洗面台に既製の陶器ボウルではなく、石を刳り貫いた一枚岩を据える宿として、編集部が北海道から大分まで5軒を選んだ。庭に置かれた手水鉢を、そのまま室内の水回りへ写す——引手や沓脱石と同じく、毎朝きまって手を触れる小さな面に、その宿の設計思想は最もはっきりと表れる。水がどこに落ち、石肌がどう濡れ、金物がどう取り合うか。鉄平石、那智黒、大理石、あるいは地の自然石。素材の選び方ひとつに、つくり手の姿勢が読める。派手な共用部よりも、この手のひらサイズのディテールに宿の質を測る5軒である。
| # | 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 坐忘林 | 北海道・ニセコ | 93 | 15 | ¥196–230k | 原生林に離れ15棟、コンクリートと石の水盤 |
| 2 | 山荘 無量塔 | 大分・由布院 | 91 | 12 | ¥176–196k | 古材を組み替えた離れ、骨董と石の取り合い |
| 3 | 湯河原温泉 石葉 | 神奈川・湯河原 | 90 | 9 | ¥180–282k | 別荘建築を残す数寄屋、手水鉢の作法 |
| 4 | ふふ 熱海 | 静岡・熱海 | 89 | 32 | ¥148–214k | 全室露天付きスイート、石の面が連なる水回り |
| 5 | べにや無何有 | 石川・山代温泉 | 86 | 16 | ¥152–230k | 竹山聖設計、山庭と一体の水と石 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。Media Picks Score は公開レビューデータを集計し、立地・規模・設計の編集評価を加えた総合指標です。
1. 坐忘林 — 北海道・ニセコ
ニセコの原生林に離れ15棟。コンクリートと石と木が、水の落ちる位置まで設計した一軒。
Media Picks Score: 93 / 100 15室、全棟離れの温泉旅館。
目安価格 ¥196,000–¥230,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
羊蹄山とアンヌプリに挟まれた原生林に、15棟の離れが点在する。設計は中山眞琴アーキテクツ。打ち放しのコンクリートに地の石と木を合わせ、各棟に内湯と露天を備えた。水回りは装飾を削ぎ、石と金属の面だけで構成される。手を洗うたびに素材そのものと向き合う——このミニマルな判断が、宿全体の禁欲的な空気をつくっている。世界の建築・旅メディアが繰り返し取り上げてきたのも、この一貫性ゆえと言える。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、静けさと設計の完成度への評価が突出して高い。原生林に溶ける建築、湯の質、そして客室で完結する滞在設計が繰り返し支持されている。一方で、最寄り駅・空港から距離があり、館内も観光的な賑わいとは無縁——移動と静寂を厭わない層に強く響く宿だと読み取れる。素材と光を味わう旅程に向く。
向く人 / 向かない人
-
向く:
建築・デザインを目的に据えた大人ふたりの旅、客室で完結させたい滞在、都市の喧噪から距離を取りたい人 -
向かない:
公共交通だけで身軽に動きたい旅程、幼児連れの家族(静けさと段差の設計)、館内の賑わいや土産物を求める旅
具体情報
- アクセス: JR倶知安駅から車で約20分/新千歳空港から車で約2時間
- 客室: 全15棟が離れ、各棟に内湯と露天風呂
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜12:00
- 食事: 朝夕とも個室的な空間で供する会席
- 開業 / 設計: 2015年開業、中山眞琴アーキテクツ
- 言語: 日・英・中・韓の案内あり
2. 山荘 無量塔 — 大分・由布院
由布院の塔ノ庄に離れ12棟。古材と骨董、そして石を組み替えた「懐古と革新」の宿。
Media Picks Score: 91 / 100 12室、全棟離れの旅館。
目安価格 ¥176,000–¥196,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
1992年、前身の小さな茶室を核に開いた12棟の離れ。各地の古民家の梁や建具を移築・再構成する「リ・クリエイト」を思想の軸に据える。骨董の家具、時代を経た木の色、そこに据えられる石の水盤——新旧の素材が同じ空間で拮抗する緊張感が、この宿の個性だ。館内にはTan’s bar、アルテジオ、テオムラタが並び、由布院の設計文化を牽引してきた一群でもある。数値で言えば全12棟、公開レビューの評価も安定して高い。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、空間の作り込みと調度への評価が際立つ。古材と骨董が生む重厚さ、離れごとに異なる設え、由布院盆地を望む静けさが繰り返し挙がる。バーや美術館など館内文化への言及も多い。一方で意匠優先ゆえの段差や落ち着いた照度は、機能性を最優先する層には合わない場合がある——空間そのものを味わう滞在に向く宿と読める。
向く人 / 向かない人
-
向く:
骨董や古材の質感を好む人、館内のバー・美術館まで含めて過ごしたい大人ふたり、意匠に時間を払える旅 -
向かない:
明るく機能的な客室を望む人、幼児連れの家族(段差と調度の設計)、由布院駅前の賑わいを歩き回りたい旅程
具体情報
- アクセス: JR由布院駅から車で約7分(塔ノ庄地区)
- 客室: 全12棟の離れ
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
- 食事: 朝夕とも個室で供する会席
- 開業: 1992年(前身の茶室は1983年)
- 館内施設: Tan’s bar、アルテジオ、テオムラタ、不生庵(蕎麦)
3. 湯河原温泉 石葉 — 神奈川・湯河原
湯河原の斜面に9室だけ。昭和の別荘建築を残した、手水鉢の作法が生きる数寄屋の宿。
Media Picks Score: 90 / 100 9室、数寄屋造りの旅館。
目安価格 ¥180,000–¥282,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
若草山の斜面に、かつての別荘建築を活かした本館と離れが緩やかに散らばる。客室はわずか9室。数寄屋の作法を守りながら、庭と室内を連続させる設えが徹底されている。「石葉」の名の通り石への感度が高く、庭の手水鉢から続く水の作法が、洗面や湯殿にまで丁寧に引き継がれる。ナトリウム塩化物・アルカリ性の自家源泉を持ち、湯の柔らかさにも定評がある。規模を抑えた隠れ宿でありながら、都心から2時間圏という距離感も選定の理由だ。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、静けさと数寄屋建築、料理への評価が高い。9室ゆえの行き届いた運営、庭と一体の設え、自家源泉の湯が繰り返し支持されている。一方で建物の性格上、階段や斜面の移動を伴う点は、身軽さを求める層には留意が要る。庭の景色と建築の年輪を味わう、落ち着いた滞在に向く宿だと読み取れる。
向く人 / 向かない人
-
向く:
数寄屋建築と庭を愛でたい大人ふたり、都心から近い隠れ宿を探す人、湯の質を重んじる旅 -
向かない:
段差や斜面移動を避けたい人、大規模温泉宿の設備や賑わいを求める旅、幼児連れの家族
具体情報
- アクセス: JR湯河原駅から車で約7分
- 客室: 全9室、本館と離れ
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
- 食事: 個室または客室で供する会席
- 泉質: ナトリウム塩化物・アルカリ性の自家源泉
- 建築: 別荘時代の建物を活かした数寄屋造り
4. ふふ 熱海 — 静岡・熱海
相模湾を見下ろす全32室スイート。露天から洗面へ、石の面が途切れず連なる水回り。
Media Picks Score: 89 / 100 32室、全室露天付きの小規模リゾート。
目安価格 ¥148,000–¥214,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
2019年開業。全32室がすべて露天風呂付きのスイートで構成される、熱海の小規模リゾートだ。旅館のもてなしとホテルのプライバシーを掛け合わせた設計で、客室内の湯殿と洗面には石の面を大きく取り、水回りをひとつのまとまりとして見せる。日本料理・鉄板焼・鮨割烹の三本立てなど、食の選択肢が広いのも特徴。5軒のなかでは室数が多く運営も現代的で、デザイン宿の入口として選びやすい一軒と言える。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、客室露天の開放感と食事、接客への評価が高い。全室スイートゆえの均質な満足度、相模湾を望む眺め、洗練された設えが繰り返し挙がる。一方で人気ゆえに繁忙期は予約が取りにくく、価格も通常期より上振れしやすい。プライベートな湯とデザインを、比較的アクセスよく味わいたい層に向く宿だと読み取れる。
向く人 / 向かない人
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向く:
客室露天を確実に押さえたい大人ふたり、食の選択肢を求める人、都心から近いデザイン宿を探す旅 -
向かない:
10室以下の静けさを最優先する人、混雑期を避けられない旅程で静寂だけを求める旅、質素な素朴さを好む層
具体情報
- アクセス: JR熱海駅から車で約5分(JR来宮駅からも近い)
- 客室: 全32室スイート、全室に露天風呂
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
- 食事: 日本料理・鉄板焼・鮨割烹から選択
- 開業: 2019年
- 言語: 英語での案内あり
5. べにや無何有 — 石川・山代温泉
山代温泉の高台に16室。竹山聖が設計した、山庭と水と石が一体になる宿。
Media Picks Score: 86 / 100 16室、全室露天付きの旅館。
目安価格 ¥152,000–¥230,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
山代温泉の高台に建つ、16室の小さな宿。建築家・竹山聖(アモルフ)が手がけ、「無何有」——荘子に由来する、何もないがゆえに満ちる境地——を空間に翻訳した。全室が山庭に面した温泉露天を備え、緑と水と石が一続きの風景をなす。既製品を排し、素材の輪郭で構成された洗面や湯殿は、庭の延長として設計されている。円庭施術院のスパ、朝のヨーガ、見晴らしのよい図書室と、静けさを深める仕掛けも多い。加賀の食材を用いた料理も評価が高い。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、建築とランドスケープの一体感、静けさ、料理への評価が高い。山庭を望む露天、削ぎ落とされた設え、スパやヨーガといった過ごし方が繰り返し支持されている。一方で意匠を優先したミニマルな客室は、装飾的な華やかさを望む層には物足りなく映ることもある。建築そのものに滞在したい人に深く刺さる宿だと読み取れる。
向く人 / 向かない人
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向く:
建築とランドスケープを目的にする人、スパやヨーガで静かに過ごしたい大人ふたり、加賀の食に関心のある旅 -
向かない:
華やかな装飾や娯楽設備を求める人、温泉街の散策を主目的にする旅程、幼児連れの家族
具体情報
- アクセス: JR加賀温泉駅から車で約10分(山代温泉)
- 客室: 全16室、全室に山庭を望む温泉露天
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
- 食事: 加賀野菜・能登牛・鴨などを用いた加賀料理
- 設計: 竹山聖(アモルフ)
- 館内: 円庭施術院(スパ)、朝ヨーガ、図書室
よくある質問
Q. 洗面の石は、どこを見れば違いが分かりますか?
A. 水の落下点と、石肌の濡れ方に注目したい。既製の陶器ボウルは水はねを均一に処理するが、石を刳り貫いた洗面は縁の厚みや窪みの角度で水の流れが変わる。金物(水栓)との取り合いが最小限に抑えられているほど、素材への感度が高い設計と読める。
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 石肌と水の表情を味わうなら、梅雨明けから秋が編集部の推す時期。緑が濃く光が柔らかい夏、庭が色づく秋は、水回りの石が最も美しく映る。ニセコの坐忘林のみ、雪見の冬も別格の魅力がある。
Q. 予約のタイミングは?
A. いずれも9〜32室と小規模で、週末や連休は数か月前に埋まりやすい。特にふふ熱海や坐忘林は人気が高く、日程が決まった段階で早めに動くのが安全。平日と週末で価格差が出やすい点にも留意したい。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 5軒とも大人の静かな滞在を主眼にした設計で、離れや数寄屋には段差も多い。幼児連れの旅程には必ずしも向かない。年齢条件や添い寝の可否は宿ごとに異なるため、各公式サイトで事前に確認したい。
Q. アクセスは?
A. 坐忘林は新千歳空港から車で約2時間、山荘 無量塔はJR由布院駅から車で約7分、石葉とふふ熱海は東京から新幹線・在来線で2時間圏、べにや無何有はJR加賀温泉駅から車で約10分。いずれも最終アクセスは車利用が基本になる。
本記事の参考情報
・ニセコ町観光協会 — ニセコエリアの観光情報
・由布院温泉観光協会 — 由布院の宿・交通の背景
・Wikipedia: 山代温泉 — 温泉地の歴史・地理
編集部から
5軒に通底するのは、水回りという最小単位に設計思想を宿らせる姿勢である。庭の手水鉢を室内へ写すという発想は、単なる意匠ではなく、素材とどう向き合うかという宿の哲学そのものだ。坐忘林の禁欲、無量塔の骨董、石葉の数寄屋、ふふ熱海の現代性、べにや無何有の建築——アプローチは異なっても、手を触れる面から質を測るという読み方は共通する。次に泊まる宿では、まず洗面に手を置いてみてほしい。その一枚岩が、あなたに何を語りかけるだろうか。