熱海・春日町の斜面に建つ ATAMI 海峯楼は、隈研吾が1995年に竣工させた「水/ガラス」を、しつらえをほぼ変えないまま四室の宿として継いでいる建築である。企業のゲストハウスとして設計された三層の建物が、そのまま客を泊める器になった。装飾を足すのではなく、水盤とガラスという二つの面だけで海との距離を測る——この構えは、竣工から三十年を経た今も更新されていない。2022年12月28日にリニューアルオープンし、客室と食の運用は改まったが、建築の断面は残った。デザインを主題に一泊を選ぶなら、まずこの一棟から読み始めたい。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)。


ATAMI 海峯楼 — 熱海・春日町 · 隈研吾「水/ガラス」のウォーターバルコニー、ガラス床と水盤の縁が相模灘へ消える
PHOTO: ATAMI 海峯楼 — 公式サイトを見る →

1995年の「水/ガラス」という設計判断

隈研吾建築都市設計事務所が公開している資料では、この建物の主題は「水の縁側」と説明されている。建築と海を結ぶのはガラスの透明性ではなく、水平に伸びる一枚の面である——という読み替えだ。日本建築が縁側という中間領域で内と外をつないできた原理を、水盤に置き換える。あふれ続ける水の上にガラスの箱を浮かべ、水盤の縁を視覚的に消し、館内の水面と相模灘の水平線を一続きに見せる。建築評論の文脈でいえば、これは「壁を透明にする」近代主義の手つきとは別の系譜に属する操作である。

1995年竣工。設計事務所の作品資料は、用途を「レジデンス」、規模を三層と記す。当初から不特定多数を泊める設計ではなかった。米国建築家協会のベネディクタス賞を受けた作品でもある。四室という現在の規模は、営業上の選択というより、元の平面が持っていた密度をそのまま引き受けた結果と見るほうが理解しやすい。経営はヒューリック株式会社とカトープレジャーグループの合弁会社、ヒューリックふふ株式会社である。公式サイトは当館を「たった四室のスモールラグジュアリーリゾート」と紹介する。2022年夏から改修工事が入り、その年末にリニューアルオープンした。館内を歩くときの手触りを決めているのは、この四室という規模である。

水盤とガラス床 — ウォーターバルコニーの断面

ATAMI 海峯楼 アプローチ — 石積の壁面を伝う水とガラスの階段が館内へ導く
PHOTO: ATAMI 海峯楼 — アプローチ

三階のウォーターバルコニーは、この宿の名刺にあたる。水を張った盤の上にガラスの箱を据え、床までガラスとした空間で、足元にも頭上の庇の影が映り込む。細い柱で支えられたルーバーの天井、四周のガラス、そして縁の消えた水面。三つの水平面が重なることで、座った視線の高さでは海と館内の水がつながって見える。相模灘のむこうには初島と大島が浮かぶ。

運用は抑制的である。夕食にこの空間を使えるのはラグジュアリースイート「誠波」「風科」の宿泊者で、しかも先着順に1日1組のみ。朝食は時間をずらして2組が利用する。食事以外の時間は宿泊者全員に開かれている。四室しかない宿が、さらにその中で使用を絞る——建築を消費させないための線引きとして、この判断は理にかなっている。館内に点在するガラスのアートは狩野智宏によるもので、ガラスという主材が装飾のレイヤーにまで貫かれている。

四室の構成 — 90㎡の二室と、50㎡の二室

ATAMI 海峯楼 誠波 — 90㎡のラグジュアリースイート、インフィニティの水盤越しに相模灘を望む
PHOTO: ATAMI 海峯楼 — LUXURY SUITE 誠波

三階に90㎡のラグジュアリースイートが二室。「誠波(せいは)」は窓一面が相模灘に向き、手前にインフィニティの水盤を挟む。ソファに沈むと水盤の縁が消え、室内の水面と海の水平線が同じ高さで重なる。定員3名、ワンルーム。「風科(ふうか)」は天井高7mという断面が特徴で、海に加えて熱海の街並みと夜景が入る。公式サイトによれば年間10回以上ある花火大会では、その大輪が眼前に開く。二室とも温泉の露天風呂を備え、入浴時は水着か湯あみ着を着用する。

ATAMI 海峯楼 風科 — 天井高7mの90㎡スイート、熱海の街並みと相模灘に開く
PHOTO: ATAMI 海峯楼 — LUXURY SUITE 風科

二階には50㎡の二室。館内唯一の和室「爽和(さわ)」は窓際にクッションを敷き詰め、布団はセミダブルを用意する。内風呂はヒノキで、温泉ではない。洋室「尚山(しょうざん)」は壁一面の窓から庭のライトアップと相模灘を見る。ベッドはシモンズとスリープレジャーの共同仕様、140×200cmのダブルを二台。要望に応じて280×200cmのハリウッドツインに組める。二階の二室に露天風呂はないが、その代わりに温泉の大浴場が貸切で案内される。四室のあいだに設備の段差をつくり、上位二室に水と海を集中させる——平面の読み方としては明快である。

湯 — 貸切という運用に落とし込む

ATAMI 海峯楼 貸切温泉大浴場 — 石造の浴槽と庭に開く一面窓、一組50分の貸切制
PHOTO: ATAMI 海峯楼 — 貸切温泉大浴場

館内の温泉大浴場はサウナ付きで、一組50分の貸切制。到着時に時間を押さえる方式で、利用時間は15時から24時(最終受付)、翌朝は6時から10時(最終受付)まで。泉質はカルシウム・ナトリウム・強塩化物温泉、無色。循環濾過式で加水がある。効能として神経痛・関節痛・慢性消化器病・疲労回復などが掲示されている。

四室に対して大浴場を一つ、それを共用ではなく貸切として回す。露天風呂を持たない二階の二室にとっては、この運用が実質的な補償になっている。石を厚く使った浴槽が庭に向かって開き、緑の反射が湯面に落ちる。ガラスと水で構成された上階とは対照的に、ここだけは石と樹木が主材で、館内の温度が一段下がる。建築的な緊張が続く滞在のなかで、湯屋が休符として置かれている構成と読める。

食 — 金襖絵の大広間と、四室ぶんの厨房

ATAMI 海峯楼 日本料理 楽精庵 — 徳力富吉郎の松と波を描いた金襖絵に囲まれる一階大広間
PHOTO: ATAMI 海峯楼 — 日本料理 楽精庵

一階の大広間は「日本料理 楽精庵(らくせいあん)」として使われている。四周を囲むのは金襖絵で、明治から平成にかけて活動した版画家・徳力富吉郎が描いた松と波。金地に群青と白緑で寄せる波は、この斜面から見える海を強い筆致に置き換えたものだ。上階のガラスと水が「実物の海」を扱うのに対し、一階は「描かれた海」で応じる。垂直方向に主題を反復させる構成である。

夕食は伊豆近海の魚介と各地の旬を組む日本料理のコース、朝食は和食。開始時間は夕食が18時から20時30分、朝食は8時・9時・10時から選ぶ。誠波・風科の宿泊者はウォーターバルコニー、客室、ダイニングの三択、爽和・尚山の宿泊者は二階のメインダイニングとなる。楽精庵は宿泊者以外も夕食のみ予約制で利用できる。四室ぶんの厨房が外向きにも開いているという構図で、建築を持続させるための運営として理にかなう。

立地 — 隣地に建つ、タウト唯一の遺構

春日町8-33。熱海駅からは送迎車またはタクシーで約3分と近い一方、斜面地であるため歩いて上がる立地ではない。14時から17時のあいだ、予約制で駅からの送迎がある。駐車場は無料。

特筆すべきは隣地である。番地でいえば8-37、ブルーノ・タウトが地下室の内装を手掛けた旧日向家熱海別邸が建つ。上屋は渡辺仁の設計で1934年、タウトによる地下室は1936年の竣工。2006年7月に地下室が国の重要文化財に指定された。日本に現存するタウト設計の唯一の建築作品とされ、社交室では天井から竹を二列に吊り、そこに下げた多数の電球が波形をつくる。完全予約制で水・土・日・祝に公開され、入館料は大人1,000円。隈研吾が1995年に隣へ置いた「水の縁側」は、タウトが同じ斜面で試みた日本建築の読み替えへの応答でもある——隈研吾建築都市設計事務所の作品資料も、隣地に日向邸が建つこと、そしてこの建築がタウトへのオマージュであることを明記している。

具体情報

  • 所在地: 静岡県熱海市春日町8-33
  • 最寄り駅: JR熱海駅から送迎車またはタクシーで約3分(送迎は14:00〜17:00・予約制)
  • 客室: 全4室 — 誠波・風科 各90㎡(3階/定員3名/温泉露天風呂付)、爽和 50㎡(2階/和室/定員2名)、尚山 50㎡(2階/洋室/定員2名)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00(アーリー14:00・レイト12:00は1室1時間13,200円)
  • 食事: 夕食は日本料理のコース(18:00〜20:30開始)/朝食は和食(8:00・9:00・10:00開始)
  • 温泉: カルシウム・ナトリウム・強塩化物温泉、無色、循環濾過式・加水。大浴場はサウナ付きで一組50分の貸切制
  • 竣工 / リニューアル: 1995年(隈研吾「水/ガラス」)/ 2022年12月28日リニューアルオープン
  • 年齢制限: ガラスを多用するため10歳以上(全館貸切利用時は10歳未満も可)
  • その他: 全館禁煙、駐車場無料、全客室とロビーで Wi-Fi 利用可、多言語サイト(英・中簡体・中繁体)あり

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    建築を目的に宿を選ぶ旅、記念日に一棟の密度を求める二人旅、旧日向家熱海別邸とあわせて近代から現代までの熱海を一日で読みたい人、四室という規模の静けさを最優先する人
  • 向かない:
    10歳未満の子どもを伴う旅(安全上の理由で通常予約は10歳以上)、温泉の内風呂を客室に求める人(温泉の露天は上位2室のみ、内風呂は温泉ではない)、街歩き中心で宿を寝る場所と割り切る旅程(斜面地で徒歩移動に向かない)、大浴場に長く浸かりたい人(一組50分の貸切制)

Media Picks Score

95 / 100 — 公開レビューデータを集計した評価に、建築的固有性・立地・設備の適合度を加えた編集部の総合値。1995年竣工の現代建築をほぼ原型のまま宿として運用している例は国内でも数えるほどで、四室という規模がその純度を保っている点を高く見た。減点要因があるとすれば、温泉が循環濾過式であること、そして上位二室と下位二室で体験の落差が小さくないことの二点である。

目安価格 ¥110,000–¥237,000 / 泊 (2名1室・通常期)

よくある質問

Q. ウォーターバルコニーで夕食をとれますか?

A. 利用できるのはラグジュアリースイート「誠波」「風科」の宿泊者に限られ、夕食は先着順で1日1組のみです。朝食は時間をずらして2組が利用します。食事以外の時間帯は宿泊者全員に開かれています。

Q. 客室の風呂は温泉ですか?

A. 温泉なのは誠波・風科の露天風呂のみで、内風呂は温泉ではありません。爽和・尚山には露天風呂がなく、内風呂も温泉ではないため、温泉は貸切制の大浴場(サウナ付・一組50分)で入ることになります。露天風呂の利用時は水着か湯あみ着を着用します。

Q. 子どもは泊まれますか?

A. ガラスを多用する建築のため、安全上の理由から通常は10歳以上に限られます。全館貸切のプランに限り10歳未満も利用でき、この場合は三世代での滞在も可能です。10歳以上・中学生未満は施設利用料1,650円が別途かかります。

Q. 訪れるのに適した時季はいつですか?

A. 水盤と海が同じ高さで重なる断面は、光の角度が低い初秋から冬に最も明瞭になります。熱海は年間10回以上の花火大会があり、風科とウォーターバルコニーからはその大輪が正面に開くため、花火の日程を軸に組む選び方もあります。編集部が推すのは、空気が澄み初島と大島の輪郭が立つ晩秋です。

Q. 隣の旧日向家熱海別邸は見学できますか?

A. 完全予約制で、水・土・日・祝に公開されています。1回あたり定員10名、入館料は大人1,000円。公開時間は4〜10月が9時・11時・13時・15時、11〜3月が9時30分・12時30分・14時30分の各回です。予約は熱海市の公式案内から行います。

本記事の参考情報

ATAMI 海峯楼 公式サイト — 客室構成、面積、食事、温泉、利用条件
隈研吾建築都市設計事務所「水/ガラス」 — 1995年竣工、設計意図、受賞
熱海市「旧日向家熱海別邸(重要文化財)」 — 隣地の文化財、公開条件
文化遺産オンライン「旧日向家熱海別邸地下室」 — 構造・建築年・指定内容

編集部から

建築を目的に宿を選ぶとき、しばしば直面するのは「設計者の意図が、運営によってどこまで残っているか」という問いである。海峯楼が興味深いのは、四室という小ささを、原設計を保存するための装置として使っている点にある。部屋数を増やせば水盤の縁は動線に譲られ、ガラス床は摩耗する。増やさないという判断が、三十年前の断面をそのまま今日に届けている。初秋、光の角度が下がり水面のあふれが陰影を持ち始める頃、隣地のタウトの地下室とあわせて斜面を歩いてみたい。近代と現代が、同じ海に向かって別の答えを出した場所である。

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