板葺き(いたぶき)の屋根を持つ宿は、いま日本にどれほど残っているか。薄い椹板(さわら)を重ね葺く杮葺(こけらぶき)は20〜30年で葺替が必要で、厚い栗・椹板を重ねる栩葺(とちぶき)でも30〜50年が限度。瓦と比べれば短命の屋根を維持し続けるには、職人の手と費用と、なにより意志が要る。京都の老舗数寄屋三軒、村野藤吾が翻案した戦後の数寄屋風別館、そして松本の山あいで現代の旅館建築が板葺きの軒を再解釈した一軒。梅雨明け前の屋根面が雨に濡れて艶を帯びるこの時季に、五軒を並べる。
| # | 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 俵屋旅館 | 京都・中京区 | 95 | 18 | 非公表 | 1704年創業、数寄屋造りに残る板葺き軒の系譜 |
| 2 | 柊家 | 京都・中京区 | 95 | 28 | ¥80–¥240k | 1818年創業、麸屋町の数寄屋老舗、椹板の軒 |
| 3 | 要庵 西富家 | 京都・中京区 | 91 | 7 | ¥85–¥175k | 1873年創業、Relais & Châteaux 加盟の数寄屋懐石 |
| 4 | ウェスティン都ホテル京都 佳水園 | 京都・東山区 | 95 | 20 | 非公表 | 1959年村野藤吾設計、檜皮葺意匠を現代に翻案 |
| 5 | 扉温泉 明神館 | 長野・松本市入山辺 | 95 | 44 | ¥82–¥210k | 渓谷の一軒宿、山岳建築としての板葺き軒の再解釈 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)。一部宿は直販のみで価格データの集計対象外。
1. 俵屋旅館 — 京都・中京区
1704年創業、麸屋町の路地に18室。板葺きの軒を継ぐ数寄屋の極致として、編集部が筆頭に挙げる一軒。
Media Picks Score: 95 / 100 18室、数寄屋造りの料理旅館。

なぜ選ばれるか
俵屋旅館の屋根は、ただ古いのではない。数寄屋という建築様式が板葺きの軒(のき)と一体で成立してきたことを、建物全体で証明している。深い軒、低い勾配、繊細な垂木の見せ方。雨を裾に逃がし、室内に柔らかい反射光を引き込む板葺きの軒は、瓦屋根の重さと拮抗しない。この軒先の繊細さが、室内の障子・掛軸・畳の格を決める。300年の改築の積層は、屋根の葺替周期と無関係に語れない。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、建築の格と運営の精度の双方を評価する声が圧倒的に多い。客室の素材選定、配膳の所作、夜と朝で印象が変わる中庭の見せ方。「料理旅館」という肩書きの一語に集約しきれない多層的な体験への、書き手それぞれの観察が読み取れる。立地に対する評価は中京区という都心の利を強調するものが多く、移動の効率と滞在の静謐が両立している点が支持される。
向く人 / 向かない人
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向く:
数寄屋建築・茶の湯文化の系譜を読みたい人、京都を季節を選んで何度も訪れる旅、海外からの上質志向の旅行者 -
向かない:
洋食中心の食事を望む人、観光地を効率的に巡る短時間滞在の旅程、幼児連れ(客室の意匠と段差の都合)
具体情報
- 所在: 京都市中京区麸屋町通御池下る
- 最寄り駅: 京都市営地下鉄 京都市役所前駅から徒歩 3 分
- 客室数: 18室(数寄屋造りの離れ・本館)
- 食事: 朝食・夕食ともに京懐石、客室出し
- 創業: 1704年(宝永元年)
2. 柊家 — 京都・中京区
1818年創業、麸屋町通の数寄屋老舗。文豪が定宿に選び続けた理由を、屋根の軒先と障子越しの光が物語る。
Media Picks Score: 95 / 100 28室、数寄屋造りの料理旅館。
目安価格 ¥80,000–¥240,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
柊家の建築の見所は、新館と本館で時代の異なる数寄屋意匠を並べて読めることにある。本館の軒の薄さ、低めの腰板、虫籠窓の格子。新館は意匠を踏襲しつつ現代の動線と寸法に整えた。屋根材は瓦と銅板と板葺きが混在するが、軒先の見せ方には数寄屋の論理が一貫している。深い軒下の影と、その先に切り取られた中庭の光。設計図には現れにくい「軒の効き方」が、滞在の質感を決めている。
集約レビューの傾向
公開レビューを集計すると、建築の歴史と現代的な客室の使い勝手の両方を評価する声が中心を占める。新館で予約した宿泊者からは設備面の安心感、本館で予約した宿泊者からは数寄屋の意匠への深い満足が読み取れ、評価軸が部屋タイプによって明確に分かれる。料理の質、配膳の所作、朝食の繊細さに対する記述が多い点も特徴的。「文豪が好んだ宿」という観光的な紹介を超えた、建築への観察を含む書き込みが目立つ。
向く人 / 向かない人
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向く:
初めて京都の老舗旅館に泊まる人、川端康成・三島由紀夫らの文学経路を追体験したい人、建築鑑賞と食を同等に楽しみたい人 -
向かない:
洋室・洋ベッドが必須の人(本館は和室主体)、観光スケジュールの密度を優先する短時間滞在
具体情報
- 所在: 京都市中京区麸屋町通姉小路上る中白山町
- 最寄り駅: 京都市営地下鉄 京都市役所前駅から徒歩 4 分
- 客室数: 28室(本館・新館)
- 食事: 朝食・夕食ともに京懐石
- 創業: 1818年(文政元年)
3. 要庵 西富家 — 京都・中京区
1873年創業、1992年に7室の小さな数寄屋へ生まれ変わった懐石宿。Relais & Châteaux 加盟、京都最小規模の老舗。
Media Picks Score: 91 / 100 7室、数寄屋造りの料理旅館。
目安価格 ¥85,000–¥175,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
1873年に「西富家」として開業し、1992年の改修で「要庵 西富家」と改称、客室数を10室規模にまで絞った稀有な宿。屋根は本格的な杮葺ではないが、軒の出と勾配、垂木の見せ方に数寄屋の正統が貫かれている。茶室併設、季・器・機の三軸で構成される懐石、Relais & Châteaux 加盟という三点が、京都の小規模旅館としての立ち位置を明確に示している。屋根材より、屋根が作る軒下空間の精度を見るべき宿。
集約レビューの傾向
公開レビューを集計すると、料理への評価が最も多く、続いて茶室・露地の意匠、当主家族による接遇が論じられる。客室数が少ないため評価軸が一貫しやすく、料理長の手と接遇の精度が宿の印象を決めることが分かる。一方、設備面の年代について触れる声も一定数あり、新築の宿に求める設備水準とは異なる視座が必要であることが見えてくる。「150年続く宿に泊まる」という体験そのものへの敬意が読み取れる書き込みが多い。
向く人 / 向かない人
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向く:
茶の湯・懐石を一通り学んだ大人の旅、記念日に小規模な宿を選ぶ二人、ヨーロッパ式ホスピタリティの基準を持つ海外客 -
向かない:
設備の新しさを優先する人、大浴場志向の人(客室の湯のみ)、団体旅行
具体情報
- 所在: 京都市中京区柳馬場通御池下る
- 最寄り駅: 京都市営地下鉄 烏丸御池駅・京都市役所前駅から徒歩圏
- 客室数: 7室
- 食事: 朝食・夕食ともに数寄屋の懐石(個室)
- 創業: 1873年(明治6年)、1992年に現名称へ改修
- 加盟: Relais & Châteaux
4. ウェスティン都ホテル京都 和室別館 佳水園 — 京都・東山区
1959年、村野藤吾が華頂山の地形に挿入した数寄屋風別館。檜皮葺の意匠を低勾配の屋根で翻案した、戦後モダニズムの一里塚。
Media Picks Score: 95 / 100 20室、数寄屋風別館。

なぜ選ばれるか
佳水園の屋根は、村野藤吾が日本古来の桧皮葺・板葺きの意匠を戦後の数寄屋として再構成した代表例。低い勾配、長く伸ばした軒、薄く見せる垂木と化粧木舞。素材は実材としての板葺きではないが、屋根面の表情と軒の出は明らかに板葺き建築の系譜にある。2020年にNAP建築設計事務所が改修を担当し、客室寸法を拡張しつつ、外観・渡り廊下・ロビーといった村野の動線設計を継承。屋根論として読むべき宿。
集約レビューの傾向
公開レビューを集計すると、改修後の客室の広さ(平均約70㎡)と天然温泉付きという機能評価、そして建築意匠への評価が並列で語られる。村野藤吾の名と佳水園の名を知って訪れる宿泊者の比率が高く、客室から見た中庭の構成、瓢箪型の石組と滝、白砂の景観への記述が目立つ。一方、ホテル全体の規模と数寄屋風別館の落差を新鮮に受け取る声もあり、「ホテルの中に旅館がある」という構造そのものが評価される。
向く人 / 向かない人
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向く:
村野藤吾・戦後モダニズム建築の鑑賞層、温泉と数寄屋を都心ホテルで体験したい人、デザインホテル志向で和室を試したい層 -
向かない:
純粋な古典数寄屋を求める人(現代翻案), ホテル本館の喧騒を完全に避けたい人
具体情報
- 所在: 京都市東山区粟田口華頂町(ウェスティン都ホテル京都7階)
- 最寄り駅: 京都市営地下鉄 蹴上駅から徒歩 2 分
- 客室数: 20室(平均約70㎡、天然温泉風呂付き)
- 設計: 1959年 村野藤吾 / 2020年改修 NAP建築設計事務所
5. 扉温泉 明神館 — 長野・松本市入山辺
標高1050mの渓谷に佇む一軒宿。山岳建築としての板葺き軒を現代に翻案した、Relais & Châteaux 加盟の旅館。
Media Picks Score: 95 / 100 44室、山岳渓谷の温泉旅館。
目安価格 ¥82,000–¥210,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
1931年創業、八ヶ岳中信高原国定公園の渓谷に立つ一軒宿。屋根は山岳建築の論理に基づき、深い軒で雪と雨を逃がし、室内に低く落ち着いた天井高を確保する。改修によって板葺き意匠の軒を再解釈し、信州産材の使用と現代の建材を組み合わせた屋根面が、谷あいの風景に溶け込む。フレンチと日本料理を選べる食堂構成、扉農場の自家野菜、Relais & Châteaux加盟という三点で、山岳の現代旅館像を提示している。
集約レビューの傾向
公開レビューを集計すると、温泉(アルカリ性単純泉、38〜40℃)と食事への評価が突出して高く、続いて建築意匠と立地の静謐への記述が並ぶ。松本駅から車で約30分という距離が、宿の隔絶感を保つ要因として支持される。フレンチと日本料理の二本立てに対して、滞在中の食の選択肢として歓迎する声が多い。山岳の渓谷で食材調達の制約があるなかで、扉農場という自前の食材源を持つ運営構造への評価も読み取れる。
向く人 / 向かない人
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向く:
山岳建築・現代旅館建築の鑑賞層、フレンチも和食も食べたい二泊三日の滞在、温泉と渓谷景観を同時に味わいたい層 -
向かない:
街歩き重視の旅程(山中の一軒宿)、公共交通のみで移動したい人(松本駅から送迎/車利用前提)
具体情報
- 所在: 長野県松本市入山辺8967
- 最寄り駅: JR松本駅から車で約30分(送迎あり)
- 客室数: 44室
- 温泉: アルカリ性単純泉、源泉38〜40℃
- 食事: 日本料理 / フレンチ(自家農園「扉農場」野菜使用)
- 創業: 1931年、加盟: Relais & Châteaux
よくある質問
Q. 杮葺(こけらぶき)と栩葺(とちぶき)の違いは何ですか?
A. 杮葺は厚さ2〜3mm程度の薄い椹板(さわら)や杉板を重ね葺く工法で、神社仏閣や数寄屋建築に用いられる。葺替周期は20〜30年。栩葺は厚さ10〜30mmの厚い栗・椹板を重ねる工法で、より素朴な印象を与え、葺替周期は30〜50年。どちらも竹釘で留め、軒の出と勾配で雨を切るのが原則。
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 板葺きの屋根面が最も美しく見えるのは、梅雨明け前の7月中旬から下旬。雨を吸って濡れた木肌が乾く過程で、屋根面に独特の艶が浮かぶ時期。京都の三軒は祇園祭(7月)、扉温泉は新緑から夏の渓谷景観が見頃。冬は雪化粧した板葺き軒の意匠美が際立つ。
Q. 予約のタイミングは?
A. 京都の老舗三軒(俵屋・柊家・要庵 西富家)は2〜3ヶ月前から特定日が埋まり始める。紅葉期(11月)、祇園祭期(7月)、桜期(4月初旬)は半年以上前の予約が必要。佳水園と扉温泉 明神館は1〜2ヶ月前で取れる場合が多いが、連休と紅葉期は同様に早期予約が望ましい。
Q. アクセスは?
A. 京都の三軒および佳水園は京都駅から地下鉄で15〜20分、徒歩を含めて30分以内。扉温泉 明神館は松本駅から車で約30分、送迎サービスあり。北陸新幹線または特急しなので東京から松本まで2時間半、京都までは新幹線で2時間15分。
Q. インバウンド客の利用は?
A. 俵屋・柊家・要庵 西富家・佳水園・明神館はいずれも英語対応スタッフが在籍し、欧米の旅行ガイド・建築誌で高い知名度を持つ。Relais & Châteaux 加盟は要庵 西富家と扉温泉 明神館。海外のリピーター層からの評価が安定的に積み上がる宿が中心。
本記事の参考情報
・京都市公式 京都観光Navi — 京都市内の老舗旅館情報
・文化遺産オンライン: 俵屋旅館 — 文化財建築情報
・Wikipedia: 杮葺 — 板葺き屋根工法の概説
編集部から
板葺きという屋根工法は、瓦や金属屋根に比べて短命であり、維持に職人と費用と意志を要する。にもかかわらずこの工法を継承する宿が日本に残る理由は、屋根が建築の格を決めるという思想が、数寄屋建築の系譜に深く根付いているからに他ならない。京都の老舗三軒は江戸〜明治期の意匠を継ぎ、佳水園は戦後モダニズムの翻案を提示し、扉温泉 明神館は山岳の現代旅館として再解釈する。五軒を並べて読むと、屋根論が宿論であることが見えてくる。次は屋根に対する反論として「土壁」と「漆喰」の素材論で宿を選び直す予定。あなたなら、どの軒下に座ってみたいだろうか。