夏の日本旅館で、部屋と庭のあいだに一枚の建具が挿されている。障子でも襖でもない、簾である。京都・奈良・金沢の数寄屋旅館は、梅雨明けから残暑にかけて、障子や襖を簾に入れ替える。透過率と風通しを設計する一枚の建具として、簾は夏の間の空気を編集する。本稿では、簾を主材に据える三軒を、御簾・葦簀・網代簾という三種の読みで辿る。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。掲載スコアは公開レビューデータを集計し、編集部の評価軸を加えて算出しています。
簾という建具──三種の透過率
簾は、細く割った竹や葦を糸で編み、垂らして用いる。障子が光を面で拡散し、襖が視線を完全に断つのに対して、簾は透かしながら遮る。この「半分だけ通す」性格が、日本の夏の室内を成立させてきた。
三種を分けておく。御簾(みす)は、細い竹ひごを絹糸で編み、多くは縁に錦や布の縁取りを付けた格の高い簾で、寝殿造や書院の座敷に用いられた。葦簀(よしず)は葦の茎をそのまま並べて編んだ粗い簾で、軒先に立てかけて西日を切る。網代簾(あじろすだれ)は、竹や経木を斜めに組んだ網代の目を持つ簾で、透過率を細かく調整できる。つまり同じ「簾」でも、御簾は座敷の内、葦簀は軒の外、網代簾はその中間に置かれる。夏の数寄屋は、この三種を場所ごとに使い分けることで、光と風と視線を段階的に設計している。
俵屋旅館──「障子を簾に、布を麻に」

京都に現存する最古級とされる旅館、俵屋旅館(京都市中京区・18室)。ここでは、夏の設えが言葉として残されている。当主・佐藤年による「折節の韻律」には、7月について「畳に網代、障子を簾、布は麻へとかえる」と書かれている。畳の上に網代を敷き、障子を外して簾を入れ、掛ける布を麻に替える。建具・敷物・布の三層を同時に夏へ移す運用が、文章として明示されている宿は珍しい。
俵屋の各室には独立した中庭が配され、部屋ごとに庭と建具の構成が異なる。簾に替えることで、中庭の緑が室内へ透けて入り、障子のときとは陰影の質が変わる。これは装飾の入替ではなく、夏の三か月を別の建築として立ち上げる操作である。公開レビューデータを集計したところ、当該エリアで数寄屋建築と季節の設えへの高い評価が確認された一軒として、編集部が本稿の起点に置いた。
Media Picks Score: 93 / 100 18室、料理旅館・数寄屋建築。
吉田山荘──御簾が決める座敷の陰影

吉田山の中腹に建つ吉田山荘(京都市左京区・11室)は、昭和7年(1932年)に東伏見宮家別邸として建てられた総桧造りの数寄屋である。表唐門は宮大工棟梁・西岡常一の手による京都市内唯一の作。書院造の座敷は、部屋ごとに照明具やステンドグラスの意匠を違えている。
この宿で簾が効くのは、縁側の開口である。座敷と庭のあいだの広い開口に簾を垂らすと、外光が細い横縞となって畳に落ち、床の間の掛軸へ届く光量が絞られる。御簾に近い格の簾を用いた座敷では、透けた庭の緑が室内の陰影を決め、谷崎潤一郎が書いた座敷の暗がりが、そのまま夏の設えとして立ち現れる。障子を全て開け放つのでも、閉め切るのでもない。簾一枚を挟むことで、室内は半屋外の温度を得る。公開レビューデータを集計したところ、建築と庭の一体感への評価が高い一軒である。
Media Picks Score: 91 / 100 11室、料理旅館・数寄屋建築。目安価格 ¥50,000–¥68,000 / 泊 (2名1室・通常期)
浅田屋──葦簀が切る北陸の西日

金沢・十間町の浅田屋(5室)は、慶応3年(1867年)創業の数寄屋造りの料亭旅館である。全室に坪庭が付き、嵐山・大河内山荘庭園を手がけた庭師が三か月金沢に移り住んで設計したと伝わる。
北陸の夏は、湿度が高く、西日が強い。ここで働くのは葦簀に近い、軒先へ立てかける粗めの簾である。坪庭に面した開口の外側に簾を立てれば、直射を切りつつ、坪庭を抜けてきた風だけを室内へ通す。簾を室内に垂らす京都の御簾に対し、金沢では簾を屋外に置いて熱そのものを手前で断つ。同じ簾でも、土地の気候が置き場所を変える。五室だけの小さな構えは、この繊細な操作を一室ごとに施すことを可能にしている。星のや軽井沢のような大規模リゾートとは対極の、小さな数寄屋の密度がここにある。公開レビューデータを集計したところ、料理と設えの一体感への評価が確認された一軒だ。
Media Picks Score: 89 / 100 5室、料亭旅館・数寄屋建築。目安価格 ¥209,000–¥333,000 / 泊 (2名1室・通常期/料理込)
本稿で触れた宿
| 宿 | エリア | Score | 客室 | 簾の読み |
|---|---|---|---|---|
| 俵屋旅館 | 京都・中京区 | 93 | 18 | 網代簾/夏の設え替えを言葉に残す |
| 吉田山荘 | 京都・左京区 | 91 | 11 | 御簾/縁側の開口で座敷の陰影を決める |
| 浅田屋 | 金沢・十間町 | 89 | 5 | 葦簀/軒先で北陸の西日を切る |
よくある質問
Q. 簾の設えが見られるのはいつですか?
A. 建具替えの運用は宿により異なりますが、多くは梅雨明け前後から9月頃までが軸です。障子や襖を簾に入れ替える設えは、6月から9月に泊まると出会える確率が高くなります。
Q. 御簾・葦簀・網代簾はどう違いますか?
A. 御簾は細い竹ひごを絹糸で編んだ格の高い簾で座敷の内に、葦簀は葦を並べた粗い簾で軒の外に、網代簾は斜めに組んだ網代の目で透過率を調整するものです。置かれる場所と光の通し方が三者で異なります。
Q. 三軒はいずれも数寄屋建築ですか?
A. はい。俵屋旅館は京都に現存する最古級の数寄屋、吉田山荘は昭和7年建築の総桧造り、浅田屋は慶応3年創業の数寄屋造りです。いずれも簾を含む夏の建具替えを運用の中に持っています。
Q. 京都と金沢で簾の使い方は違いますか?
A. 京都では御簾を室内側に垂らして陰影をつくる例が目立ち、金沢の浅田屋では葦簀を軒先の屋外に立て、強い西日と熱を手前で断ちます。土地の気候が簾の置き場所を変えています。
本記事の参考情報
・Wikipedia: 簾 — 御簾・葦簀・網代簾の分類と歴史
・京都観光公式サイト(京都市) — 京都のエリア・文化情報
編集部から
簾は、建てられた後に季節ごとに挿し替えられる、いわば「時間の建具」である。竹を主材とする普請とも、聚楽壁や拭漆といった仕上げの素材とも違い、簾は完成した建築へ夏だけ足し込まれ、秋には外される。三軒はいずれも、この一枚を運用の中に組み込むことで、夏の三か月を別の空間として立ち上げていた。次に数寄屋を訪ねるなら、壁や柱ではなく、縁側に垂れた一枚の簾を見てほしい。そこに、その宿が夏をどう設計しているかが表れている。