デザインホテル
執務の合理が宿になるとき——戦後オフィスビル転用ホテルの設計論
事務所として建てられた建物が、宿になる。旧庁舎や蔵、廃校の転用がしばしば「記憶の保存」として語られるのに対し、戦後のオフィスビルを宿に変える行為は、もっと即物的で、もっと設計論的である。基準階という反復の単位、執務のためにとられた天井高と窓割、平面の中央にすわるエレベーターコア。それらは情緒ではなく、寸法として残る。本稿は、その寸法が滞在空間にどう翻案されるのか、利と制約の両面を、東京で稼働する二軒の転用ホテルを引きながら、設計の文法として読み解く試みである。販売の言葉ではなく、図面の言葉で考えたい。 本稿の論点 戦後オフィスビルの転用は「記憶の保存」ではなく、基準階の寸法を客室へ翻案する設計行為である 執務空間の柱割と窓割は、客室の間口・奥行き・採光を直接規定する 中央コア型の平面は中廊下を生み、片側客室の採光と動線を縛る 事例: トーセイホテルココネ上野(126室、鉄骨造11階、2018年開業)と同神田(111室、2017年開業) 転用の質は、不揃いを欠点として消すか、客室タイプの多様として受け止めるかで分かれる 最終更新: 2026年6月20日 基準階という前提を読み替える オフィスビルの設計は、反復を前提とする。賃貸面積を最大化するために、同じ柱スパン、同じ階高、同じ窓割が上階へ向かって積層される。この反復の単位が「基準階」であり、事務所建築の合理はここに集約される。柱は等間隔に並び、設備は天井裏に隠され、窓は均質に切られる。執務にとっては美徳であるこの均質さが、宿への転用では最初の与件になる。 宿は本来、反復を嫌う。眺望のいい角、静かな最奥、湯のある一室——滞在の価値は差異から生まれる。ところが基準階の図面には差異がない。設計者の仕事は、そこから差異を彫り出すことになる。柱割の間に間仕切りをどう落とすか。窓ひとつ分を一室にあてるか、一室半にあてるか。中央のコアをどう迂回させて廊下を通すか。新築なら自由に決められる寸法が、転用ではすべて「既にある柱」から逆算される。設計とは、ここでは創造というより翻訳の作業に近い。 その翻訳の精度が、滞在の質を分ける。柱を客室の隅にうまく落とし込めれば、室内は素直な矩形になる。落としどころを誤れば、ベッドの脇に柱型が突き出し、家具の置き場を奪う。事務所では誰も気に留めなかった構造体が、宿では身体のすぐ横に立つ。転用ホテルを歩くと、設計者がこの一本の柱とどう交渉したかが、客室の居心地として読めてしまう。 トーセイホテルココネ上野 — 東京・東上野 中古オフィスを転用した鉄骨造11階。柱割の不揃いを、客室タイプの多様として引き受けた一軒。 Media Picks Score: 92 / 100 126室、宿泊主体型ホテル(オフィスビル転用)。 PHOTO: トーセイホテルココネ上野…
陰翳を設計する——行灯と間接光で薄暗がりを残す宿
明るさを足し続けた近代照明への反動として、照度を落とし陰翳を残す宿が現れている。谷崎『陰翳礼讃』の薄暗がりを現代の調光・色温度・配光でどう設計し直すか、修善寺あさば・山代べにや無何有・ニセコ坐忘林を例に論じる。
白馬村、北アルプスに正対する通年型デザイン宿 5軒 — 雪と緑の二季を一枚の開口で受ける設計
白馬村で北アルプス三山に正対する通年型デザイン宿5軒。冬の滑走と夏の登山——二季の身体を一枚の開口で受ける、室数を抑えた現代意匠の宿を、開口部の設計思想から読む。
陰翳を残す宿 — 谷崎が惜しんだ薄暗がりを、現代の照明計画はどう設計し直すか
明るさを足し続けた近代照明への反動として、あえて照度を落とし陰翳を残す宿が現れている。谷崎『陰翳礼讃』の薄暗がりを現代の調光計画でどう設計し直すか、べにや無何有・あさば・俵屋旅館の三軒を例に論じる。
坂茂のスイデンテラス — 庄内、水田に挿した木造の長い水平線を読む
坂茂が初めて手がけたホテル〈ショウナイホテル スイデンテラス〉。庄内平野の水田に低く伸びる木造の横長棟を、客室数・集成材の架構・棟の配置という数値と断面から読む。
中村好文設計の宿 5軒 — 家具と建築のあいだに置かれた、住宅作家の宿仕事
住宅作家・中村好文の宿仕事を 5 軒。京都の京町家 2 軒、千葉房総の蔵、五島の廃校、大阪のビジネスホテル客室。住宅の語彙で組み立てられた宿の系譜を、家具と建築のあいだから読む。
階段という設計 — 客が昇り降りする数段を、宿はどう意匠化しているか
階段は廊下より雄弁である。エレベーターを持たない低層の宿を、その垂直動線から読み直す。萬翠楼福住・arcana izu・NIPPONIA福住の3軒を観察。
障子と簾 — 夏の宿で建具が入れ替わるという作法
京都の老舗旅館では梅雨明けに襖や障子が外され、簾戸(すど)と葦戸(よしど)に差し替えられる。年に二度、宿が姿を変えるという作法を、俵屋旅館・柊家・奈良の旅館 江泉を作中参照しながら、建築の側から読み直す短いエッセイ。
土間という設計領域 — 三和土・洗い出し・モルタル金鏝、宿の入口で足裏が触れる地表 5軒
数寄屋から町家翻案、デザインホテルまで。入口の土間—三和土・洗い出し・モルタル金鏝・漆喰—の設計が読める五軒を、京都・金沢・直島・倉敷・鎌倉から横断で選んだ。
海に正対する窓 — 開口部が水平線をどう切り取るか、海辺の宿の設計判断
海に正対する窓は、水平線という一本の線をどう額装するか。横長スリット・コーナー全面ガラス・低く抑えた腰高——瀬戸内と伊豆の三軒で、海辺の宿の設計判断を読む。