城崎温泉の街並みのほぼ中央、湯の里通りに面して建つ西村屋本館は、安政六年(1859年)に創業した宿である。同じ城崎で営まれてきた西村屋ホテル招月庭、料亭・さんぽう本店と並ぶ西村屋グループの源流にあたり、本館・平田館あわせて全34室。Relais & Châteaux 加盟、登録有形文化財。城崎の外湯七湯の真ん中に位置するこの宿を、建築・庭園・浴室の三軸で観察する。
Media Picks Score: 95 / 100 34室、料理旅館。
目安価格 ¥156,000–¥231,000 / 泊 (2名1室・通常期)
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

歴史と建築 — 安政の本館、昭和の平田館
西村屋の創業は安政六年、1859年。城崎温泉の旅館組合に加盟する宿のなかでも、建物・運営の両面で江戸期からの連続性を保つ少数派の一軒である。中核となる「本館」は数寄屋造を基調とした木造建築で、玄関を入ってすぐの帳場、続く中庭、奥行きのある廊下といった、京都の町家旅館に通じる構成を採る。客室は本館側に主に書院造系の和室一間〜二間、離れの平田館側に数寄屋系の九室を配する。
離れの「平田館」は、昭和の数寄屋建築の代表的作家のひとり、平田雅哉(1900–1980)が60歳を迎えた円熟期の1960年(昭和35)に手掛けた建物である。木造2階建、瓦葺、建築面積 591㎡。中庭をすっぽりと囲むように東西南北の客室棟が組まれ、建物の東側にはさらに奥庭が広がる。当時としては大胆な、ガラスブロック壁による廊下採光、吹き抜けロビーに渡された橋、天井に四季の花を描いた居室など、伝統意匠と昭和中期のモダニズム素材を意識的に併存させた一棟である。竣工から半世紀を経た2015年11月17日、平田館は国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
庭園 — 中庭・奥庭の二重構造
本館・平田館それぞれに庭が設けられている。本館の中庭は座敷から張り出した縁側越しに眺める「見る庭」、平田館の中庭は四方の客室棟と廊下が回廊状に取り囲む「巡る庭」として性格を分けている。平田館の中庭には池庭の様式が採られ、東側の奥庭には常緑樹と石組が配され、季節を問わず安定した量感が保たれる。京都の本格的な池泉回遊式庭園に比べると小ぶりだが、客室から見下ろす視点・廊下から横に流す視点・茶室前から正対する視点の三方向が用意されている点に、平田の宿泊建築としての設計思想が表れる。
苔・飛石・蹲踞といった露地の要素は控えめで、むしろ石組と植栽の量塊で構築される、いわば「数寄屋に付随する庭」としての性格が強い。山陰の気候特性—冬の積雪と山陰特有の湿潤な空気—を受け止めるための、低めの植栽計画になっている。雪が積もったときに枝が折れない常緑低木中心の配植は、城崎の他の老舗旅館にも共通する地域性で、本宿はその標準形を最も整った形で見せる。

浴室 — 内湯三湯と、外湯七湯への動線
宿の内湯は三つ用意されている。庭園を臨む「尚泉の湯」、露天「吉祥の湯」、もう一系統の露天「福智の湯」。三湯ともに源泉は城崎温泉の集中管理泉(ナトリウム-カルシウム-塩化物泉)を引いており、温度は42〜43度前後で運用される。注目すべきは規模感で、34室の宿に対して内湯を三系統用意するのは城崎の同規模宿のなかでも余裕のある構成で、繁忙期でも家族風呂的に貸し切り感を保ちやすい設計になっている。
その上で、城崎の宿はすべて外湯七湯(さとの湯・地蔵湯・柳湯・一の湯・御所の湯・まんだら湯・鴻の湯)を巡る前提で動線が組まれる。西村屋本館は、湯の里通りに面した立地から「一の湯」まで徒歩約2分、「御所の湯」まで徒歩約3分、「柳湯」まで徒歩約2分。七湯のうち最も中心部寄りの三湯への到達時間が3分以内に収まる位置取りで、夕食後の湯巡りに対する物理的な摩擦が小さい。浴衣と下駄のまま玄関を出てすぐ街の湯に向かえる—この動線設計こそが、城崎で老舗が老舗であり続けるための条件であり、本宿はその条件を充たす数少ない一軒である。

料理 — 但馬の地物を扱う料理旅館として
夕食は本館内の食事処または客室で供され、季節により但馬牛・松葉ガニ(冬期11〜3月)・ノドグロ(夏〜秋)・若狭ぐじが主役となる。料理長は西村屋グループ全体で複数名を抱え、なかでも本館の料理は皿数を抑え、椀・八寸・お造りの密度で見せる構成。Relais & Châteaux 加盟旅館としての国際的水準を意識した、説明可能な献立になっている点が、宿泊だけでなく食を目的に訪れる客の支持を集めている。朝食は炊き立ての但馬産コシヒカリと地元の干物中心で、白米の品質に対する評価が公開レビューの集約傾向のなかで一貫して高い。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、評価は4.78(3,068件、Media Picks 集計時点)と城崎温泉の宿のなかで上位に位置する。傾向として、建築・客室への評価は安定して高く、特に平田館の数寄屋意匠と中庭への言及が多い。サービスは「過剰ではないが行き届く」という方向性で、贅沢な接客を求めるよりも、控えめな所作と京都的な距離感を歓迎する層との相性が良い。価格に対しては「相応」「老舗・登録有形文化財としての対価」と捉える層が多数派で、コスト訴求型の支持ではない点に本宿の客層の特徴がある。
向く人 / 向かない人
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向く:
建築・庭園・数寄屋に関心のある旅、外湯七湯の湯巡りを目的とした2泊以上の滞在、Relais & Châteaux 加盟宿に泊まり慣れた層、記念日・節目の宿として一軒を選ぶ旅程 -
向かない:
幼児連れの家族(数寄屋造の段差・繊細な意匠が運用に合わない)、湯巡りより宿で完結したい旅程(外湯動線を活かしきれない)、洋食中心の食を望む人、価格訴求型の旅
具体情報
- 最寄り駅: JR城崎温泉駅から徒歩 約7分(送迎あり)
- 所在地: 兵庫県豊岡市城崎町湯島469
- 客室数: 全34室(本館・平田館の合算)
- 平田館: 9室、木造2階建、建築面積 591㎡、1960年竣工、2015年登録有形文化財
- 浴室: 内湯3系統(尚泉の湯・吉祥の湯・福智の湯)+ 外湯七湯すべて徒歩圏
- 食事: 夕食・朝食ともに料理旅館形式(個室または食事処)
- 創業: 1859年(安政六)
- 加盟: Relais & Châteaux
立地と周辺
JR城崎温泉駅から徒歩7分、湯の里通り沿い。城崎温泉駅は大阪駅から特急こうのとりで約2時間40分、京都駅からも特急きのさきで約2時間30分。関西圏から土曜出発で日曜泊・月曜帰路という1泊2日が成立する距離で、平日2泊3日を組めば外湯七湯すべてと近隣の玄武洞・出石城下町まで射程に入る。冬期の松葉ガニ漁解禁(11月初旬)から3月までは関西圏からの客が集中するため、シーズン中の予約は3〜6ヶ月前から動きが見られる。
編集部から
城崎の老舗旅館を語るとき、しばしば三木屋(志賀直哉ゆかり)・つたや・小林屋と並べて論じられる西村屋本館だが、本宿の独自性は「平田雅哉設計の数寄屋を9室抱える」という一点に集約される。志賀直哉の文学性に対して平田雅哉の建築作家性。Relais & Châteaux 加盟という国際的な仕掛けに対して、安政創業の地域連続性。本宿は、これらの相反する軸を一つの敷地内で同居させることで成立している。次に取り上げるべきは、城崎の同時期に建てられた他の老舗の意匠—たとえば三木屋の登録有形文化財建造物群との比較になるだろう。
よくある質問
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 編集部が推すのは10月下旬から11月、または2月下旬から3月初旬。前者は紅葉と松葉ガニ解禁直前の落ち着いた時期、後者はガニ最終盤で雪の城崎の風情が残る時期。冬期は外湯巡りの体感が最も豊かになる季節でもある。
Q. 予約のタイミングは?
A. 通常期は2〜3ヶ月前で十分だが、松葉ガニシーズン(11月〜3月)と桜・GW期は3〜6ヶ月前から確保したい。特に平田館の客室は9室しかなく、シーズン中は早い段階で埋まる傾向にある。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 利用は可能だが、本宿は数寄屋造で段差や繊細な意匠が多く、未就学児連れには適さない。小学校高学年以上で、外湯巡り・料理旅館形式に対応できる年齢からが向く。家族旅程なら同じ城崎の中規模旅館(西村屋ホテル招月庭など)のほうが運用しやすい。
Q. アクセスは?
A. JR城崎温泉駅から徒歩7分、送迎あり。関西圏(大阪・京都)から特急で2時間半前後、関東圏からは伊丹空港経由が現実的。マイカーの場合は宿駐車場あり。
Q. 平田館と本館、どちらに泊まるべきですか?
A. 建築目的なら平田館一択。本館の和室は書院造を基調とした正統的な意匠で、滞在として落ち着く一方、平田館は9室すべて別個の数寄屋意匠で、宿そのものが見る対象となる。連泊なら片方ずつ泊まり分ける選択肢もある。
本記事の参考情報
・西村屋本館 公式サイト — 客室・浴室・料理の一次情報
・文化遺産オンライン: 西村屋本館平田館 — 登録有形文化財の指定情報(2015年11月17日)
・Wikipedia: 西村屋(城崎温泉) — 沿革・系譜
・城崎温泉観光協会 — 外湯七湯の運営情報