瀬戸内で打放しコンクリートを意匠として読むなら、まずこの5軒を訪ねたい。型枠を外したあと、仕上げを重ねずに残された面——杉板の木目が転写された壁、セパレーターを抜いた跡に円く残るPコンの窪み、規則正しく刻まれた目地割り。これらは「仕上げをしない」という選択がそのまま意匠になった痕跡である。安藤忠雄が直島で示して以降、瀬戸内沿岸はコンクリートの面構成を建築の主題に据えた宿が集まる土地になった。鉄・石・ガラスで素材露出を追ってきた本連載が、今回向き合うのは「打放し」という禁欲的な面そのもの。梅雨明け前の鋭い光が、コンクリートの肌理を最もよく際立たせる季節に合わせて、設計者の意図を建築の側から観察する。
| # | 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 設計と面の読みどころ |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 瀬戸内リトリート青凪 | 愛媛・松山 | 93 | 7 | ¥154–¥240k | 安藤忠雄。打放しの面と水盤が連続する全7室 |
| 2 | ベネッセハウス | 香川・直島 | 93 | 65 | ¥73–¥90k | 安藤忠雄。谷地形に埋めた美術館一体の打放し |
| 3 | Simose Art Garden Villa | 広島・大竹 | 91 | 10 | ¥155–¥241k | 坂茂。コンクリート基壇に可動の色ヴィラが載る |
| 4 | guntû | 広島・尾道 | 91 | 19 | — | 堀部安嗣。乗船棟の打放しと木の船体の対比 |
| 5 | LOG | 広島・尾道 | 88 | 6 | ¥81–¥163k | Studio Mumbai。1963年RC造アパートの転用 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。guntûは運航形態のため目安価格の掲載を見送っています。
1. 瀬戸内リトリート青凪 — 愛媛・松山
安藤忠雄が鉄・ガラス・打放しコンクリートで構成した全7室。打放しの面が水盤へ連続する、瀬戸内のコンクリート建築の到達点である。
Media Picks Score: 93 / 100 7室、オールスイートのデザインホテル。
目安価格 ¥154,000–¥240,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
大王製紙の招待施設として1998年に竣工し、2015年にホテルへ改装された建物を、本誌は瀬戸内のコンクリート建築の基準点として推す。理由は三つ。第一に、打放しの面がただの壁ではなく、水盤・回廊・開口と連続して空間そのものを規定していること。第二に、家具・建具・照明の色調まで一貫して抑えられ、コンクリートの灰が主役であり続けること。第三に、全7室という密度の低さが、面と光だけを見る時間を許すこと。装飾を引き算した先に立ち上がる緊張感が、この宿の核である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、建築そのものへの言及が突出して多く、静けさと光の移ろいを評価する声が安定して高い。一方で、立地が松山市街から山側へ離れること、サービスが過剰な演出を避けた淡白なスタイルであることに、期待とのずれを感じる向きも一定数見て取れる。賑わいや手厚い接遇を求める滞在ではなく、空間と対話する滞在として評価が形成されている、と読める。
向く人 / 向かない人
-
向く:
安藤建築を空間として体験したい人、静けさと光を最優先する大人2人の旅、建築・デザインを目的に旅程を組む人 -
向かない:
観光地巡りで宿に戻る時間が短い旅程、賑やかな館内や手厚い演出を望む人、幼児連れで段差や水盤に不安がある家族
具体情報
- 所在: 愛媛県松山市柳谷町(松山市街から車で約20分、松山空港から約40分)
- 構成: 5階建ての本館と4階建ての別館、全7室のオールスイート
- 設計: 安藤忠雄(鉄・ガラス・打放しコンクリート)
- 開業: 2015年12月(前身は1998年竣工の招待施設)
- 特徴: 屋外プールと水盤、瀬戸内海を望むミニマル・ラグジュアリー
2. ベネッセハウス — 香川・直島
安藤忠雄が谷の地形に埋め込んだ、美術館と一体の打放し建築。瀬戸内のコンクリート建築の出発点であり、いまも基準であり続ける。
Media Picks Score: 93 / 100 65室、美術館一体型のデザインホテル。
目安価格 ¥73,000–¥90,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
1992年開業、「自然・建築・アートの共生」を掲げて安藤忠雄が設計した、瀬戸内コンクリート建築の原点である。本誌が推す理由は、面の扱いが他のどの宿よりも地形と結びついている点にある。建物は谷の斜面に半ば埋め込まれ、打放しの壁が土と海を区切りながらも、開口を通して両者をつなぐ。ミュージアム棟・オーバル・パーク・ビーチと棟ごとに性格が異なり、それぞれで打放しの面が違う光を受ける。アートと建築と滞在が分かちがたく重なる体験は、後続の宿がいまも参照し続ける雛形である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、アートと建築を一体で体験できる稀有さへの評価が際立つ。客室から見る瀬戸内海、夜間に独占できる美術空間への満足が安定して高い。一方、フェリーでのアクセスと島内移動の手間、開業から年を重ねた設備の成熟度については、評価が分かれる傾向が見て取れる。利便性ではなく、島で建築とアートに浸る体験を求める滞在として支持が形成されている。
向く人 / 向かない人
-
向く:
現代アートと建築を一度に体験したい人、瀬戸内国際芸術祭に合わせて島を巡る旅、安藤建築の原点を確かめたい人 -
向かない:
移動の手間を避けたい旅程、最新設備の快適さを最優先する人、館内で完結する静かな籠もり滞在を望む人
具体情報
- 所在: 香川県香川郡直島町琴弾地(宮浦港・本村港からシャトルまたは徒歩圏)
- 客室数: 65室(ミュージアム/オーバル/パーク/ビーチの各棟)
- 設計: 安藤忠雄(打放しコンクリート)
- 開業: 1992年
- 特徴: 美術館一体型、宿泊者は時間外の鑑賞が可能
3. Simose Art Garden Villa — 広島・大竹
坂茂が水盤の上に色のヴィラを浮かべた、2023年開業のアート・オーベルジュ。コンクリートの基壇と軽やかな上屋の対比が主題である。
Media Picks Score: 91 / 100 10棟、全室スイートのヴィラ。
目安価格 ¥155,000–¥241,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
宮島を望む大竹の海辺に2023年に開いた、坂茂設計のヴィラと美術館からなる施設である。本誌が選ぶ理由は、コンクリートの扱いが「対比の片側」として明確に役割づけられている点にある。水盤に浮かぶ可動式の色ガラスのヴィラ群が視覚の主役だが、それを支える基壇とサービス棟には禁欲的な打放しが用いられ、軽やかな上屋と重い土台が対をなす。坂茂らしい紙管や再生素材の実験と、コンクリートの即物性が同居する。色と無彩、軽と重、移動と固定——その緊張が滞在の体験を構成している。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、建築の独創性と、宿泊者のみが静かに鑑賞できる美術館への評価が高い。フレンチを軸とした食事の満足も安定している。一方、開業から日が浅く客室タイプによって体験差が大きいこと、価格帯の高さに見合う期待値の管理が難しいことが、評価の分かれ目として見て取れる。建築とアートを一体で味わう目的の旅で、満足度が高く形成されている。
向く人 / 向かない人
-
向く:
坂茂の最新作を体験したい人、宮島観光と組み合わせる大人の旅、アートとフレンチを一度に楽しみたい人 -
向かない:
価格を抑えたい旅程、和食中心の食を望む人、落ち着いた老舗の風格を期待する人
具体情報
- 所在: 広島県大竹市晴海(宮島の対岸、瀬戸内海に面する)
- 客室数: 10棟のヴィラ(森のヴィラ/水辺のヴィラ)
- 設計: 坂茂(コンクリート基壇+紙管・再生素材の上屋)
- 開業: 2023年4月
- 食事: フレンチ、宿泊者限定の美術館鑑賞
4. guntû — 広島・尾道
堀部安嗣が設計した、瀬戸内海に浮かぶ19室の宿。木の船体に対し、尾道の乗船棟は打放しの面で迎える——動と静、木と石の対比がこの宿の主題である。
Media Picks Score: 91 / 100 19室、客船型の宿。

なぜ選ばれるか
2017年に尾道を母港として就航した、堀部安嗣設計の客船型の宿である。船体は瀬戸内の集落の切妻屋根を引いた木造主体で、本連載の打放し主題からは一見外れる。それでも本誌がこの宿を加えるのは、尾道の乗船棟が打放しコンクリートで構成され、旅の起点に「静の面」を置いているからである。重く動かない打放しの壁を抜けて、軽く動く木の船へ乗り込む——その移行そのものが設計の意図であり、瀬戸内でコンクリートを読む旅の締めくくりとしてふさわしい。面は必ずしも宿の内部にあるとは限らない、という視点を与えてくれる一軒である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、海上で過ごす時間の特別さ、堀部建築の繊細な木の納まり、行き届いた運営への評価が突出して高い。一方で、価格帯と運航スケジュールの制約、天候による影響を指摘する声も見て取れる。日常から完全に切り離される体験そのものへの満足が、評価の中心を形づくっている。
向く人 / 向かない人
-
向く:
海上で非日常に浸りたい人、堀部建築の木の仕事を体験したい人、記念の旅として時間をかけられる人 -
向かない:
自由に行程を組みたい旅、船での滞在に不安がある人、コンクリート建築そのものを主目的とする人
具体情報
- 母港: 広島県尾道市(ベイサイドの乗船棟から乗船)
- 客室数: 19室(全室テラス付き)
- 設計: 堀部安嗣(木造主体の船体/乗船棟は打放しコンクリート)
- 就航: 2017年10月
- 特徴: 1〜3泊のクルーズ形式、ヒノキの浴室・寿司カウンター
5. LOG — 広島・尾道
スタジオ・ムンバイが1963年の鉄筋コンクリート造アパートを転用した6室の宿。既存の打放し躯体に手仕事の塗りを重ねた、コンクリートの再読である。
Media Picks Score: 88 / 100 6室、カフェ・ギャラリーを併設する宿。
目安価格 ¥81,000–¥163,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
千光寺山の中腹、1963年竣工の「新道アパート」を、インドのスタジオ・ムンバイが国外で初めて手がけた改修として2018年に再生した宿である。本誌がこの一軒を加えるのは、新築の打放しとは別の角度から「コンクリートを読む」素材を提供しているからだ。半世紀を経た既存の鉄筋コンクリート躯体は、新しい打放しの平滑さとは異なる、風化と補修の痕跡を抱えている。スタジオ・ムンバイはその躯体に、顔料を混ぜた手塗りの仕上げや天然素材を重ね、コンクリートの硬さを和らげた。打放しを「残す」のではなく「対話する」アプローチが、ここにある。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、建築と内装の独創性、尾道の街並みへの眺め、手仕事の質感への評価が高い。一方で、駅前から約100段の石段を上る立地、車でのアクセス不可、6室という規模ゆえの予約の取りづらさが、難点として見て取れる。便利さよりも、改修建築としての密度と尾道という場所性を味わう滞在として、評価が形成されている。
向く人 / 向かない人
-
向く:
改修建築・コンバージョンに関心がある人、尾道の坂と街を歩いて楽しめる人、手仕事の素材感を味わいたい人 -
向かない:
車で宿付けしたい旅程、石段の上り下りに不安がある人、新築のシャープな打放しを期待する人
具体情報
- 所在: 広島県尾道市東土堂町(尾道駅前から石段を約100段、車寄せ不可)
- 客室数: 6室(カフェ・ギャラリー・庭を併設)
- 設計: スタジオ・ムンバイ(1963年RC造アパートの改修)
- 開業: 2018年
- 名称: LOG=Lantern Onomichi Garden
よくある質問
Q. 打放しコンクリートの建築は、いつ訪ねると最も美しく見えますか?
A. 梅雨明け前後の硬い直射光が当たる時期が、本誌が推す時期である。コンクリートの面は陰影で表情が決まるため、光が斜めから差す朝夕、そして影が深く落ちる夏の正午前後に、目地割りやPコン跡が最も鮮明に立ち上がる。曇天では灰の階調が一様になり、面の凹凸が読み取りにくくなる。
Q. 「Pコン跡」「目地割り」とは何ですか?
A. Pコン跡は、コンクリートを流し込む型枠の間隔を保つ金具(セパレーター)を抜いた後に残る、直径2センチほどの円い窪みである。目地割りは、型枠の単位ごとに生じる打継ぎ目を意匠として整然と配置する設計手法を指す。いずれも仕上げで隠さず、あえて見せることで打放しの表情をつくる要素である。
Q. 5軒のなかで価格を抑えやすいのはどこですか?
A. 通常期の目安価格では、直島のベネッセハウスが2名1室で¥73,000〜と最も入りやすい価格帯にある。青凪とSimose Art Garden Villaは設計の純度と希少性を反映して¥150,000超が中心となる。価格は時期や客室タイプで変動するため、参考値として捉えてほしい。
Q. 建築だけでなくアートも楽しめる宿はどこですか?
A. 直島のベネッセハウスと大竹のSimose Art Garden Villaは、いずれも美術館と一体で、宿泊者は時間外や限定の鑑賞ができる。建築とアートを同時に体験したい旅程なら、この2軒が軸になる。
Q. 車がなくても巡れますか?
A. 尾道のguntûとLOG、直島のベネッセハウスは公共交通やフェリーで到達できる。とくにLOGは駅前から石段を上る徒歩アクセスで、車寄せがない。一方、松山の青凪は市街から山側へ離れるため、移動手段の確保を前提に旅程を組みたい。
本記事の参考情報
・Wikipedia: 瀬戸内リトリート青凪 — 沿革と建築の背景
・ベネッセアートサイト直島 — 直島の建築とアートの全体像
・うどん県旅ネット(香川県観光協会) — 直島・瀬戸内エリアの観光情報
編集部から
打放しコンクリートは、素材を露わにする建築のなかでも最も誤解されやすい。「仕上げをしていない」ように見えて、実際には型枠の精度、目地割りの計画、Pコン跡の配置まで、極度に制御された「仕上げ」である。瀬戸内沿岸にこれらの宿が集まるのは、安藤忠雄が直島で示した一つの態度——自然に対してコンクリートで静かに介入するという態度——が、半世紀をかけて土地に根を張ったからだろう。鉄、石、ガラスと素材露出の系譜を追ってきた本連載は、次に「左官」という、コンクリートとは対極にある手仕事の面へ向かいたい。打放しの禁欲を知った目には、塗り重ねられた土の壁がまた違って見えるはずである。あなたが最初に立つべき面は、どの宿のどの壁だろうか。
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