園ページを見る →

庭と客室 — 境界をどう曖昧にするか

庭園は3,000坪。池を中心とした回遊式で、春は桜とツツジ、夏は花菖蒲、秋は紅葉、冬は寒桜と梅が順に立ち上がる。高台には東屋が置かれ、庭の全体と背後の山並みを同時に視野へ収められる。庭の見学は宿泊者に限られ、日帰り入浴も設定されていない。閉じた庭であることが、この宿の静けさの前提になっている。

客室の庭への向き合い方は、本館と新館で明確に異なる。本館の客室は3,000坪の庭に正対する。対して新館の客室は大庭園には面さず、各室が坪庭を抱え込む。前者が借景の構図なら、後者は庭を室内側へ引き込む構図で、村野が選んだのは後者だった。分棟を庭に散らしながら、視線は互いに交わらせない。この操作があるために、三十室規模の宿でありながら、客室からは他の棟の気配がほとんど届かない。

面積は新館和洋室のスタンダードで63.5㎡以上、デラックスの和室で83.8㎡以上、和洋室で91.5㎡以上。新館貴賓室は142.6㎡以上、本間十帖に次の間六帖、三の間八帖が続く。本館側では離れ「高砂」「花月」が97.9㎡以上、本館貴賓室「御幸」が134.8㎡以上で、新館玄関から300mほど離れた庭園の高台に建ち、専用の畳廊下が50mほど続く。廊下の長さが、そのまま距離の演出になっている。全室に掛け流しの温泉内湯があり、寝具はエアウィーヴを二枚重ねる仕様に更新された。


三養荘 — 伊豆の国市・紅葉期の庭園越しに横たわる木造平屋の客室棟、芝と池を挟んで軒の水平線が長く続く
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湯と食 — pH9.1の湯、截金の壁

源泉は伊豆長岡温泉、泉質はアルカリ性単純泉でpH9.1。無味無臭でやわらかく、リウマチ性疾患や運動器障害、病後回復期への適応が掲げられている。大浴場は内湯が15:00〜翌9:30、露天風呂が15:00〜24:00と6:00〜9:30。ただし客室内湯が全室掛け流しであるため、大浴場は必須の動線ではない。

食事処は2階の「雄峰」。伊豆の海と山の素材を用いた懐石で、夕食は17:30〜19:30、朝食は8:00と8:30の二回制。舞台壁面には、人間国宝の截金作家・江里佐代子の作品『峰光』が据えられている。截金は金箔を糸のように截って文様を貼り重ねる技法で、光の当たり方で表情が変わる。食事の背景に工芸を一点だけ置く、という判断が効いている。客室で静かに食べたい場合は懐石を重に詰める「懐石重」があり、登録有形文化財の客間棟「老松」を個室の食事会場として使う設えも用意されている。夕食後はバー「狩野川」へ。1950年に移築された後藤新平の田舎屋が、その原型である。

集約レビューが映すこの宿の本質

公開レビューデータを集計すると、この宿への評価は建築・庭・客室の広さに強く集中する。分棟と廊下による動線、庭に面した開口、掛け流しの客室内湯といった、設計に由来する要素が支持の核をなしている。滞在の静けさに関する評価も安定して高い。

一方で、評価が分かれる軸も見える。館内に段差が多く、棟から棟への移動距離が長いこと。専用の設備を持たないバリアフリー対応。そして、大規模な近代和風建築を維持するがゆえの、設備の年代感である。歴史的建造物を宿として使い続けるという選択の裏側に、これらは必然的に付いてくる。総じて、建築を目的として訪れた層と、快適性の均質さを求める層とで、体験の受け取り方が分岐する宿だと言える。


三養荘 — 伊豆の国市・夕景の玄関棟と石張りの前庭、瓦屋根の水平線と障子の灯りが石畳に映る
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立地と周辺

所在は伊豆の国市墹之上、源氏山の山懐にあたる。三島駅から伊豆箱根鉄道駿豆線で伊豆長岡駅まで約23分、駅からは宿泊者専用の無料シャトルバスが出る(事前予約制)。車の場合は屋外の無料駐車場を使う。

周辺は歩ける範囲と車で回る範囲が分かれる。狩野川の土手の遊歩道までは徒歩5分で、天候が合えば富士山が視野に入る。北条義時が創建した北條寺は車で約3分、徒歩でも約20分。伊豆パノラマパークは車で約5分、三嶋大社は約25分、修善寺方面は約20分。建築を目的に据える旅程なら、日中を庭と館内に充て、周辺は午前か翌日の午後に短く回す配分が現実的である。

初秋、月見台という更新

2026年5月、開業当時の設えをもとに月見台が復元された。庭園を望むこの位置には創業期に月見台が設けられていたが、時代の変遷とともに失われていたという。観月のためだけに床を張り出すという、実用から最も遠い建築装置が、九十年近く経って戻ったことになる。

2026年は9月25日から27日の3日間、月見台を舞台にした「Moon Terrace Lounge」が組まれる。17:30から20:30、初日はフルートとキーボード、2日目は伊豆長岡芸能事業協同組合の芸妓による舞踊、3日目はバイオリンとギターによるジャズ。中秋の名月に合わせた設定で、料金は1名¥30,000(夕食懐石、入場料、飲みもの、サービス料・消費税込)。宿泊プランとしても販売され、いずれも電話予約に限られる。復元された床が、どう使われるかまで含めて設計されている点が興味深い。


三養荘 — 伊豆の国市・2026年5月に復元された月見台、庭に張り出した板床と丸椅子が宵の灯りに浮かぶ
PHOTO: 伊豆長岡温泉 三養荘 — 月見台のページを見る →

こんな旅人に

  • 向く:
    近代和風建築と数寄屋の系譜を目的に旅程を組む人、庭を眺めて一日を動かさない滞在を望む人、客室の温泉で人と会わずに過ごしたい二人旅、愛犬と静かに滞在したい人(離れ「藤裏葉」2室が同伴専用)
  • 向かない:
    館内の段差や長い移動が負担になる人(バリアフリー専用客室とユニバーサルトイレの設定はない)、観光地を数多く回り宿には眠りに戻るだけの旅程、洋食中心の食事を望む人、深夜まで館内で過ごしたい人(ラウンジは17:00まで、大浴場の内湯は9:30で一旦終了)

具体情報

  • 所在地: 静岡県伊豆の国市墹之上270(伊豆長岡温泉)
  • アクセス: 三島駅から伊豆箱根鉄道駿豆線で伊豆長岡駅まで約23分。伊豆長岡駅から宿泊者専用の無料シャトルバス(事前予約制)。屋外駐車場は無料
  • 客室サイズ: 63.5㎡以上〜142.6㎡以上(本館貴賓室「御幸」は134.8㎡以上、専用畳廊下 約50m)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
  • 食事: 食事処「雄峰」で懐石。夕食 17:30〜19:30、朝食 8:00 / 8:30。客室へ運ぶ「懐石重」、個室会場「老松」あり。精進(ベジタリアン)対応は5日前まで
  • 温泉: 伊豆長岡温泉、アルカリ性単純泉 pH9.1。全室に掛け流しの内湯。大浴場は内湯 15:00〜翌9:30、露天 15:00〜24:00 / 6:00〜9:30
  • 沿革: 1929年 岩崎久彌別邸として建設 / 1947年 旅館開業 / 1988年 村野藤吾設計の新館開業(1993年に全体完成し40室体制へ) / 2017年 本館7件が国の登録有形文化財に登録 / 2019年 別館8室が会員制へ移行、新館22室と食事処・ラウンジ・大浴場を改装 / 2026年5月 月見台を復元
  • 設計・施工: 新館=村野藤吾(設計着手1981年)、施工 竹中工務店。庭園=小川治兵衛(1929年作庭)
  • その他: 全客室禁煙(2024年9月〜、玄関脇に喫煙ブース)。日帰り入浴・庭園の外来見学は不可。館内Wi-Fiあり。愛犬同伴専用の離れ2室あり
  • 2026年7月時点の運用: 水質検査の結果を受け、女性浴場の内風呂を休止中(女性用露天風呂と男性大浴場は通常営業)。最新状況は公式サイトの告知で確認できる

Media Picks Score

94 / 100 — 評価の内訳は、立地(源氏山の山懐という囲われた地形)、設備(全室掛け流しの内湯と60㎡超の客室)、体験(登録有形文化財の本館と村野の新館を一度に歩ける稀少性)、価格感(1泊2名1室で¥120,000〜¥177,000という水準)、そして編集適合度(デザイン・建築を主語に据える本誌のテーマとの一致)。公開レビューデータの集計値に、本誌の編集判断を加味して算出している。近現代数寄屋を一棟通して読める宿という点で、代替の少ない一軒である。

よくある質問

Q. 建築を目的に訪ねるなら、どの季節が良いですか?

A. 編集部が推すのは初秋から晩秋にかけて。庭の光が低く長くなり、平屋の軒と地形の高低差が読み取りやすくなる。2026年は9月25〜27日に月見台の催事が重なる。新緑期は庭の密度が高く、冬は落葉によって分棟の配置そのものが見えやすい。

Q. 本館と新館、どちらに泊まるべきですか?

A. 目的で分かれる。1929年の近代和風住宅と登録有形文化財の造作を体験したいなら本館、村野藤吾の設計を客室のスケールで読みたいなら新館が対応する。本館の客室は3,000坪の庭に面し、新館の客室は各室が坪庭を抱える構成で、庭との関係の作り方が根本的に異なる。

Q. 予約のタイミングは?

A. 客室総数が三十室前後と限られるため、紅葉期の週末と月見台の催事日程は早い段階で埋まりやすい。催事付きのプランは電話予約のみの扱いで、受付は3日前まで。キャンセル料は前日20%、当日80%、不泊100%と設定されている。

Q. 子ども連れでも泊まれますか?

A. 泊まることはできる。食事処には子ども用のメニューと椅子が用意され、浴衣も子ども用がある。ただし館内には段差が多く、棟の間の移動距離も長い。おむつを着用している場合は大浴場を利用できず、異性の浴場に同伴できるのは6歳までとされている。

Q. アクセスは?

A. 三島駅から伊豆箱根鉄道駿豆線で伊豆長岡駅まで約23分、駅からは宿泊者専用の無料シャトルバス(事前予約制)を利用できる。車の場合は屋外の無料駐車場がある。周辺では、狩野川の土手の遊歩道まで徒歩5分、北條寺まで車で約3分。

本記事の参考情報

文化庁「近代の文化遺産の保存と活用」— 三養荘新館 — 新館の構造・施工・意匠評価
伊豆の国市観光協会 — 伊豆長岡温泉と周辺の観光情報
伊豆長岡温泉 三養荘 公式サイト — 歴史 — 沿革・増築年次・登録有形文化財の内訳

編集部から

三養荘を一棟として読むと、二つの時代が同じ庭を共有していることが分かる。1929年の本館は、庭に正対して開く。1988年からの新館は、庭を各室の坪庭へ切り分けて引き込む。どちらも数寄屋だが、境界の扱いは正反対である。村野藤吾が九十歳で選んだのが後者だったという事実は、近代和風の系譜を考えるうえで示唆に富む。平屋に階段を仕込み、地形を均さずに床を折る。その一手が、三十室規模の宿に離れの感覚を残した。復元された月見台がこの先どう使われていくかも含め、建築が更新され続けている宿として追いたい。次は、庭ではなく廊下の断面だけを主語に、同じ系譜の宿を並べてみたい。

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