柱を、コンクリート基礎に金物で緊結しない。礎石の上に、置く。石場建てと呼ばれる伝統構法は、地震で建物が「滑って」力を逃がす思想を骨格に持つ。現行の建築基準法では新築での採用がほぼ不可能な工法だが、明治期以前から立ち続ける古民家は、そのまま石場建てで残っている。ここに紹介する 3 軒は、いずれも古民家再生の宿。改修にあたって基礎から作り直さず、玉石と柱の関係を客室に見せる、という判断をした宿である。夏の床下には、涼しい風が抜ける。

# 宿 所在 Score 目安価格 構法の見どころ
1 NIPPONIA 美濃商家町 岐阜・美濃 93 6 ¥57–¥76k うだつ町並みの商家、太い大黒柱と貫の見せ方
2 NIPPONIA 小菅 源流の村 山梨・小菅村 91 4 ¥76–¥98k 崖側に張り出した「崖の家」で束石が仰げる
3 古民家宿るうふ 織之家 山梨・大月 89 1 ¥75–¥105k 絹織物家屋の三階建て木造、梁の縦積み

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

1. NIPPONIA 美濃商家町 — 岐阜・美濃

うだつの上がる町並みに、和紙商の商家二棟を客室に。石場建ての骨格を、そのまま滞在の風景として引き受けた宿。

Media Picks Score: 93 / 100  6室、古民家再生ホテル(商家改装)。

目安価格 ¥57,000–¥76,000 / 泊 (2名1室・通常期)


NIPPONIA 美濃商家町 — 岐阜・美濃市 · 和紙商の商家を客室に転用した石場建ての古民家宿
PHOTO: NIPPONIA 美濃商家町 — 公式サイトを見る →

構法をどう見せているか

美濃は江戸から明治期にかけて和紙の集散地として栄えた町で、防火のために両側面を高く積んだ卯建(うだつ)が並ぶ通りは国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。この宿は、その中に残る二軒の商家「山城屋」「山下屋」を再生し、6 室と 4 棟の蔵を客室に転用した。石場建ての柱は、建物の重量を礎石という「点」で受ける。改修時にコンクリート布基礎で緊結してしまえば、この構法は失われる。ここは違う。1 階の一部で床板を張らずに框を上げ、柱の足元と玉石の関係が見えるように残した。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計したところ、施設ハード面(建築・室内空間・調度)への評価が突出して高い。特に「うだつ町並みの中に泊まる」という文脈への納得感、和紙のあしらいと商家の空間の統合、朝夕の食事における地の素材の使い方が繰り返し支持されている。一方、部屋の広さや水回りの独立性は現代のラグジュアリー基準では控えめとする声も見て取れ、建築を目的に据える旅程のほうが噛み合う。

向く旅程 / 向かない旅程

  • 向く:
    建築や伝統工芸を旅の主題に置く 2 泊、大人 2 人の記念日、うだつ町並みを歩きたい旅慣れた読者
  • 向かない:
    幼児連れの家族(框段差や商家由来の動線が多い)、水回りの現代的スペックを重視する旅程、車移動なしで美濃に入る旅(JR 美濃太田から長良川鉄道乗り継ぎで約 30 分)

具体情報

  • 最寄り駅: 長良川鉄道 美濃市駅から徒歩約 10 分
  • 客室: 6 室(本館「山城屋」「山下屋」+蔵 4 棟)
  • 建物: 明治期の和紙商住居 2 棟を改修(2019 年開業)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
  • 食事: 朝食・夕食ともに地の素材を使う会席
  • 周辺: 重要伝統的建造物群保存地区、うだつの町並み


2. NIPPONIA 小菅 源流の村 — 山梨・小菅村

村の総人口 700 人の集落に、150 年前の庄屋を核とした 4 室。「崖の家」では、束石を仰ぐことができる稀な客室がある。

Media Picks Score: 91 / 100  4室、古民家再生ホテル(庄屋改装+崖上一棟貸し)。

目安価格 ¥76,000–¥98,000 / 泊 (2名1室・通常期)


NIPPONIA 小菅 源流の村 崖の家 — 山梨・小菅村 · 崖上に張り出した石場建て古民家の一棟貸し
PHOTO: NIPPONIA 小菅 源流の村 — 公式サイトを見る →

構法をどう見せているか

小菅村は東京都との県境、多摩川最上流の集落で、住民約 700 人。この宿の本館「大家(おおや)」は 150 年以上前の庄屋住宅を改修した 4 室である。加えて 2020 年に開業した「崖の家」は、集落の崖沿いに張り出した二棟の一棟貸し。石場建ての建物を崖側に立てるとき、束石は基礎ではなく地形そのものが背景に見える。この一棟では、床下と束石の関係が、外の斜面越しに視覚的に読める。「柱が地面から浮いている」構図は、平地の商家改修では絶対に得られない眺めである。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計したところ、「村全体がホテル」という運営思想への評価が最も強い。道の駅がラウンジ、村の温泉がスパ、村人がコンシェルジュという分散型ホテルのフレーム自体が滞在の中心にある。建築面では、崖の家の張り出しと床下の眺めへの言及が繰り返される。一方、アクセスは中央道大月 IC から約 30 分の山道で、悪天候時の運転や公共交通のみでの到達は難しい旨の指摘も混じる。

向く旅程 / 向かない旅程

  • 向く:
    車で 2 泊以上滞在する大人 2 人、建築と地形の関係に関心のある旅、東京から近い秘境志向
  • 向かない:
    公共交通のみで到達する旅程、幼児連れ(分散型のため夜間の移動あり)、天候不順時の運転を避けたい旅程

具体情報

  • アクセス: 中央道 大月 IC から車で約 30 分
  • 客室: 本館「大家」4 室 + 崖の家 2 棟(一棟貸し)
  • 建物: 150 年以上の庄屋住宅、崖の家は明治期農家改修(2019・2020 年開業)
  • チェックイン: 15:00〜18:00 / アウト 〜11:00
  • 食事: 大家棟レストランで在来種の食材を使う夕食
  • 周辺: 多摩川最上流、道の駅こすげ、村営温泉


3. 古民家宿るうふ 織之家 — 山梨・大月

築 100 年、絹織物家屋の三階建て木造を一棟貸しに。垂直に積まれた梁と柱の関係が、他のどこよりも濃く残る。

Media Picks Score: 89 / 100  1室(一棟貸し)、古民家再生宿(絹織物家屋改装)。

目安価格 ¥75,000–¥105,000 / 泊 (2名1室・通常期)


古民家宿るうふ 織之家 — 山梨・大月市 · 築100年の絹織物家屋を再生した三階建て木造の一棟貸し
PHOTO: 古民家宿るうふ 織之家 — 公式サイトを見る →

構法をどう見せているか

大月市は甲州街道の宿場町として栄えた地で、明治から昭和初期にかけて絹織物の生産が集中した。「織之家」はその時代の絹織物家屋 — 蚕を飼い、機を織るために三階建てに拡張された民家 — を一棟貸しに転用した宿である。三階建ての木造は、石場建ての礎石一点で建物全体を支える構造の限界に近い。中に入ると、大黒柱と 2 階、3 階を突き上げる通し柱、その間を横に走る梁と貫が、幾何学的に組まれている。改修では床と水回り、断熱、電気を更新したが、この骨格には手を入れていない。三階からは大月の山並みが、機屋の窓割りのまま見える。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計したところ、一棟貸しゆえの静けさとプライバシー、そして「木の家に泊まっている」という素材感への評価が中心である。梁と柱の見せ方、囲炉裏の実用、庭の焚き火など、時間の使い方に自由度がある旅程との相性が支持されている。一方、キッチンでの自炊、寝具や暖房の準備を自分で行う要素が残るため、フルサービスの旅館に慣れた層には手数の多さと映る場合もある。

向く旅程 / 向かない旅程

  • 向く:
    大人 2〜4 人の一棟貸し、料理を自分で組み立てる旅、木造建築を長時間観察したい滞在
  • 向かない:
    フルサービス旅館型のもてなしを求める旅、幼児連れ(三階建て木造は階段が急)、短時間滞在

具体情報

  • アクセス: JR 中央本線 大月駅から車で約 15 分(東京から約 90 分)
  • 客室: 1 棟貸し(最大 6 名、複数室・囲炉裏・キッチン付き)
  • 建物: 築約 100 年の絹織物家屋、木造三階建て
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
  • 食事: 素泊まりが基本、地元の食材オプションあり
  • 運営: 株式会社るうふ(山梨・千葉で 13 施設展開)


よくある質問

Q. 石場建て(伝統構法)とは何ですか?

A. 柱をコンクリート基礎に金物で緊結せず、礎石(束石)の上に「置く」構法です。地震の揺れが来たとき、建物ごと礎石の上を滑って力を逃がすという設計思想を持ちます。現行の建築基準法(1950 年制定)では新築での採用がほぼ不可能ですが、明治期以前の民家や商家は既存不適格建築物としてこの構法のまま残っていることがあります。

Q. なぜ古民家再生宿でしかこの構法を体験できないのですか?

A. 現行法で新築する場合、限界耐力計算という高度な構造計算を通せば理論的には可能ですが、審査に膨大な手続きと費用がかかります。一方、伝統構法で建てられた既存の民家を全面的な建て替えではなく改修という形で継承する場合、既存の骨格(柱・梁・貫・礎石)を残したまま宿泊業に転用できるため、事実上、古民家再生宿がこの構法を客室に残す唯一の実用的経路になっています。

Q. 建物の年代はどう確認できますか?

A. 各宿の公式サイトで築年、開業年(改修完了年)が明記されています。本記事の 3 軒は、明治期の商家(美濃)、150 年前の庄屋(小菅)、築 100 年の絹織物家屋(るうふ 織之家)です。

Q. 家族連れでも泊まれますか?

A. 建物構造上、框段差や急な階段、狭い水回りが残るため、幼児連れには向きません。大人 2〜4 人の旅程、あるいは学齢期以上の子と大人 3 人で「木造建築を体験する」目的の旅として適しています。

Q. 予約はどこから可能ですか?

A. 3 軒すべて公式サイトで直接予約が可能です。特に「崖の家」(NIPPONIA 小菅)や織之家(るうふ)は一棟貸しで数が限られ、週末は数ヶ月先まで埋まる傾向があります。平日は比較的取りやすい時期があります。

本記事の参考情報

文化庁:重要伝統的建造物群保存地区制度 — 美濃市うだつ町並みの制度背景
Wikipedia: 石場建て — 伝統構法の技術的解説
日本建築構造技術者協会:伝統構法の構造設計 — 限界耐力計算法と既存不適格の位置付け

編集部から

石場建てを残す判断は、いずれの宿でも「基礎を作り直さない」という消極的選択の結果ではない。柱と礎石の関係が読める床、貫が柱を貫通する架構、大黒柱の年輪、これらを客室の風景として設計に組み込むという能動的な判断が働いている。建築構法という視点で日本の宿を見るとき、古民家再生宿は極めて特殊な観察対象になる。次は、石場建てから一歩進んで、伝統構法での新築に踏み込んだ宿を編集部として追いたい。それは今なお全国に数えるほどしか存在しない。

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