宮城・岩手・秋田の三県境に立つ栗駒山(標高1,626メートル)の紅葉は、秋分のころ山頂から始まり、十月上旬にかけて麓へ降りてくる。山頂と麓のこの時間差ゆえに、旅程を標高順に組めば、色づきの前線を三日かけて追い越すことになる。本稿は須川高原から小安峡、泥湯へと標高を下げる二泊三日の道筋に、室数の少ない山の湯宿を三軒置いた。いずれも湯屋か本館の造りに読みどころがあり、道は山岳路、営業期間にも制約がある。九月末から十月上旬、錦の始まる短い窓に向けた編集である。

日程 宿 エリア Score 客室 目安価格 1行特徴
1泊目 栗駒山荘 秋田・東成瀬村
須川温泉
93 24 ¥48–¥55k 標高約1,100メートルの展望大浴場。正面に鳥海山、眼下にイワカガミ湿原
2泊目 旅館 多郎兵衛 秋田・湯沢市
小安峡温泉
90 19 ¥20–¥42k 樹齢百年・全長50メートルの秋田杉の梁と、阿蘇の石を敷いた大浴場
3日目 泥湯温泉 奥山旅館 秋田・湯沢市
泥湯温泉
92 9 ¥53–¥65k 新湯・天狗の湯・川の湯の三源泉。本館は2019年の再建
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※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

初日 — 一ノ関から国道342号を上り、須川高原へ

栗駒山は岩手では須川岳、秋田では大日岳、宮城では駒ヶ岳と呼ばれる。名の数だけ登り口があるということで、初日は岩手側から入る。JR一ノ関駅から国道342号を46キロ、およそ80分。標高を上げるにつれ広葉樹が針葉樹に替わり、県境の峠に出た瞬間、硫黄の匂いと湯煙が視界に立ち上がる。ここが須川高原である。九月末なら、この高さでもう色は回っている。山頂の錦は秋分のころに始まり、十月上旬にかけて麓へ降りるから、初日に山上を踏むのは前線の先頭に立つことに等しい。

1泊目|栗駒山荘 — 秋田県東成瀬村・須川温泉

標高1,126メートルで自噴する強酸性の湯を、鳥海山を正面に据えた展望大浴場から読む一軒。

Media Picks Score: 93 / 100  24室、山岳高地の公営宿。

目安価格 ¥48,000–¥55,000 / 泊 (2名1室・通常期)


栗駒山荘 — 秋田県東成瀬村・須川高原 · 標高1,100メートル台に建つ全24室の山岳宿、黒い外壁の三層
PHOTO: 栗駒山荘 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

須川の源泉は標高1,126メートルの高地で単独に自噴し、湧出量は毎分6,000リットルに達する。泉質はpH2.1の強酸性、明礬緑礬泉。源泉温度49.5度。標高約1,100メートルに置かれた展望大浴場からは、左手に秣岳、右手にブナ原生林の野鳥の森、眼下にイワカガミ湿原、そして正面中央に出羽富士こと鳥海山が並ぶ。湯そのものと、その湯に浸かったまま見る地形とが同じ設計思想で結ばれている宿である。全24室、営業予定期間は四月下旬から十月末までと公式に定められている。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、評価はほぼ二点に収束する。源泉の量と、窓の外に置かれた地形である。設備の目新しさや料理の凝りかたで競う宿ではなく、標高が生む眺望を主軸に据えた評価構造が見て取れる。他方、山上ゆえの制約 — 高地での水の供給、幹線道路の通行規制、電波環境 — に触れる傾向も一定量あり、都市型ホテルの利便を前提に選ぶと評価が割れやすい。紅葉期の混雑に言及する傾向も強い。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    紅葉の始まりを山頂側から追う旅、強酸性泉を目的に据える湯めぐり、朝の一番に鳥海山の眺望を置きたい旅程
  • 向かない:
    十一月から四月中旬の訪問(営業は四月下旬〜十月末)、夜に山道を走りたくない旅程(幹線道路には夜間通行止めの規制期間がある)、客室で湯を独占したい滞在(浴室付きは洋室ツインと和洋室のみ)

具体情報

  • アクセス: JR一ノ関駅から国道342号を46km・約80分。岩手県交通の路線バス(一ノ関駅〜須川温泉)は2026年は6月13日〜10月31日の季節運行
  • 客室: 全24室(和室10畳15室/和室16畳1室/洋室ツイン3室/洋室シングル3室/和洋室2室)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
  • 湯: pH2.1の強酸性・明礬緑礬泉、源泉温度49.5℃、標高1,126mで自噴・毎分6,000L。入浴不可は9:00〜10:00と23:30〜5:00
  • 営業予定期間: 4月下旬〜10月末(国道342号の冬期通行止め解除日を営業開始日とする)
  • 館内: 展望レストラン「くりこま」80席(稲庭うどんと石臼挽き日本そばが中心)、全館全室終日禁煙


二日目 — 須川から県道282号・国道398号を下り、小安峡へ

朝は湯に入れない時間帯がある。九時から十時は清掃、深夜は源泉の張り替えにあてられるから、朝湯は早い時刻に済ませておく。名残ヶ原の木道を歩いて宿へ戻り、秋田側へ下る。県道282号は通称・栗駒道路。上下二車線の山岳路で、標高が落ちるにつれ紅葉が未完成へと若返っていく。国道398号に合流して皆瀬川の谷に入ると、そこが小安峡である。前日に山上で見た色が、ここではまだ数週間先の話になっている。同じ山塊を下るだけで暦が巻き戻るという、この旅程の核心が二日目に現れる。

2泊目|旅館 多郎兵衛 — 秋田県湯沢市・小安峡温泉

樹齢百年・全長50メートルの秋田杉の梁を、湯船から見上げるために造られた大浴場。

Media Picks Score: 90 / 100  19室、当代十二代の湯宿。

目安価格 ¥20,000–¥42,000 / 泊 (2名1室・通常期)


旅館 多郎兵衛 — 秋田県湯沢市・小安峡温泉 · 大浴場「薬師の湯」、樹齢百年の秋田杉の梁と阿蘇の石を敷いた湯船
PHOTO: 旅館 多郎兵衛 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

皆瀬川の侵食が刻んだ渓谷、小安峡。開湯は江戸時代初期にさかのぼり、渓谷沿いに八軒の宿が並ぶ。多郎兵衛は当代で十二代を数える。読みどころは大浴場「薬師の湯」で、樹齢百年・全長50メートルの秋田杉の梁を架け、敷石には熊本・阿蘇から運んだ石を用いる。杉の梁を見上げ、足裏で阿蘇の石を踏む — 二つの産地を一つの湯屋に同居させた造りである。変わり風呂「陶喜の湯」は湯船に宮城県栗原市の栗駒焼を敷き詰め、露天は「風の湯」一つ。離れの「三宝の湯」は源泉かけ流しだが、雪崩の恐れから十一月中旬から三月まで閉じる。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、評価の重心は浴場の数と造作に置かれている。四つの湯を早朝五時の男女入れ替えで回す運用、貸切「子宝の湯」が宿泊者は無料であること、そして女将の手による献立 — 皆瀬牛と岩魚を軸に据えた膳 — が評価軸として繰り返し現れる。一方、夕食会場が一階の大宴会場である点、階段でのみ上がる客室がある点は、静けさと動線を優先する滞在では評価が分かれる傾向にある。目安価格の幅が広いのは、客室等級と食事内容の差がそのまま反映されるためである。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    湯屋の素材(秋田杉・阿蘇石・栗駒焼)を目当てにする滞在、大噴湯まで歩いて往復したい旅程、湯沢駅から送迎で入りたい人
  • 向かない:
    露天を長く占有したい滞在(露天は「風の湯」一つで男女入れ替え制)、十一月中旬〜三月に離れの湯を目的とする訪問、階段の昇降を避けたい人(一部客室は階段のみ)

具体情報

  • アクセス: JR奥羽本線 湯沢駅から送迎あり(前日まで要予約/湯沢駅東口13:45発・旅館14:45着)。駐車場は無料
  • 客室: 総19室(和室15室/和洋室4室)。特別室「聴泉」は1日1組限定
  • チェックイン: 15:00 / アウト 〜10:00
  • 食事: 夕食は1階大宴会場で17:30〜21:00(開始最終19:00)、部屋食は2名までで事前相談。朝食は7:30〜9:00
  • 湯: 単純泉。大浴場「薬師の湯」は宿泊者24時間、男女入れ替えは早朝5:00。貸切「子宝の湯」は宿泊者無料・最大50分
  • 立ち寄り: 日帰り入浴 大人700円、貸切風呂50分2,000円。館の入口手前に無料の足湯


三日目 — 県道51号で泥湯へ上り返し、川原毛から湯沢へ抜ける

三日目は下るのではなく、いったん上り返す。小安から県道51号を木地山方面へ上ると、山あいのわずかに開けた小盆地に泥湯温泉がある。標高は須川と小安峡の中間にあたり、色づきもその通りに中間で止まっている。ここまで来ると、紅葉が標高の関数であることが体感として腑に落ちる。宿は二軒だけ。日本三大霊地に数えられる川原毛地獄が近く、荒涼とした白い斜面と、そこから流れ落ちる川原毛大湯滝へはそれぞれ専用の駐車場から徒歩1分で立てる。湯に浸かり、地獄を歩いて、湯沢駅へ下るのが最終日の骨格である。

3日目|泥湯温泉 奥山旅館 — 秋田県湯沢市・泥湯温泉

三本の源泉を引く9室。2019年に建て直した本館は、秋田杉と古材で組まれている。

Media Picks Score: 92 / 100  9室、栗駒国定公園内の一軒宿。

目安価格 ¥53,000–¥65,000 / 泊 (2名1室・通常期)


泥湯温泉 奥山旅館 — 秋田県湯沢市 · 白濁の「新湯」を注ぐ男女別大露天風呂、暮れかけの山肌と灯り
PHOTO: 泥湯温泉 奥山旅館 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

泥湯温泉は栗駒国定公園内、開湯は千二百年前とも伝わる湯治場で、いま営むのは小椋旅館と奥山旅館の二軒のみ。奥山旅館は2016年七月の火災で本館ほか三棟を焼失し、2019年四月に再建して営業を再開した。湯沢市の紹介によれば、本館は秋田杉と古材を用いた造りである。湯は「新湯」「天狗の湯」「川の湯」の三源泉。男女別の大露天風呂に注ぐのが新湯で、白濁した湯が岩を組んだ広い湯船を満たす。混浴の露天には高低差をつけた二つの湯船があり、いずれも天狗の湯をかけ流す。客室は9室、収容23名。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、白濁の湯と露天の規模に評価が集中する構造がはっきり出る。同時に、この宿の設備方針が評価を二分する要因になっている。硫黄成分で電気機器が傷むため、客室にエアコン・テレビ・冷蔵庫を置かず、エレベーターもない。木造ゆえ音が響き、通路には狭所と段差がある。これらを秘湯の条件として受け取るか不便として受け取るかで、評価は明確に分かれる。大露天風呂が十一月から五月下旬まで閉じる点も、訪問期による体験差として現れる。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    白濁の硫黄泉と露天の規模を目的に据える滞在、川原毛地獄・川原毛大湯滝と組む旅程、9室という規模の静けさを択ぶ人
  • 向かない:
    客室に空調・テレビ・冷蔵庫を求める滞在、段差や階段を避けたい人、十一月〜五月下旬に大露天風呂を目的とする訪問

具体情報

  • アクセス: JR奥羽本線 湯沢駅から車で約40分(湯沢市の案内による)。駐車場20台
  • 客室: 9室(和室10畳8室/特別室「こしあぶら」約12〜13畳・檜風呂付1室)、収容23名。客室名はこごみ・あいこ・しどけ・ほんな等、山菜から採る
  • チェックイン: 15:00〜18:00 / アウト 9:00〜10:00
  • 食事: 朝夕とも食事処。夕食は皆瀬牛のステーキ、岩魚の塩焼き、鯉の昆布〆、山菜ときのこの小鉢など
  • 湯: 新湯・天狗の湯・川の湯の三源泉。大露天風呂は積雪のため11月〜5月下旬は休み
  • 立ち寄り: 日帰り入浴 10:30〜14:30(受付13:30まで)大人800円。客室に空調・テレビ・冷蔵庫・エレベーターはない

泥湯温泉 奥山旅館 — 秋田県湯沢市 · 2019年に再建した黒壁の本館と、茅を葺いた玄関まわり
PHOTO: 泥湯温泉 奥山旅館 — 公式サイトを見る →


よくある質問

Q. 紅葉の見頃はいつですか?

A. 栗駒山の紅葉は秋分のころ山頂(標高1,626メートル)から始まり、十月上旬にかけて麓へ降りる。須川高原(標高1,100メートル台)は九月末から十月初旬、皆瀬川沿いの小安峡はそれより二、三週間遅れる。栗駒山荘は例年、九月第三土曜から十月第三土曜を秋の特定期間として予約を別扱いにしており、この期間が混雑の目安になる。

Q. 三軒とも通年営業ですか?

A. 栗駒山荘は営業予定期間が四月下旬から十月末までで、冬期は休館する。国道342号の冬期通行止め解除日を営業開始日と定めるため、開幕日は年によって動く。多郎兵衛と奥山旅館は冬も営業するが、多郎兵衛の離れ「三宝の湯」は十一月中旬から三月まで、奥山旅館の大露天風呂は十一月から五月下旬まで閉じる。

Q. 道路の状況はどう確認しますか?

A. 三軒を結ぶのはいずれも山岳路である。国道342号と県道282号は冬期通行止めとなり、解除後も夜間通行止め(例年16時から翌朝9時)が敷かれる期間がある。小安と泥湯を結ぶ県道51号も冬期は閉じる。県道310号(泥湯〜川原毛地獄〜秋ノ宮)は2026年五月時点で川原毛地獄までの通行にとどまり、秋ノ宮方面へは抜けられない。出発前に各宿の新着情報を確認するのが確実である。

Q. 車がなくても回れますか?

A. 一ノ関駅から須川温泉へは岩手県交通の路線バスが季節運行する(2026年は六月十三日から十月三十一日、一日二往復)。小安峡へは多郎兵衛が湯沢駅から送迎を出す(前日まで要予約)。泥湯温泉は湯沢駅から車で約四十分で、予約制の乗合交通を使う経路がある。ただし三か所を二泊三日で継ぐ設計は、車を前提にしたほうが無理がない。

Q. 泥湯温泉で注意すべきことはありますか?

A. 火山ガス(硫化水素)が噴出する区域があり、2005年の事故を受けて温泉地内に立入禁止区域が設定されている。道端からガスが出る場所では停止も駐車も禁じられている。掲示と柵に従って歩けば問題はない。また泥湯温泉駐車場の公衆トイレは冬期に閉鎖される。

Q. 予約はいつから取れますか?

A. 栗駒山荘は毎年四月一日から、その年の最終営業予定日までを電話で受け付ける。ウェブ予約は受付開始日が対象月ごとに分かれ、全客室がウェブに出るわけではない。奥山旅館の予約は電話とインターネットで受け付ける。九室の宿であり、紅葉期は早く埋まる。

本記事の参考情報

・栗駒山麓 登山・観光情報サイト — ゆっくりひとめぐり栗駒山麓連絡会議によるエリア横断の観光・道路情報
・湯沢市「小安峡温泉、大湯温泉」 — 皆瀬地域の温泉地と宿の一覧
・Wikipedia: 栗駒山 — 標高・地質・紅葉の推移など地理の背景

編集部から

三軒に通底するのは、宿の設計が土地の物理に従属しているという点である。栗駒山荘の営業期間を決めるのは峠の雪であり、多郎兵衛の離れが冬に閉じるのは雪崩の斜面ゆえであり、奥山旅館が客室から電気機器を外したのは硫黄が金属を蝕むからだ。どれも「もてなし」の言葉では説明されない。山が先にあり、宿がそれに合わせている。だから紅葉を追う旅程も、標高という一本の軸だけで組める。九月末に山上へ入り、二日かけて谷へ降りる。その順に歩けば、色は毎日少しずつ若返っていく。逆順に組んだとき、この谷は何を見せるだろうか。

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