白は、足し算ではなく引き算の色である。壁を白くするとは、木目も石の景色も、装飾の物語も、いったん画面から退かせるという編集判断にほかならない。ただし白には種類がある。漆喰の白、石灰の白、塗装の白――同じ無彩色でありながら、反射のしかたと陰影の落ち方が違い、結果として空間の温度まで変わってしまう。今回は、内装を白一色に振り切った宿を三軒選び、その白がどんな素材から生まれているのかを観察的に読み解く。色を語る語彙を持つ読者に向けた、白のなかの差異についての一稿である。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
漆喰の白――光を吸う面
漆喰の白は、塗料の白とは成り立ちが違う。消石灰を主材とする左官の仕上げは、表面に微細な凹凸を残し、光をいったん内側に取り込んでから穏やかに返す。だから漆喰壁の白は、晴れた日でもどこか湿度を帯びて見える。鏡のように反射しない代わりに、時刻ごとに陰影の濃度が変わり、白が一定でないことに気づかされる。左官職人の鏝(こて)の運びが残した僅かなムラが、無地のはずの壁に微かな表情を与える。白を選ぶとは、その表情を引き受けることでもある。
アマン京都 — 京都・鷹峯
約2万4千平方メートルの森に26室。漆喰と黒い縦格子で構成された、ケリー・ヒルの遺作。
Media Picks Score: 88 / 100 26室、ヴィラ型リゾート。
目安価格 ¥447,000–¥492,000 / 泊 (2名1室・通常期)

2019年11月、洛北・鷹峯の森に開業。設計はアマン東京やアマネムも手がけたオーストラリアの建築家ケリー・ヒルで、本作は彼の遺作にあたる。切妻屋根と黒い縦ルーバーの簡潔な外観に対し、室内は漆喰の白とタモ系の木で構成される。漆喰の面が森の緑をやわらかく受け、障子を透した光が壁の上をゆっくり移ろう。白を背景に、外の樹々だけが色として残る――引き算の設計が、もっとも禁欲的に成立した一軒と言える。室料は三軒で突出するが、その白の密度を思えば理由は明快である。
石灰の白――歴史を上塗りした面
漆喰と原料を同じくしながら、洋館の白は来歴を異にする。幕末から明治、開港地の居留地に建てられた西洋建築は、下見板や漆喰塗りの壁を白く仕上げ、海からよく見えることを意図した。石灰系の塗り壁は厚みがあり、年月の補修を重ねて表層が幾重にも上塗りされる。だから古い洋館の白は、新築の白には出せない鈍さを持つ。白でありながら、時間の層がそこに沈んでいる。引き算の白が、引き算しきれなかった歴史を内包する――そんな矛盾を抱えた白である。
セトレ グラバーズハウス長崎 — 長崎・南山手
グラバー園に隣接する南山手の高台に23室。居留地の白を継いだ、小さな洋館ホテル。
Media Picks Score: 92 / 100 23室、ブティックホテル。
目安価格 ¥31,000–¥48,000 / 泊 (2名1室・通常期)

旧外国人居留地・南山手の高台、グラバー園に隣接する立地に立つ。明治期にこの地にあった洋式ホテルの記憶を引き受け、白い外壁の小ぶりな洋館として再構成された。室内は白を基調としながら、長崎硝子や和華蘭(わからん)の意匠が点描のように差し込まれ、純白には振り切らない。アマン京都の漆喰が森の緑を映すのに対し、ここの白は港町の歴史を映す。同じ白でも、背景にあるものが空間の意味を変える――そのことがよく見える一軒である。三軒のなかでもっとも手の届く価格帯にある。
塗装の白――光を返す面
三つめの白は、塗料による白である。チタンホワイトを混ぜた塗装仕上げは、表面が均質で、光をまっすぐ返す。漆喰のように光を吸い込まない分、白はより明るく、より平らに立ち上がる。陰影は弱まり、輪郭が際立つ。設計者が「白を背景にして何を見せたいか」を決めやすい白でもある。家具を、アートを、あるいは色そのものを、白い面の上に置く。塗装の白は、空間を一枚のキャンバスに変える。引き算の徹底というより、引き算したうえで何を一つ足すかを問う白だと言える。
ホテル ザ・スクリーン — 京都・御所西
京都御所の西、13室すべてを異なる創作者が手がけた。白を背景にした、客室という作品集。
Media Picks Score: 93 / 100 13室、デザイナーズホテル。
目安価格 ¥63,000–¥94,000 / 泊 (2名1室・通常期)

京都御所の西、寺町通に面した13室の小さなホテル。客室ごとに異なる分野の創作者が内装を手がけ、ファッションデザイナーや日本画家らの感性が一室単位で展開される。共通言語となるのが白を基調とした塗装の面で、均質に光を返す壁が、各室固有の家具や色を引き立てる背景として機能する。漆喰が表情を主張し、洋館の白が歴史を語るのに対し、ここの白はあくまで黒衣に徹する。白を消し、その上に置かれたものを見せる――白の役割の振り幅を示す、もう一つの極にある一軒である。
白のなかの温度差
三軒を並べると、白が決して一様でないことがよくわかる。漆喰の白(アマン京都)は光を吸い、湿度をまとい、森の色をやわらかく受ける。石灰系の白(セトレ グラバーズハウス長崎)は来歴を上塗りし、港町の時間を内に沈める。塗装の白(ホテル ザ・スクリーン)は光を返し、平らな背景となって、その上に置かれたものを際立たせる。吸う白、沈める白、返す白――無彩色の三つの態度が、それぞれ別の空間の温度を生んでいる。色を引き算した先に残るのは、無ではなく、素材そのものの性格である。
本記事で触れた宿
・アマン京都(京都・鷹峯 / 26室 / 漆喰の白)
・セトレ グラバーズハウス長崎(長崎・南山手 / 23室 / 石灰系の白)
・ホテル ザ・スクリーン(京都・御所西 / 13室 / 塗装の白)
よくある質問
Q. 白基調の宿は、季節によって印象が変わりますか?
A. 変わります。とりわけ漆喰や石灰系の白は光を吸って陰影を生むため、梅雨の柔らかな曇天や、夏の強い直射では表情が大きく異なります。無彩色の繊細な差異を読みたいなら、編集部は梅雨入り前後の白い光の時期を推します。
Q. 漆喰と塗装の白は、泊まってみて違いがわかるものですか?
A. わかります。漆喰の壁は近づくと鏝のあとや微細なムラが見え、手のひらでわずかな凹凸を感じ取れます。塗装面は均質で平らに光を返すため、壁そのものより、その上に置かれた家具や光のほうへ視線が向かいます。
Q. 価格帯に大きな差があるのはなぜですか?
A. 白の密度と運営の手数の差が価格に表れています。本稿の三軒は目安価格で¥31,000台から¥490,000台までと幅があり、左官の作り込みや一室ごとの設計、客室数の少なさといった要素が、それぞれの価格帯を形づくっています。
Q. アクセスはどの程度ですか?
A. アマン京都は京都駅から車で約30分、洛北の森のなかにあります。セトレ グラバーズハウス長崎は南山手の高台、グラバー園に隣接します。ホテル ザ・スクリーンは京都御所の西、寺町通沿いで、市内中心部から徒歩圏にあります。
本記事の参考情報
・Wikipedia: 漆喰 — 左官材料としての消石灰と仕上げの背景
・長崎国際観光コンベンション協会 — 南山手・旧居留地エリアの観光情報
・京都市観光協会 — 鷹峯・京都御所周辺の観光情報
編集部から
白を選ぶことは、何も決めないことではない。むしろ、何を残し何を退かせるかを、素材の手前で決めきる作業である。漆喰は光を吸い、石灰は歴史を沈め、塗装は光を返す。同じ無彩色のなかに、これだけの態度の違いが畳み込まれている。次は、白とは反対側――黒や打放しに振り切った宿で、引き算ではなく素材そのものを露わにする設計判断を読んでみたい。あなたなら、吸う白と返す白、どちらの部屋で目を覚ましたいだろうか。