照明計画が「明るさをどれだけ足せるか」を競った時代は、もう過ぎている。谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』で惜しんだ薄暗がりを、調光と色温度の技術で意図的に設計し直す宿が、いま静かに現れている。本稿は、浴場の灯りに限った既稿とは別に、客室・廊下・広間を含む宿全体の照度設計を主題とし、陰翳を残す三軒を例に、現代の照明計画がこの古い美意識をどう翻訳しているかを考える。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
谷崎が惜しんだもの
『陰翳礼讃』が書かれたのは1933年、電灯が日本家屋の隅々まで届きはじめた時期である。谷崎が惜しんだのは、漆器の金が暗がりのなかでだけ放つ鈍い光であり、障子越しに濾された外光の弱さであり、床の間の奥に沈む闇そのものだった。明るさは、ものの輪郭を均一に晒すかわりに、影のなかにあった奥行きを奪っていく。谷崎の不満は感傷ではなく、光学的な観察である。陰翳とは欠落ではなく、空間に深度を与える積極的な設計要素だ、という主張がそこにある。
現代の照明計画がこの主題を引き受けるとき、問題は「暗くする」ことではない。均一な照度を、いかに分節し、どこに光だまりを置き、どこを意図して沈めるか——配光の設計である。電球色(おおむね色温度2700K前後)の採用、調光による時間帯ごとの照度変化、行灯や間接光による光源の不可視化。これらは懐古趣味の道具ではなく、谷崎の観察を技術的に翻訳する手立てだと言える。以下、三軒を例にそれを読む。
べにや無何有 — 余白としての低照度
山庭を背に16室。低照度を「余白」として扱う、現代数寄屋の照明設計が際立つ一軒。
Media Picks Score: 93 / 100 16室、山代温泉(石川県加賀市)。1928年創業。
目安価格 ¥149,000–¥225,000 / 泊 (2名1室・通常期)

山代温泉の高台、雑木の庭を抱くようにして建つ16室の宿である。共用部から客室へ向かう導線は、明度を段階的に落としていく構成になっている。エントランスの相対的な明るさから、廊下、そして客室の床近くに置かれた間接光へ——目が暗さに馴染む時間を、設計が織り込んでいる。客室の照明は天井から空間全体を均一に照らすのではなく、手元と床面に光だまりを点在させ、天井付近をあえて沈めている。陰翳とは、ここでは「余白」として扱われている。庭に面した障子を開け放てば、外光の弱さがそのまま室内の調子を決める。書院の窓辺で本を開く時間に、低い色温度の光がよく合う。料理は須田菁華の器や山中・輪島の塗りに盛られ、その鈍い反射こそ低照度の下で生きる。明るすぎる卓では、塗りの深みは死ぬ。ここでの照度設計は、器と料理を見せるための裏方として一貫している。
あさば — 行灯と能舞台の闇
水面に映る能舞台「月桂殿」。行灯文化の薄暗がりを、宿全体の基調として残す一軒。
Media Picks Score: 91 / 100 17室、修善寺(静岡県伊豆市)。創業は室町期に遡る。
目安価格 ¥273,000–¥392,000 / 泊 (2名1室・通常期)

修善寺の中心に、池を前にして能舞台「月桂殿」を擁する宿である。明治末に東京から移築されたこの舞台は、夜、薪能の灯りのもとで本来の姿を見せる。あさばの照明計画が興味深いのは、この舞台の闇を宿全体の基調として共有している点だ。広間も廊下も、近代ホテルの均一照度とは異なる方針で灯されている。光源は低く置かれ、行灯の系譜を引く間接光が壁や障子を撫でるように使われる。漆喰や古い木の表面は、強い光の下では平板に見えるが、斜めから当たる弱い光のもとでは肌理が立ち上がる。陰翳礼讃が説いた「闇のなかで生きる素材」が、ここでは具体的な配光として残されている。500年を超えて続く宿が、明るさを足し続ける近代の流れにあえて逆らうこと——それ自体が、ひとつの照明思想である。
俵屋旅館 — 京町家の濾された光
1704年創業、京に現存する最古級の旅館。障子で濾された外光と行灯が、町家の陰翳を保つ一軒。
Media Picks Score: 93 / 100 18室、中京区(京都府京都市)。1704年創業。

谷崎が『陰翳礼讃』で念頭に置いたのは、まさにこのような京町家の光だった。1704年創業、京に現存する最古級の旅館である俵屋は、町家の構造そのものが陰翳の装置になっている。間口が狭く奥行きの深い平面では、外光は表と坪庭の二方向からしか入らず、中ほどの空間は必然的に薄暗い。その薄暗さを欠陥として潰すのではなく、障子で濾し、坪庭の緑を映し、行灯で補う——濾された光だけで室内の調子を成立させている。床の間の奥、欄間の影、漆の卓の鈍い反射。現代の照明計画が技術で再現しようとしている陰翳の原型が、ここには改装を経ても保たれている。低い色温度、不可視の光源、影を残す配光。三軒のなかで俵屋は、設計図というより「参照すべき古典」として立っていると言える。
陰翳を設計するということ
三軒に通底するのは、暗さを「足りなさ」ではなく「奥行き」として扱う態度である。べにや無何有は低照度を余白として現代数寄屋に組み込み、あさばは行灯と能舞台の闇を宿全体の基調に据え、俵屋は町家の濾された光を古典として保つ。手法は異なるが、いずれも均一な明るさを拒み、配光を分節することで素材と料理と空間に深度を取り戻している。谷崎が惜しんだ薄暗がりは、懐古の対象ではなく、調光・色温度・配光という現代の語彙で設計し直せる主題だ——三軒はそれを、それぞれの流儀で証している。次に灯りのある宿を選ぶとき、明るさの量ではなく、影の置き方を見てみたい。
よくある質問
Q. 「陰翳を残す宿」とは具体的にどういう設計ですか?
A. 天井から空間全体を均一に照らすのではなく、電球色(2700K前後)の低照度光源を低い位置に分散させ、行灯や間接光で光だまりと影を意図的に作る配光設計を指します。暗さは欠落ではなく、空間に奥行きを与える要素として扱われます。
Q. 暗いと不便ではありませんか?
A. 手元や読書のための補助光は別途用意されているのが通例です。低照度はあくまで空間全体の基調であり、必要な箇所には適切な光が確保されています。目が暗さに馴染む時間を設計に織り込んでいる宿ほど、不便を感じにくい傾向があります。
Q. 例として挙げた三軒はどのエリアにありますか?
A. べにや無何有は石川県加賀市の山代温泉、あさばは静岡県伊豆市の修善寺、俵屋旅館は京都府京都市の中京区です。北陸・伊豆・京都と地域は分かれますが、いずれも宿全体の照度設計に一貫した思想が見て取れます。
Q. 参考となる読み物はありますか?
A. 谷崎潤一郎『陰翳礼讃』(1933年)が本主題の原典です。日本家屋における光と影の美学を論じた随筆で、現代の照明計画を考える際の出発点になります。
本稿の参考情報
・Wikipedia: 陰翳礼讃 — 谷崎潤一郎の随筆と光の美学の背景
・山代温泉観光協会 — 山代温泉エリアの観光情報
編集部から
照明は、宿の印象を最も静かに、しかし決定的に左右する設計要素である。明るさの量を競う時代を経て、いま問われているのは影の置き方だ。本稿で触れた三軒は、谷崎の古い観察が現代の技術といかに接続しうるかを、それぞれの規模と歴史のなかで示している。次に灯りのある宿を選ぶとき、あなたは明るさを求めるだろうか、それとも陰翳を求めるだろうか。
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