女性建築家、あるいは女性が主宰・共同主宰する設計事務所が関与した宿として、編集部が選んだ5軒を紹介する。デザイン系の宿で語られる建築家名は、長らく男性に偏ってきた。本稿は永山祐子、そして谷尻誠とともにSUPPOSE DESIGN OFFICEを率いる吉田愛——同時代を代表する二人の設計言語を、室数・竣工年・改修手法という具体に即して読み解く。光の透過、ファサードの薄さ、内外の境界を曖昧にする操作。その固有性が、客室と共用部にどう現れているかを、評論的な距離をもって観察した。梅雨が明ける頃、建築を目的に旅程を組みたい人へ向けた一本である。
| # | ホテル | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 木屋旅館 | 愛媛・宇和島 | 86 | 1 | ¥50k–¥56k | 一日一組・有形文化財を永山祐子が再生 |
| 2 | 松本十帖(松本本箱) | 長野・浅間温泉 | 91 | 38 | ¥75k–¥121k | 元禄創業を吉田愛がブックホテルに再生 |
| 3 | BELLUSTAR TOKYO, A Pan Pacific Hotel | 東京・新宿 | 92 | 97 | ¥121k–¥201k | 歌舞伎町タワー上層・永山ファサードの内側 |
| 4 | HOTEL CYCLE(ONOMICHI U2) | 広島・尾道 | 91 | 28 | ¥31k–¥40k | 戦前倉庫を吉田愛が改装した自転車ホテル |
| 5 | HOTEL GROOVE SHINJUKU, A PARKROYAL Hotel | 東京・新宿 | 91 | 538 | ¥54k–¥81k | 同じ塔の中層・永山の外皮が別の表情に |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
1. 木屋旅館 — 愛媛・宇和島
明治の町家を一日一組の宿に。永山祐子が時間の層を剥がし、また重ねた一軒。
Media Picks Score: 86 / 100 1室、一棟貸し旅館。設計: 永山祐子建築設計。
目安価格 ¥50,000–¥56,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
宇和島の町なかに、一日一組だけを受け入れる宿がある。明治44年(1911年)に料理旅館として開かれ、犬養毅や司馬遼太郎が筆を執ったとも伝わる木造三階建ては、2012年に永山祐子の手で再生された。永山が選んだのは、古い意匠を覆い隠すことでも、過剰に磨き上げることでもない。柱や欄間、階段といった既存の骨格を残したまま、現代美術を点在させ、時間の層を可視化する手つきである。一棟をまるごと借り切る形式が、その読み解きを来訪者ひとりのものにする。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計したところ、評価は「建物そのものを体験として味わえる」点に集中している。料飲よりも空間と運営の静けさを目的に訪れる層が中心で、有形文化財に泊まるという行為の希少性が支持の核にある。一方で、設備の現代的な快適さを最優先する旅程には向かない、という冷静な見方も一定数を占める。記念や仕事の節目に、建築と向き合うために選ばれる一軒と読める。
向く人 / 向かない人
- 向く: 建築・現代美術に関心がある一人旅や二人旅、有形文化財を体験として味わいたい旅、宇和島の城下を歩く拠点を求める旅
- 向かない: 大型ホテルの均質な快適さを最優先する旅、深夜着で短時間だけ泊まる旅程、複数家族での大人数滞在
具体情報
- 最寄り: JR宇和島駅から徒歩約12分
- 形態: 一棟貸し(一日一組)
- 客室: 木造三階建てを一組で利用
- 創業: 1911年(明治44年)
- 文化財: 2014年 国登録有形文化財
- 設計: 永山祐子(2012年 改修)
2. 松本十帖(松本本箱) — 長野・浅間温泉
元禄創業の老舗を、本に沈む宿へ。コンクリートの肌が記憶の層を見せる。
Media Picks Score: 91 / 100 38室、温泉宿・ブックホテル。設計: SUPPOSE DESIGN OFFICE(谷尻誠・吉田愛)。
目安価格 ¥75,000–¥121,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
松本・浅間温泉に元禄期から続いた老舗旅館「小柳」を母体に、2022年に開業した分散型の宿が松本十帖である。中核となるブックホテル「松本本箱」の設計を担ったのが、谷尻誠とともにSUPPOSE DESIGN OFFICEを率いる吉田愛だ。打ち放しと研ぎ出しのコンクリートが、旧い旅館の記憶と新しい層を同時に見せる。本に囲まれた客室、地下の浴室、街へ開かれたベーカリーやレストランが、ひとつの宿でありながら温泉街の再生装置として機能している。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、評価は「滞在の密度」に向かう傾向が明確である。本と温泉、食を一棟内で行き来できる構成と、コンクリートの素材感が生む静謐さが支持の中心にある。子ども連れを歓迎する別棟「小柳」を含め、世代の異なる滞在を一敷地で受けとめる柔軟さも繰り返し言及される。価格帯は通常期で高めに振れるが、それを建築と体験への対価として受け止める層が記録の多くを占める。
向く人 / 向かない人
- 向く: 読書と温泉を一棟で行き来したい旅、建築・インテリアに関心のある二人旅、浅間温泉の街歩きを拠点にしたい旅
- 向かない: 最安値の素泊まりを求める旅程、にぎやかな大型リゾートを望む旅、館内移動の段差や分散構成を避けたい旅
具体情報
- 最寄り: JR松本駅からバス・車で約20分
- 客室数: 38室
- 構成: 松本本箱(ブックホテル)+小柳(温泉宿)
- 創業母体: 1686年(貞享3年)創業の旧・小柳
- 開業: 2022年7月
- 設計: 吉田愛/SUPPOSE DESIGN OFFICE ほか
3. BELLUSTAR TOKYO, A Pan Pacific Hotel — 東京・新宿
永山祐子のファサードを、内側から見る。歌舞伎町タワー上層の97室。
Media Picks Score: 92 / 100 97室、都市ラグジュアリーホテル。設計: 永山祐子建築設計(東急歌舞伎町タワー)。
目安価格 ¥121,000–¥201,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
2023年に開業した東急歌舞伎町タワーは、外装と内装の一部を永山祐子が手がけた高さ約225mの複合施設である。その39〜47階を占めるのが、ラグジュアリーホテルBELLUSTAR TOKYOだ。永山が塔の外皮に与えたのは、噴水のように立ち上がる曲面のファサード——下層から上層へと連続する透過的な被膜である。客室に身を置くと、その被膜を内側から見ることになる。新宿の喧騒の上空に、薄く軽い境界を一枚隔てて立つ感覚は、永山の作風がもっとも明快に体験できる場のひとつである。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、評価は眺望と空間体験に強く偏る。地上200m近い高さから新宿を見下ろす客室と、最上階の浴室・スパへの言及が支持の中心にある。サービス面でも国際水準の運営が安定して評価されており、記念日や特別な滞在の目的地として選ばれる傾向が読み取れる。価格帯は都内最高級に位置するが、立地・眺望・建築の三点を一度に得る対価として受け止められている。
向く人 / 向かない人
- 向く: 記念日や特別な節目の滞在、新宿の眺望を求める旅、建築としての高層タワーを体験したい旅、海外からの上質志向の旅行者
- 向かない: 静かな郊外の隠れ宿を望む旅、価格を最優先する旅程、繁華街の喧騒を避けたい旅
具体情報
- 最寄り: JR新宿駅東口から徒歩約7分
- 客室数: 97室
- 所在階: 東急歌舞伎町タワー39〜47階
- 開業: 2023年4月
- 設計: 永山祐子(タワー外装・内装の一部)
- 運営: パンパシフィック系
4. HOTEL CYCLE(ONOMICHI U2) — 広島・尾道
海運倉庫の薄い被膜の中に、街路ごと客室を差し込んだ28室。
Media Picks Score: 91 / 100 28室、倉庫改装デザインホテル。設計: SUPPOSE DESIGN OFFICE(谷尻誠・吉田愛)。
目安価格 ¥31,000–¥40,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
尾道港に面した戦前の県営倉庫を、複合施設ONOMICHI U2へと再生したのが、SUPPOSE DESIGN OFFICEの吉田愛・谷尻誠である。その中核をなすのがHOTEL CYCLE——自転車をそのまま客室へ持ち込める、サイクリストのためのデザインホテルだ。倉庫の大きな箱の内部に、レストランやサイクルショップ、客室を「街路」のように配置する手法は、内と外の境界を意図的に溶かす吉田の設計言語をよく示している。しまなみ海道の起点という土地の性格が、その開放的な構成と分かちがたく結びついている。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、評価は「倉庫空間のスケールと開放感」に集中する。自転車を携えて旅する層からの支持が際立つが、建築や食目当ての滞在も少なくない。館内のベーカリーやレストランを含めた一棟の完結性が、繰り返し言及される強みである。客室そのものは簡素だが、それを「過剰に仕上げない」設計思想の現れとして肯定的に受け止める記録が多い。
向く人 / 向かない人
- 向く: しまなみ海道を走るサイクリスト、倉庫建築の改装に関心がある旅、尾道の港町を拠点に歩きたい旅
- 向かない: 豪奢な客室設備を求める旅、静養を主目的とする温泉旅、車中心で自転車文化に関心のない旅程
具体情報
- 最寄り: JR尾道駅から徒歩約5分
- 客室数: 28室
- 特徴: 客室へ自転車を持ち込み可
- 母体: 戦前の県営上屋倉庫
- 再生: ONOMICHI U2(2014年)
- 設計: 吉田愛・谷尻誠/SUPPOSE DESIGN OFFICE
5. HOTEL GROOVE SHINJUKU, A PARKROYAL Hotel — 東京・新宿
同じ塔の中層に538室。永山祐子の外装が、ここでは別の表情を持つ。
Media Picks Score: 91 / 100 538室、都市ライフスタイルホテル。設計: 永山祐子建築設計(東急歌舞伎町タワー)。
目安価格 ¥54,000–¥81,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
BELLUSTARと同じ東急歌舞伎町タワーの18〜38階を占めるのが、HOTEL GROOVE SHINJUKUである。538室を擁するこのライフスタイルホテルもまた、永山祐子が外装を手がけた同じ被膜の内側にある。だが客室から受ける印象は、上層のラグジュアリーとは明らかに異なる。アートと音楽を主題にした内装、歌舞伎町の熱量を取り込む構成——同一の外皮が、階層と運営のコンセプトによって別の表情を見せる。一棟の塔の中で、永山のファサードが二通りに読まれる、その対比そのものが興味深い。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、評価は立地の利便性とデザインの遊びに向かう。新宿駅至近でありながら、客室から眺める都市の景観とアート主題の内装が、滞在の満足を底上げしている。ラグジュアリー層とは異なる、よりカジュアルで体験志向の旅行者が中心で、エンターテインメント施設との一体感が支持される。価格帯は中〜上位で、立地とデザインのバランスを評価する層が記録の多くを占める。
向く人 / 向かない人
- 向く: 新宿・歌舞伎町を遊び尽くしたい旅、アートや音楽の主題を楽しむ旅、駅至近の利便を最優先する旅
- 向かない: 静寂を求める郊外志向の旅、温泉や和の様式を望む旅、繁華街の刺激を避けたい旅程
具体情報
- 最寄り: JR新宿駅東口から徒歩約7分
- 客室数: 538室
- 所在階: 東急歌舞伎町タワー18〜38階
- 開業: 2023年4月
- 設計: 永山祐子(タワー外装)
- 客室サイズ: 約21〜61㎡
よくある質問
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 建築を主目的に旅程を組むなら、光の質が安定する梅雨明け以降の盛夏から初秋を編集部は推す。木屋旅館やHOTEL CYCLEのように外光を取り込む宿は、晴天日に空間体験が際立つ。一方、松本本箱はコンクリートの静謐さが冬の在室時間を豊かにするため、季節を選ばず楽しめる。
Q. 予約のタイミングは?
A. 一日一組の木屋旅館は供給が極端に少なく、数か月前から週末が埋まる傾向にある。BELLUSTAR TOKYOやHOTEL GROOVEは室数が多いものの、新宿の需要期(連休・大型イベント時)は早期の確保が安心できる。松本十帖も繁忙期は早めに動くのが賢明である。
Q. 子ども連れでも泊まれますか?
A. 松本十帖は、別棟「小柳」が赤ちゃん・子ども連れを歓迎する設えで、世代の異なる滞在を一敷地で受けとめる。一方、木屋旅館は一棟貸しで段差も多く、静かな大人の滞在に向く。HOTEL GROOVEは室数が多く家族利用にも対応しやすい。目的に応じて宿を選び分けたい。
Q. アクセスは?
A. BELLUSTAR TOKYO・HOTEL GROOVEはともにJR新宿駅から徒歩約7分。HOTEL CYCLEはJR尾道駅から徒歩約5分の港沿い。松本十帖はJR松本駅から車・バスで約20分の浅間温泉。木屋旅館はJR宇和島駅から徒歩約12分の城下にある。
Q. インバウンド客の利用は?
A. 新宿の2軒は国際的な運営体制を備え、海外からの上質志向の旅行者に選ばれている。HOTEL CYCLEはしまなみ海道を走る海外サイクリストの拠点として知られる。木屋旅館や松本十帖は、日本建築・現代建築に関心の高い訪日リピーター層との親和性が高い。
本記事の参考情報
・Wikipedia: 永山祐子 — 建築家の経歴・作品の背景
・うわじま観光ガイド: 木屋旅館 — 宇和島・木屋旅館の歴史と立地
・SUPPOSE DESIGN OFFICE — 谷尻誠・吉田愛の設計事務所
編集部から
5軒を貫くのは、設計者の固有性が「規模」ではなく「境界の扱い方」に現れている点である。永山祐子は時間の層(木屋旅館)と都市の層(歌舞伎町タワー)を、吉田愛は内外の被膜(HOTEL CYCLE)と街との関係(松本十帖)を、それぞれの宿で読ませる。女性建築家が関与した宿を探そうとすると、選択肢が驚くほど限られる現実にも、本稿の取材で改めて気づかされた。その希少さ自体が、これから語られるべき主題なのかもしれない。次はどの建築家の設計言語を、客室で読んでみたいだろうか。