下呂温泉の湯之島館は、1931(昭和6)年11月に竣工した木造三階建の本館・玄関・渡り廊下が国の登録有形文化財となっている、昭和初期の旅館建築に今も泊まれる一軒です。名古屋の実業家・岩田武七が1927(昭和2)年に構想し、1929(昭和4)年10月に着工。設計と監督は丹羽英二、延べ6万人の手で2年をかけて完成しました。本稿では、その本館を玄関から客室まで順に歩き、黒漆喰の壁、杉皮張りの腰、斜めに切られた窓ガラス、床柱の彫刻といった左官と建具の仕事を読み解きます。後段では湯と献立、そして雪の季節に訪ねる意味にも触れます。建築や伝統工芸に関心を持つ読者のための、一軒だけの深掘りです。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

湯之島館 — 岐阜県下呂市湯之島

下呂富士の中腹、樹齢数百年の杉と檜の木立に建つ昭和六年の木造三階。文化財の本館にそのまま泊まれる一軒です。

67室、温泉旅館(本館・別館・景山荘・洋館の娯楽棟で構成)。

目安価格 ¥82,000–¥112,000 / 泊 (2名1室・通常期)


湯之島館 — 下呂市湯之島 · 1931年建築、入母屋屋根を重ねた国登録有形文化財の玄関棟と杉の木立
PHOTO: 湯之島館 — 公式サイトを見る →

具体情報

  • 創業: 1931(昭和6)年11月。着工は1929(昭和4)年10月1日
  • 文化財: 本館・玄関・渡り廊下が国の登録有形文化財(2010年1月15日登録)
  • 建築面積: 本館462㎡(木造3階建)/玄関161㎡(木造平屋一部2階建)/渡り廊下28㎡(木造平屋建)
  • 設計・監督: 丹羽英二
  • 敷地: 約5万坪。下呂の温泉街から車で約5分の山の中腹
  • 客室数: 67室(本館の一般客室は本間10帖または8帖・控えの間・広縁)
  • アクセス: JR高山本線 下呂駅から宿の送迎バス(駅発は13:35〜17:25の間に運行)
  • チェックイン: 15:00〜
  • 食事: 夕食は個室食事処で会席、朝食は8階大広間「鶴之間」で朝の定食(特別室は個室)
  • 温泉: アルカリ性単純温泉(pH8.90、源泉55℃)。大浴場から客室のシャワーまで源泉を供給


歴史と建築 — 「日本に名所が又一つ」

始まりは、高山本線の開通を4年後に控えた1927(昭和2)年です。名古屋の実業家・岩田武七が飛騨川温泉土地株式会社を興し、湯之島地区の温泉採掘権を得た。翌1928(昭和3)年に掘り当てた湯口が、大正期に一度湯を失った下呂温泉の現在の源泉になったと、宿は伝えています。

建てる場所に選んだのは、町なかの平地ではなく、通称「下呂富士」の中腹。御用林だった杉と檜の森に、なるべく木を切らず、木々を縫うように棟を配しました。枝を伸ばすために軒を切り欠いた箇所が今も残る、という話は、この宿の設計思想を一行で物語ります。設計と監督を担ったのは、当時新鋭の建築家だった丹羽英二。木造の和風建築と近代の洋風建築をひとつの敷地で結び合わせることを主題にしたとされます。

投資総額は百万円、延べ人員は6万人。開業時のキャッチフレーズは「日本に名所が又一つ!!」で、支配人制度を敷き、ビリヤード場、舞踏場、日光浴室、バー、テニスコートまで備えた、リゾートホテルとしての旅館でした。1951(昭和26)年には政府登録国際観光旅館の第8号に登録され、その看板はいまも玄関に掛かっています。1958(昭和33)年に昭和天皇・皇太后両陛下、1976(昭和51)年に上皇・上皇后両陛下が滞在しており、本館は和風意匠の格を試される場でもありました。

玄関棟から本館へ — 左官と建具を読む

玄関棟: 重なる入母屋と黒漆喰

最初に目に入るのが玄関棟です。1階の南北棟の入母屋屋根の中央に、2階の東西棟の入母屋屋根が載り、西向きの玄関ポーチの上に入母屋の妻を見せる。屋根が三段に重なって見えるのはこの構成のためです。外壁は黒漆喰仕上げ。白い漆喰に比べて鏝むらや磨きの差が出やすく、左官の腕がそのまま表に出る仕上げと言えます。杉木立の緑の中で、屋根瓦と黒い壁が影のように沈む佇まいは、90年を超えてなお古びて見えません。

応接ロビーには、かつて客が暖を取った囲炉裏が残ります。天井の細工と窓の格子は、ここで足を止めて見上げたい手仕事です。

渡り廊下: 赤壁、杉皮、斜めのガラス

玄関と本館を結ぶのが、梁間2.2m、折れ曲がりながら延長13mほど続く渡り廊下です。天井は垂木を見せる化粧屋根裏、窓上の小壁は赤壁、ガラス戸の外側に格子を付け、腰は杉皮張り。わずか28㎡の建物に、左官(赤壁)、建具(格子戸)、木工(杉皮張り)がまとまって詰め込まれています。廊下の折れに合わせて窓枠も斜めに取られ、ガラスまで斜めに切った箇所がある。当時の板ガラスの揺らぎが、外の木立をわずかに歪ませて映すのも、この廊下ならではの景色です。文化財としては、四季の眺めを楽しむ本館への導入空間として評価されています。

本館: 中廊下と雁行する客室

本館は南斜面の敷地の中央に建つ、木造3階建・入母屋造桟瓦葺、建築面積462㎡の宿泊棟です。中廊下を挟んで西と南に客室、北と東に便所や食堂などの裏方を置く。眺望を取るため、南側の客室は雁行(がんこう)に一室ずつずらして並べ、窓を連続させて開放的に扱っています。どの部屋にも山と町の景色が斜めに入るのは、この平面の工夫によるものです。

客室は数寄屋造りで、飛騨の銘木と自然素材が部屋ごとに選ばれています。詳細な内装設計図がない時代、棟梁たちが部屋ごとに意匠を考えたと宿は説明しており、欄間、襖、床柱の扱いが一室ずつ違う。本館の特別室「雲井之間」では、入口の小壁、欄間や襖、茶室まわりに自由な意匠が見られ、床柱には彫刻が施されています。数寄屋の離れ「山楽荘」は茶室を備え、岩山を借景に取り込んだ一室。貴賓室「七重八重之間」は16帖と15帖の和室二間に次の間と広縁を備え、1958年に昭和天皇が過ごした部屋です。

本館の宴会場「末広之間」(44帖)は、装飾を抑えた簡素な造りながら天井を高く取り、広縁を畳敷きにし、無双窓を組み込んでいます。板を左右に滑らせて通風を開け閉てする無双窓は、目立たない建具の技術として見ておきたい部分です。


湯之島館 — 下呂市湯之島 · 本館特別室の数寄屋座敷、広縁のガラス戸越しに下呂の町と飛騨の山並み
PHOTO: 湯之島館 本館特別室 — 公式サイトを見る →

洋館の娯楽棟: 和の本館と対になるアール・デコ

本館を読んだあとは、同時期に建てられた洋館の娯楽棟にも足を延ばしたい。当時としては珍しい半木造・半鉄筋コンクリートの建物で、クラブ「ムーンライト」にはシャンデリアの花びら、ロートアイアン、大理石の装飾文様が残り、豪華客船をイメージしたダンスホールが営業を続けています。木製の手すりにアール・デコ調の彫りを施したらせん階段、ステンドグラス、家族風呂前のモザイクタイル。数寄屋の本館と並べて見ることで、丹羽英二が掲げた「和と洋の融合」が一つの敷地の中で具体的な形を持っていることがわかります。

滞在の体験 — 湯と客室

湯は、宿自身が掘り当てた下呂の源泉です。アルカリ性単純温泉でpH8.90、源泉温度は55℃。展望大浴場と展望露天風呂は2か所あり、午前1時から5時に男女が入れ替わるため、到着日と翌朝で別の浴場に入れます(展望浴場は一部循環ろ過と掛け流しの併用)。露天風呂からは、飛騨の山を背にした下呂の町並みを見下ろす。高台に建つこの宿からしか得られない視点です。

客室は、文化財の本館、露天風呂付きの別館(6室)、1987年開業の11階建て景山荘、そして特別室4室で構成されます。本館の一般客室は本間10帖または8帖に控えの間と広縁。建築を目的に訪ねるなら本館を、湯の時間を部屋で完結させたいなら別館の露天風呂付き客室を選ぶ、という分け方がわかりやすい。別館「紅葉之間」は創業時と同じ丹羽英二建築事務所の設計で2017年に全面改装されており、昭和の数寄屋と現代の数寄屋を比べて見ることもできます。

献立 — 飛騨の冬を会席で

夕食は季節の会席を個室食事処で。宿は月ごとの標準献立を公開しており、2026年9月の献立は、季節の食前酒に始まり、飛騨牛赤身のマリネ、大鱒の昆布〆、尼子の塩焼き、飛騨牛A5等級サーロインの味しゃぶと続きます。焼物は夏が鮎、冬が尼子と川魚が軸になり、飛騨牛はプランに応じてしゃぶしゃぶかステーキで出されます。料理長をはじめとする料理人の個人名や経歴を前面に出すのではなく、献立そのものを毎月公開して示す姿勢が、この宿の料理の見せ方です。

朝食は8階大広間「鶴之間」で。飛騨の郷土料理である朴葉味噌焼きに加え、豚の角煮が付くのが湯之島館の伝統とされ、ご飯は岐阜県産コシヒカリ。厳冬期の1〜2月に訪ねるなら、雪をかぶった杉木立を渡り廊下のガラス越しに眺め、夜は尼子の焼物と飛騨牛の会席、朝は朴葉味噌という、土地の冬を一泊で通して味わう組み立てになります。冬の具体的な献立は、その月の公開献立で確認するのが確実です。

集約レビューが映すこの宿の本質

公開レビューデータを集計すると、この宿への評価は料理、温泉、接客の三つに厚く集まっています。とりわけ客室からの眺めへの言及は、否定的な傾向がほとんど見られません。昭和初期の建物そのものを目的に訪れる客が多く、海外からの宿泊客の比率も高いことが、言語の分布から読み取れます。

一方で、建物の古さに関する言及は評価が割れる項目です。設備の新しさや防音を重視する人にとっては弱点になり得る、という構図が見えます。数寄屋の本館を「古い」と受け取るか「本物」と受け取るか。宿の評価は、この一点で大きく分かれると言えそうです。建築を見に行く人には強く響き、ホテル的な快適さを求める人は別館や景山荘を選ぶ。その選び分けができる規模があることも、67室のこの宿の強みです。

立地と周辺

宿は下呂の温泉街から車で約5分、湯之島山の中腹にあります。JR下呂駅からは宿の送迎バスが出ており、駅発は13:35から17:25まで。名古屋からは特急ひだで約1時間30分です。坂を下ると温泉寺があり、散歩にはちょうど良い距離ですが、帰りは上り坂になります。敷地内の展望台からは下呂の町を一望でき、足湯「山の足湯」も源泉を引いています。

こんな旅人に — 向く人 / 向かない人

  • 向く:
    近代和風建築や数寄屋の意匠を実物で見たい人、左官・建具・木工など伝統工芸に関心のある人、雪の季節に木立の中で静かに過ごしたい大人の二人旅、昭和初期の旅館文化を体験したい海外からの旅行者
  • 向かない:
    防音や最新設備を重視する人(本館の防音は創業時のまま)、階段の移動が負担になる人(一部特別室は階段利用が必要)、温泉街を歩いて夜遊びしたい旅程(宿は町から離れた高台)

編集部の評価

評価の内訳: 立地(高台と木立) / 設備(源泉と文化財の本館) / 体験(建築と会席) / 価格感 / 編集適合度。公開レビューの高い集約評価と十分な件数に、本館の建築的価値というテーマ適合を加えた数値です。

よくある質問

Q. 湯之島館の本館はいつ建てられ、どのような文化財ですか?

A. 本館・玄関・渡り廊下はいずれも1931(昭和6)年の建築で、2010年1月15日に国の登録有形文化財に登録されました。本館は木造3階建、建築面積462㎡です。

Q. 文化財の本館に泊まることはできますか?

A. 泊まれます。本館には一般客室のほか、「七重八重之間」「雲井之間」「山楽荘」などの特別室があります。本館の防音は当時のままである点は、宿自身も案内しています。

Q. 冬に訪ねる魅力は?

A. 1〜2月は杉木立の雪を渡り廊下や広縁から眺められる時期で、会席の焼物は冬の尼子が中心になります。積雪は年によって差があるため、車の場合は冬装備を前提に計画してください。

Q. アクセスと予約の目安は?

A. JR下呂駅から宿の送迎バスで向かえます。宿は月単位で販売を開始しており、2027年1月・2月分の販売開始も公式サイトで告知されています。

本記事の参考情報

編集部から

一軒の宿を建築から読むと、客室の良し悪しより先に、その宿が「誰の、どんな時間のために」建てられたのかが見えてきます。湯之島館の本館は、昭和初期の中京圏の余暇と、飛騨の棟梁や左官の仕事が、ひとつの森の中で重なった結果でした。黒漆喰の壁、赤壁と杉皮の廊下、雁行する客室の窓。冬の朝、渡り廊下の揺らぐガラス越しに雪の木立を眺める時間は、この宿でしか得られないものです。次は、同じ時代に建てられた他の温泉地の木造旅館と並べて読んでみたい。昭和初期の旅館建築は、土地ごとにどんな違いを見せるのでしょうか。

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