広島県尾道市瀬戸田町、しまなみ海道の中ほどに浮かぶ生口島に、1876年に建てられた豪商・堀内家の邸宅を22室の宿へ継いだ一棟がある。Azumi Setoda。改修設計を手掛けたのは、京都を拠点に数寄屋造りを専門とする建築家・三浦史朗。海運と製塩で財をなした一族の住まいを、壊さず、作り替えず、意匠をたどり直すという方法で宿に翻案した。通りを挟んだ向かいには銭湯「yubune」が置かれ、宿と町が同じ動線の上に並ぶ。改修という設計判断そのものを主題に、この一棟を断面と動線から読む。
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

歴史と建築 — 1876年の邸宅を、復元という手つきで継ぐ
堀内家が瀬戸田に根を下ろしたのは17世紀の初頭。生口島は瀬戸内海のほぼ中央にあり、北海道まで続く北前船航路の要衝にあたる。海運と入浜式製塩でおよそ2世紀にわたって財を蓄えた一族が、1876年に建てたのがこの邸宅である。当時の京都の大工を招き、材は全国から集めた。築150年を経てなお構造が保たれ、きわめて薄い障子紙の仕様まで復元できたという事実が、初代の職人の技量を今に伝えている。
改修を担った三浦史朗は、16世紀の茶の湯に根を持つ数寄屋造りを軸に仕事を重ねてきた建築家である。数寄屋は格式や豪華さを退け、自然素材をそのまま用いる自由さを性格とする。型が定まっていないぶん、新しい技術を飲み込む柔軟さも併せ持つ。この宿で採られたのは「作り替える」ではなく「復元する」という判断だった。堀内邸の建築意匠をできるかぎり尊重し、既存の柱割と天井高の上に滞在の機能を差し込む。壊さずに継ぐという選択が、22室という室数を規定している。

境界の設計 — 鞠垣から引いた、高い垣根という装置
三浦が空間の中心に据えたのは、鞠垣から着想を得た高い垣根である。鞠垣とは、かつて蹴鞠の儀式に際して張り巡らされた仕切りを指す。外界との境を作るために背高く組まれたその形式を、客室棟・ダイニング・ラウンジ・東屋のあいだに配し、それぞれに別の気配を与えている。写真で見ると、垣は隙間を持つ横桟の連なりで、視線を完全には遮らない。閉じているのに抜けている。
結果として、この宿にはパブリックとプライベートを分ける硬い線がない。中庭を囲んで回遊しながら、段階的に濃度が変わっていく。各客室が専用の坪庭かバルコニーを持つのも同じ思想の延長で、雪見障子を上げれば箱庭の風景がそのまま室内に流れ込む。木・石・土を生き物として扱い、海に近い土地の湿気と風と光に応答させる。設計者が語っているのはその一点である。

滞在の体験 — 4タイプの客室、檜の浴槽、堀内家の器
客室は鞠垣を巡らせた中庭に沿う棟に置かれ、趣の異なる4タイプで構成される。1階の「庭」と2階の「涼」がそれぞれ50㎡、定員2名。ベッドの足元にゆったりとしたソファを備え、床には島根・福光石を敷く。夏は素足に涼しく、冬は床暖房で温まる石である。「庭」は雪見障子を上げると坪庭が入り、「涼」はバルコニーに出れば瀬戸内の風が抜ける。
メゾネットの「空涼」「庭涼」は各70㎡。1階にハリウッドツインの寝室、2階に掘りごたつを備えた和室を配し、2階バルコニーには広いデイベッドが据えられる。布団を足して最大3名まで。ベッドは全室ハリウッドツインで、要望に応じてキングサイズにも組み替えられる。そして全客室に天然檜の浴槽がある。設備にはBluetoothスピーカー、羽織、ドリップコーヒー、ミニバー、セイフティボックスが並ぶ。
食事は朝が07:00〜10:00、夕が17:30〜最終着席20:00の2部制。夕食は瀬戸内の海と山の旬を軸に、ジャンルを定めないコースとして組まれる。器は堀内家が代々受け継いできたものが使われ、150年前の食卓の道具が今の皿として戻ってくる。ダイニングには個室も用意される。なお毎週火曜・水曜は夕食の提供がない。連泊を組む際は、この2日をどう埋めるかが旅程の設計そのものになる。

通りの向かい — 銭湯「yubune」という、もう半分の設計
この宿を一棟として読むとき、通りを渡った先の「yubune」を外すことはできない。しおまち商店街に建つ14室の銭湯宿で、Azumi Setodaの宿泊者は滞在中いつでも無料で入れる。生口島で唯一の銭湯であり、地域の住民も入る。宿の内側で完結させず、町の共同浴場を滞在の一部として抱え込む。改修という主題に照らせば、これは建物単体ではなく町の動線に手を入れた判断だと言える。
浴室は壁一面がモザイクタイルの絵で覆われる。瀬戸田の昼を描いた「hinagi」と月夜を描いた「tsukinagi」が奇数日と偶数日で入れ替わる。松、鯛、蛸、島影、行き交う船、そしてレモン。深い藍のタイルに沈む湯船に、実際のレモンが浮かぶ日もある。半屋外の中庭の先にサウナと水風呂が置かれ、2階には瀬戸内の文化を集めたライブラリーとショップを備える「yuagari」ラウンジがある。おむつの外れていない乳幼児は入浴できず、ワンポイント程度のタトゥーは利用できる。


集約レビューが映すこの宿の本質
公開レビューデータを集計すると、この宿の評価は建築と静けさに強く寄っている。改修の質、素材の扱い、庭と客室の関係といった空間側の要素に評価が集中し、島という立地の不便さは減点ではなく前提として受け止められている傾向が読み取れる。滞在の主目的が「建物を体験すること」に置かれている層が中心にいる、と見てよい。
一方で、傾向として分かれ目になるのは食事と価格の受け止め方である。ジャンルを定めないコースという設計は、明確な様式を期待して訪れた場合に評価が割れやすい。また火曜・水曜に夕食がないという運営条件は、連泊を前提に予約した層で体感が変わる。価格帯についても、島の宿としての期待値と実際の水準の差が評価に反映されうる。事前に把握していれば齟齬は生じにくい種類の要素だと言える。
立地と周辺 — 塩と北前船が作った港町の商店街
瀬戸田は温暖な気候を生かした柑橘栽培で知られるが、江戸期には廻船業と入浜式製塩で栄えた交易の中継地だった。潮待ちの船が荷を積み替え商いをした名残が、港から続く「しおまち商店街」という地名にそのまま残っている。Azumi Setodaはその商店街の一角に立つ。門を出れば人の暮らす通りがあり、宿の外に観光用の緩衝地帯が用意されていない。この距離感が、この宿の性格を決めている。
徒歩圏には向上寺がある。1403年(応永10年)創建、1432年(永享4年)建立の三重塔は国宝に指定されている。レモンの収穫は10月から4月上旬、自然農法のレモン農家を訪ねるツアー、しまなみ海道のサイクリング、大山祇神社への参拝、チャーター船での瀬戸内フィッシングなどが用意される。レンタサイクルは非電動と電動アシストの両方がある。
具体情報
- 所在地: 〒722-2411 広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田269(しおまち商店街)
- 客室数: 22室 / 4タイプ(庭・涼=各50㎡、空涼・庭涼=各70㎡のメゾネット)
- 定員: 「庭」「涼」は最大2名、メゾネットの「空涼」「庭涼」は布団追加で最大3名
- 浴室: 全客室に天然檜の浴槽。向かいの銭湯「yubune」を滞在中無料・回数制限なし
- 食事: 朝食 07:00〜10:00 / 夕食 17:30〜最終着席20:00(2部制・個室あり)。火曜・水曜は夕食の提供なし
- 建築: 1876年(明治9年)築の堀内邸。改修設計=三浦史朗(京都・数寄屋造り)
- 開業: 2021年3月(運営=株式会社瀬戸田リゾート)
- アクセス: 広島空港から車で約1時間(67km)/福山駅から車で約1時間(43km)/三原港から高速船で約25分、尾道港から約40分
- 送迎: リムジンタクシー手配可(広島空港から片道39,000円〜、福山駅から片道25,000円〜)
- 駐車場: 専用駐車場あり。車寄せで荷物を降ろした後に移動
- 目安価格: ¥110,000〜¥174,000 / 泊(2名1室・通常期)
向く人 / 向かない人
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向く:
改修建築そのものを目的に一泊を選ぶ人、数寄屋と現代の接合面を見たい設計者・施主層、宿の外の商店街まで歩いて滞在を組み立てたい大人2人旅、しまなみ海道のサイクリングに一日だけ静かな軸を置きたい旅程 -
向かない:
到着日が火曜・水曜で宿の夕食を前提にした旅程(当該2日は提供なし)、乳幼児と銭湯を一緒に使いたい家族(おむつが外れていない場合は入浴不可)、公共交通だけで身軽に着きたい旅程(島内は車・高速船・自転車が前提)、明確な様式のコース料理を求める食事目的の滞在
Media Picks Score
95 / 100 22室、改修による数寄屋建築の宿。
目安価格 ¥110,000〜¥174,000 / 泊 (2名1室・通常期)
内訳は、公開レビューデータの集計値(評価水準と件数)を基礎に、編集部が立地適合・設備適合・改修という主題への適合を加点して算出している。加点の主因は3点。第一に、1876年の躯体を残したまま滞在機能を挿し込んだ設計判断そのものの明快さ。第二に、全客室の檜浴槽と通りの向かいの銭湯という、入浴を二重に持つ構成。第三に、宿の敷地内で完結せず商店街の動線に接続した配置である。減点要素は、夕食の提供がない曜日と、島という立地に伴う移動の負荷にある。
よくある質問
Q. 訪れるのに最も適した季節はいつですか?
A. 編集部が推すのは初秋から春先にかけて。10月から4月上旬は瀬戸田がレモンの産地として最も動く時期で、収穫体験やレモン畑でのピクニックが組める。海が穏やかで高速船が安定するのもこの季節にあたる。建築を目的に訪れるなら、日射角の低い時期のほうが庭と障子の関係が読みやすい。
Q. 夕食が提供されない日があると聞きました。
A. 毎週火曜・水曜はダイニングでの夕食提供がない。連泊を組む場合は、その2日を商店街や近隣のレストランに振り替える前提で旅程を作ることになる。宿でも周辺の飲食店を案内している。夕食は席数に限りがあるため、提供日でも事前予約が必要となる。
Q. 子ども連れでも泊まれますか?
A. 泊まることができる。6歳以上は大人に数え、通常客室は2名、メゾネットの「空涼」「庭涼」は最大3名まで。5歳以下は1名まで添い寝でき、キングサイズ(ハリウッドツインの組み替え)への変更も手配できる。ただし向かいの銭湯「yubune」は、おむつの外れていない乳幼児は利用できない。
Q. アクセスは?
A. 広島空港から車で約1時間(67km)、福山駅から車で約1時間(43km)。海路では三原港から高速船で約25分、尾道港からは約40分で瀬戸田港に着く。車の場合は西瀬戸自動車道(しまなみ海道)の生口島北IC、または今治方面からは生口島南ICを降りる。宿ではリムジンタクシーの手配も受け付けている。
Q. 銭湯「yubune」は宿泊者以外も使えますか?
A. 使える。yubuneは生口島で唯一の銭湯として、地域の住民にも旅行者にも開かれている。Azumi Setodaの宿泊者は滞在中無料で何度でも入れる。浴室の壁画は「hinagi」と「tsukinagi」の2種で、奇数日と偶数日で入れ替わる。サウナ、水風呂、2階の「yuagari」ラウンジも併設される。
本記事の参考情報
・Azumi Setoda 公式サイト「概要」 — 堀内家の来歴、1876年の建築年、改修設計者
・Azumi Setoda 公式サイト「客室」 — 客室4タイプの面積・定員・設備
・Wikipedia: 向上寺 — 創建年と国宝・三重塔の建立年
・Wikipedia: 生口島 — 島の地理と産業の背景
・尾道観光協会 — 尾道市域の観光情報
編集部から
改修の作品性は、しばしば「何を足したか」で語られる。この一棟が興味深いのは、判断のほとんどが「何を足さなかったか」の側にあることだ。1876年の柱割と天井高を動かさず、そこに22室という室数を受け入れる。増やせば数字は良くなるという運営側の常識に対し、躯体の側から数を決めさせている。鞠垣という古い形式を持ち込んで境界だけを新設したのも、既存に触れずに空間の性格を分けるための手つきだと読める。
同じ瀬戸内には、堀部安嗣が設計した小型客船ガンツウという別解がある。海の上を動きながら多島美に対する船と、町の通りに固定されて商店街と地続きになる邸宅。瀬戸内という同じ対象に、動と静で応答した二つの建築が並存している。次は、島に建つ現代建築の側からこの海域をもう一度読み直してみたい。改修と新築、どちらが土地に対して誠実な応答なのか。この一棟の前に立つと、その問いが素直に立ち上がってくる。
次に読むなら
・しまなみ海道、尾道から因島・生口島へ — 多島海の段丘に潜む室数10以下の小宿 5軒
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