土を型枠に詰め、層ごとに突き固める——版築(はんちく)の壁を、外構の塀ではなく人が眠る客室の内側に引いた宿を、編集部が3軒選んだ。締固めが残す水平の縞、骨材と色土の配合、そして「土をそのまま室内に立てる」という判断。聚楽壁・掻き落とし・拭漆と連なる左官と土の系譜のなかで、版築はもっとも原初的で、もっとも構築的な選択である。京都・信州・山陰から、その系譜を客室や館内に残した宿を読む。梅雨明けの湿度が、土壁の呼吸をいちばん際立たせる時季に合わせて。
| # | 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 土の在り処 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | BYAKU Narai | 信州・奈良井宿 | 93 | 16 | ¥127–¥161k | 客室内壁に層をもつ土の壁 |
| 2 | 三朝温泉 旅館大橋 | 山陰・三朝温泉 | 89 | 20 | ¥70–¥99k | 文化財に残る土壁と左官 |
| 3 | アマン京都 | 京都・鷹峯 | 85 | 26 | 最上位帯 | 森に沈む外構の土と石積み |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。アマン京都は流通量が少なく、参考値の提示を控えている。
版築という判断
版築は、木の型枠に土と砂利、時に石灰やにがりを入れ、棒で搗(つ)き固め、また土を入れて搗く——この反復で壁を「積む」工法である。層ごとの締固めが、地層のような水平の縞を残す。色土の配合を変えれば縞は色を替え、骨材の粒度を変えれば面の表情が変わる。左官の技のなかでも、版築は塗るのではなく築く点で異質だ。聚楽壁が土の色を「塗り重ねる」なら、版築は土の重さを「積み重ねる」。
だからこそ、版築を客室の内側に引くのは相応の判断を要する。多くの宿は版築的な土の壁を玄関やロビー、あるいは外構の塀に据える。人が触れ、湿度を分け合う客室の内壁にまで土の層を立てるのは、意匠であると同時に、その土が呼吸することを受け入れる覚悟でもある。以下の3軒は、その覚悟の度合いがそれぞれに異なる。
1. BYAKU Narai — 信州・奈良井宿
築約200年の町家群を継いだ全16室。客室の内壁に、水平の縞をもつ土の層を立てた一軒。
Media Picks Score: 93 / 100 16室、歴史的建造物を再生した宿。
目安価格 ¥127,000–¥161,000 / 泊 (2名1室・通常期)

中山道・奈良井宿。享保期創業の造り酒屋「杉の森酒造」をはじめ、旅籠、漆器店、寺の庫裏という性格の異なる歴史的建造物を、竹中工務店が再生した宿である。全16室はいずれも意匠が異なり、200年を経た土壁や梁を残しながら、現代の素材と接合させている。編集部が版築の系譜として真っ先に推すのは、客室の内壁に立つ土の面だ。搗き固めの層を思わせる水平の重なりが、間接光を受けて縞を浮かべ、掛軸の掛かる床の設えと呼応する。土を室内に「立てる」判断が、ここでは最も明確に読める。
公開レビューデータを集計すると、当該エリアで建築と食への高い評価が確認された宿である。数値が特に厚いのは、宿全体を貫く再生設計の一貫性と、酒蔵を継いだ醸造の場を核とする滞在体験の独自性。土壁の質感や左官の仕事に触れた感想が集まる一方で、宿場の中心という立地ゆえの静けさの質は、訪れる時間帯で印象が分かれる。
2. 三朝温泉 旅館大橋 — 山陰・三朝温泉
ほぼ全館が国登録有形文化財。三徳川に沿う木造に、土壁と左官の仕事が残る一軒。
Media Picks Score: 89 / 100 20室、登録有形文化財を含む温泉旅館。
目安価格 ¥70,000–¥99,000 / 泊 (2名1室・通常期)

ラジウム泉で知られる三朝温泉、三徳川のほとりに建つ木造の宿。本館・離れ・西離れ・大広間・太鼓橋の5棟が国登録有形文化財に指定され、ほぼ全館が文化財という全国でも稀な一軒である。宮大工の手による意匠は各室で表情を変え、土壁と漆喰、木の建具が昭和初期の左官仕事を今に伝える。版築そのものではないが、土をそのまま壁として残すという判断——化粧のビニルクロスで覆わず、土と木の呼吸を建物に許すという姿勢——において、この宿は版築の思想と地続きにある。名物「岩窟の湯」は、巨岩を抱いたまま湯を湛える、土と石の原初的な浴室だ。
公開レビューデータを集計すると、当該エリアで建築・湯・料理のいずれにも安定した評価が確認された宿である。文化財の空間に泊まる体験そのものへの支持が厚く、山陰の食材を用いた献立への言及も多い。一方、文化財ゆえの構造は現代の大型施設のような均質な快適さとは異なり、木造の音や段差を含めた「建物とともに過ごす」感覚を受け入れられるかで、印象が分かれる。
3. アマン京都 — 京都・鷹峯
ケリー・ヒル設計、鷹峯の森に沈む26室。土と石を外構に据えた、対極からの一軒。
Media Picks Score: 85 / 100 26室(パビリオン含む)、2019年開業のリゾート。
目安価格 最上位帯 / 泊 (2名1室・通常期)

鷹峯三山の麓、かつて西陣織の一族が織物美術館を構想して整えた約2万4千平方メートルの森。ケリー・ヒル・アーキテクツが構想20年を経て、2019年に26室のパビリオンを点在させた。ここで土は、客室の内壁ではなく外構に据えられている。積み上げた石や土の壁が遺跡のように苔むし、渓流と大階段に沿って森の陰影をつくる。版築の系譜を「客室内壁に引くか、外構に引くか」という問いで見るなら、アマン京都は前2軒の対極にある——土を建築の骨格ではなく、庭と建物の境界に置く選択だ。ミニマルな木の客室が自然光で満たされ、土と石はあくまで外の景として振る舞う。
公開レビューデータを集計すると、当該エリアで空間設計と静けさへの評価が確認された宿である。森に沈む建築と余白の取り方への支持が中心を占める一方、価格帯に対する期待値の高さゆえ、サービスや食に向けられる視線も相応に厳しい。土そのものに触れる滞在というより、土と石が織りなす景を遠くから眺める滞在として読むのがふさわしい。
土は呼吸する — 梅雨明けに読む3軒
3軒を並べると、版築という工法そのものよりも、「土を残す判断をどこに引くか」という一点で宿の性格が分かれることが見えてくる。BYAKU Narai は客室の内壁まで土を立て、旅館大橋は文化財の骨格として土壁を残し、アマン京都は外構の景として土と石を配する。内へ、構造へ、外へ——土との距離の取り方が、そのまま滞在の質を決めている。梅雨が明け、湿度が抜けはじめる頃、土の壁はもっとも正確に光を返す。骨材の粒が影を落とし、色土の縞が乾いて色を替える。左官と土の系譜を、素材の側から読み直すにはよい季節である。次はどの技法を——掻き落としか、大津磨きか、拭漆か——から辿ってみたい。
よくある質問
Q. 版築の壁は客室で実際に触れられますか?
A. 宿により異なる。BYAKU Narai は客室の内壁に土の層を立てており、間近で質感を確かめられる。旅館大橋は文化財の土壁として館内各所に残る。アマン京都は土と石を主に外構に据えているため、客室内で直接触れる場面は限られる。
Q. 土壁の宿を訪れるのに向く季節は?
A. 編集部が推すのは梅雨明け以降の乾いた時季。湿度が抜けると土の骨材や色土の縞が最も鮮明に見え、左官の仕事を正確に読める。逆に多湿期は土が湿りを含み、表情が柔らかくなる。
Q. 3軒のなかで最も予算を要するのは?
A. アマン京都が最上位帯で別格。BYAKU Narai は ¥127,000〜、旅館大橋は ¥70,000〜が目安(いずれも2名1室・通常期の参考値)。
Q. アクセスの目安は?
A. BYAKU Narai は JR中央本線・奈良井駅から徒歩圏、旅館大橋は鳥取・倉吉駅からバスで三朝温泉、アマン京都は京都駅から車で約30分の鷹峯。いずれも詳細は各公式サイトで確認できる。
本記事の参考情報
・Wikipedia: 版築 — 工法の歴史と技術的背景
・奈良井宿観光協会 — 中山道・奈良井宿の町並みと歴史
・Wikipedia: 三朝温泉 — ラジウム泉と温泉地の背景