露天風呂を囲む石は、ただ据え置かれた景物ではない。庭石を据えるのと同じ作法で、湯の縁に組まれている——そう読み替えると、いくつかの浴場は俄然、作庭の作品として立ち上がってくる。主石をどこに据え、添石をどう寄せるか。石の天端を湯面のどこで揃えるか。石肌と湯が触れる際(きわ)の処理。これらは日本庭園が数百年かけて磨いてきた語彙そのものであり、それが浴場の縁で静かに働いている宿がある。本稿では、庭と温泉の双方に手が入った三軒を、庭師の仕事として読み解く。梅雨が明け、石が湿りを帯びて色を深める季節に、湯を囲む石組みという見過ごされがちな設計へ目を向けたい。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

石を組むことと、湯を溜めること

庭石の据え方には、いくつかの原則がある。まず主石を決め、その顔——石が最も表情を持つ面——をどちらに向けるか。次に添石を、主石の力を殺さぬ距離と角度で寄せる。石の天端をどの高さで揃え、地面との接地部(根締め)をどこまで土に埋めるか。据わりの良い石組みは、あたかも地中から自然に立ち上がってきたように見える。露天風呂の岩組が作庭の仕事になるのは、ここに「湯を溜める」という機能が重なるときだ。石と石の間から湯が漏れぬよう据えつつ、なお石が転がされたのではなく据えられたように見せる。この二律を成立させた浴場だけが、庭として読むに耐える。

興味深いのは、こうした浴場が二つの異なる系譜から生まれていることだ。ひとつは、その土地の川や斜面にもとからある石を、産地の論理のまま組む系譜。もうひとつは、建築家が図面を引き、庭師が石を選び据える、設計としての系譜。前者は自然に寄り、後者は作為を突き詰めて自然に還ろうとする。荘子の言う「無何有(むかゆう)」——何の作為もない自然——が、後者の宿の名に選ばれているのは、その逆説を宿が自覚している証だろう。以下の三軒は、この二つの系譜を跨いで並ぶ。

1. 妙見石原荘 — 鹿児島・霧島 妙見温泉

天降川の川原石を、産地の論理のまま組んだ野天風呂。石と湯の境が最も自然に近い一軒。

Media Picks Score: 93 / 100  19室、温泉旅館。

目安価格 ¥76,000–¥250,000 / 泊 (2名1室・通常期)


妙見石原荘 — 鹿児島・霧島 妙見温泉 · 天降川沿いに佇む数寄屋造りの外観と石畳のアプローチ
PHOTO: 妙見石原荘 — 公式サイトを見る →

1966年創業。天降川のほとり、約1万坪の敷地に7本の源泉を持つ。庭の系譜で言えば、ここは「自然に寄る」側の極北にある。野天風呂は、川原の石をそのまま拾い、連ねて据えて造られている。据えられた石は選ばれてはいるが、削られてはいない。石の顔は川が磨いた顔のままで、湯面と石肌が触れる際も、意図的な加工の跡を残さない。庭師の仕事がここでは「選ぶこと」と「据えること」に切り詰められ、川がすでに作った造形をどう引き受けるかという編集に近づく。梅雨明けに川音が増す頃、石の色は最も深くなる。

  • 向く:
    源泉と川、そして石の産地性を一体で読みたい人、湯めぐりで浴場ごとの石の据え方を比べたい人、静かな渓谷の宿を選ぶ大人の旅
  • 向かない:
    整えられた庭園美を望む人(ここは作為を消す方向の造形)、市街地からの近さを優先する旅程


2. べにや無何有 — 石川・加賀 山代温泉

竹山聖・アモルフ設計。山庭を囲むように建て、飛石と苔で作為を自然へ還す一軒。

Media Picks Score: 90 / 100  16室、温泉旅館。

目安価格 ¥82,000–¥250,000 / 泊 (2名1室・通常期)


べにや無何有 — 石川・加賀 山代温泉 · 苔の斜面に据えられた飛石と庭石が連なる山庭
PHOTO: べにや無何有 — 公式サイトを見る →

建築家・竹山聖率いるアモルフの設計。山庭を囲むように建物を配し、全16室が庭に面した露天を持つ。「無何有」は荘子の語で、作為なき自然を指す。だがこの宿の石組みは、作為を突き詰めた末に自然へ還ろうとする方向にある。苔の斜面に据えられた飛石は、歩幅と視線を計算して置かれ、庭石は主石・添石の据わりを保ちながら山の斜面に馴染む。2023年に新設された大浴場「玄青」の円形の湯船は、幾何学の作為をあえて露わにして、周囲の有機的な石と対比させる。ここでは石を組むことが、そのまま設計思想の表明になっている。

  • 向く:
    建築と庭の設計思想を読みたい人、客室ごとの露天と共用大浴場の造形を比べたい人、静けさを最優先する滞在
  • 向かない:
    大型旅館の賑わいを求める人、温泉街の散策を主目的とする旅程(宿にこもる時間が長い)


3. 強羅花壇 — 神奈川・箱根 強羅温泉

枯山水に強羅の岩石を配し、職人手造りの石の湯船を客室露天に据えた一軒。

Media Picks Score: 91 / 100  41室、温泉旅館。

目安価格 ¥96,000–¥221,000 / 泊 (2名1室・通常期)


強羅花壇 — 神奈川・箱根 強羅温泉 · 苔庭の縁に据えられた石組みの露天風呂と苔むした庭石
PHOTO: 強羅花壇 — 公式サイトを見る →

1930年に閑院宮載仁親王の別邸として建てられ、1948年に旅館として創業。1989年、旧別邸を保存しながら、べにや無何有と同じく竹山聖・アモルフの設計でリニューアルされた。二軒が同じ建築家の手を経ているという事実は、石組みの読み方にひとつの補助線を引く。枯山水の庭には、強羅の土地に固有の岩石が配され、緩やかな苔の斜面が背後の山と一体になる。客室の濡縁に設けられた露天は、職人手造りの石の湯船で、自家源泉が掛け流される。据えられた石の天端を湯面のどこで揃えるか——その判断が、庭の岩石配置と同じ論理で貫かれているのがわかる。

  • 向く:
    建築の履歴と庭の設計を併せて読みたい人、客室露天で石と湯の際の仕事を近くで見たい人、駅からの近さも重視する旅程
  • 向かない:
    小規模宿の静けさを最優先する人、価格帯を抑えたい旅程


本稿で触れた三軒の位置づけ

三軒を並べると、露天の石組みが「自然に寄る系譜」と「設計として自然に還る系譜」の間に分布しているのが見えてくる。妙見石原荘は川原の石を産地の論理のまま引き受け、強羅花壇とべにや無何有は、竹山聖・アモルフという同じ設計者の手を経て、作為を突き詰めた末に自然を目指す。どちらが優れているという話ではない。石を庭として読むとき、その宿がどちらの極に立っているかを知ることが、湯に浸かる時間を一段深くする。梅雨が明け、石が湿りを帯びて色を深めるこの季節は、その据え方の判断が最も読みやすい。次に露天に身を沈めるとき、湯を囲む石が「転がされたのか、据えられたのか」を、一度だけ問うてみてほしい。

よくある質問

Q. 露天の岩組を「作庭」として見分ける手がかりは?

A. 主石が一つ決まっているか、添石がその主石を活かす角度で寄せられているか、石の天端が湯面の高さで意図的に揃えられているかを見る。石が地面に据わって見えるか、転がされて見えるかが、庭師の手が入ったかどうかの最初の目印になる。

Q. ベストシーズンはいつですか?

A. 編集部が推すのは梅雨明けの盛夏。石が湿りを帯びて色を深め、苔が最も生き生きとする時期で、石組みの据え方と際の仕事が読みやすい。渓谷沿いの妙見石原荘は川音も増す。

Q. べにや無何有と強羅花壇が同じ設計者というのは本当ですか?

A. いずれも建築家・竹山聖率いるアモルフの設計による。べにや無何有は山庭を囲む構成、強羅花壇は1989年の旧閑院宮別邸を保存したリニューアルで、庭石と浴場の石組みに共通する設計思想が読み取れる。

Q. アクセスは?

A. 妙見石原荘はJR隼人駅から車約15分。べにや無何有はJR加賀温泉駅から車・送迎で約15分。強羅花壇は箱根登山鉄道の終点・強羅駅から徒歩約3分と、三軒で最も駅に近い。

本記事の参考情報

Wikipedia: 強羅花壇 — 閑院宮別邸の履歴と1989年リニューアルの背景
かごしまの旅(鹿児島県観光サイト) — 霧島・妙見温泉エリアの観光情報

編集部から

湯を囲む石は、宿がどれだけ言葉を尽くさなくとも、据え方だけで思想を語る。川原の石を引き受けるのか、図面から石を選び据えるのか——その分かれ目は、庭の歴史そのものの分かれ目でもある。今回は三軒に絞ったが、枯山水の枯滝石組を湯屋に転用した宿、海石を組んだ潮の露天など、石の産地と据え方で括れるテーマはまだ広い。あなたが最後に浸かった露天の石は、転がされていただろうか、それとも据えられていただろうか。

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