客室の灯りそのものを主題に選ぶ旅の宿として、編集部が全国から5軒を選んだ。名作椅子が座具を、湯屋が浴場を主語にするように、本稿は「灯具」を主語に据える。行灯、和蝋燭、イサム・ノグチの AKARI に連なる和紙の照明——あるいは灯りをあえて引き算する設計まで。素材と光源の温度、そして「空間の暗さをどう設計するか」という一点から、築140年の邸宅から原生林の一軒までを読む。夜が長くなる晩夏に向けて、客室に据えられた一灯の作家性を確かめる旅である。

# 宿 エリア Score 客室 目安価格 1行特徴
1 べにや無何有 石川・山代温泉 93 16 ¥152–¥234k 竹山聖の建築、「虚室生白」で余白に光を満たす
2 坐忘林 北海道・ニセコ 92 15 ¥196–¥230k 「陰翳礼讃」を主題に、照らさず陰を残す設計
3 LOG 広島・尾道 91 6 ¥79–¥87k スタジオ・ムンバイと和紙作家による照明シェード
4 あさば 静岡・修善寺 90 17 ¥273–¥388k 1484年創業、能舞台「月桂殿」の夜に灯る
5 Azumi Setoda 広島・瀬戸田 89 22 ¥107–¥161k 築140年の邸宅を継ぐ数寄屋、光と空気の移ろい

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

1. べにや無何有 — 石川・山代温泉

山代の松林に十六室。灯りを足すのではなく、余白に光を満たす——建築家・竹山聖の一軒。

Media Picks Score: 93 / 100  16室、山庭に露天を備える温泉旅館。

目安価格 ¥152,000–¥234,000 / 泊 (2名1室・通常期)


べにや無何有 — 石川・山代温泉 · 建築家 竹山聖による数寄屋、山庭に面した客室
PHOTO: べにや無何有 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

建築家・竹山聖(アモルフ)が設計し、原研哉率いる日本デザインセンターがアートディレクションを担う。主題は荘子の「虚室生白」——部屋はからっぽなほど光が満ちる、という一節である。客室は装飾を削ぎ、全室が薬師山の庭に面した露天風呂を備える。灯具を華やかに据えるのではなく、控えめな人工光と自然光の階調で陰翳を組み立てる。灯りを引き算する設計として、この宿を光の視点で真っ先に読みたい。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計したところ、余白の多い客室と山庭の眺め、そして人工光を抑えた静けさの設計に高い評価が確認された。滞在を「暗さ」で記憶する旅人に響く一軒と言える。一方で最上位に近い価格帯と、間を取った食のテンポは受け手を選ぶ傾向が見て取れる。喧噪や賑わいを求める旅程にはやや静かすぎる、という声の芽も読み取れる。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    建築・デザインの細部を読む大人、静けさと余白を優先する記念日旅、灯りを落とした夜を長く過ごしたい人
  • 向かない:
    幼児連れで賑やかに過ごしたい家族、観光地を詰め込み宿に戻る時間が短い旅程、明るく華やかな設えを望む人

具体情報

  • 客室数: 16室(全室 山庭に面した露天風呂付)
  • 設計 / AD: 竹山聖(アモルフ) / アートディレクション 原研哉・日本デザインセンター
  • 温泉: 「玄青」「薄香」二浴場、カルシウム・ナトリウム硫酸塩泉
  • 食事: 懐石「方林」——薬師山を望み、25本の柱が林立するダイニング
  • 最寄り駅: JR加賀温泉駅から車約10分
  • 登録: ルレ・エ・シャトー加盟


2. 坐忘林 — 北海道・ニセコ

ニセコの原生林に十五室。テーマは「陰翳礼讃」——照らさず、陰を残す旅館。

Media Picks Score: 92 / 100  15室、全室内湯+露天の温泉旅館。

目安価格 ¥196,000–¥230,000 / 泊 (2名1室・通常期)


坐忘林 — 北海道ニセコ · 陰翳礼讃をテーマにした全15室の温泉旅館
PHOTO: 坐忘林 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

英国出身の写真家ショウヤ・グリッグが構想し、建築家・中山眞琴が設計、2015年に開業した。約4万㎡の敷地に独立した15室が点在し、全室に内湯と天然温泉の露天を引く。掲げるテーマは谷崎潤一郎「陰翳礼讃」。空間のすべてを均一に照らすのではなく、陰を生かすことに主眼を置く。灯具の選択を「どれだけ照らすか」ではなく「どれだけ闇を残すか」で行う、引き算の美学がこの宿の核にある。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計したところ、原生林に沈む静けさ、全室の内湯・露天、独立性の高い客室の設計に高い評価が確認された。都市の明るさから完全に切り離される点を滞在価値の中心に置く旅人が多いと読み取れる。一方で、冬季のアクセスと最上位に近い価格帯は前提として押さえておきたい。過度に賑やかな体験を求める向きには、静けさが勝ちすぎる可能性がある。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    陰翳と静寂を積極的に選ぶ大人旅、全室露天でこもりたいカップル、自然のなかで灯りを絞りたい人
  • 向かない:
    移動の利便を最優先する旅程、明るく開放的な空間を望む人、繁華な滞在を求める家族連れ

具体情報

  • 客室数: 15室(全室 内湯+露天、スイート 約70〜80㎡)
  • 設計: 中山眞琴 / 創設 ショウヤ・グリッグ
  • 開業: 2015年6月
  • 敷地: 約4万㎡、ニセコの原生林内
  • アクセス: 新千歳空港から車約2時間


3. LOG — 広島・尾道

尾道の坂の中腹に六室。和紙を折り重ねた一灯が、部屋に陰影を落とす。

Media Picks Score: 91 / 100  6室、1963年築を改修したデザイン宿。

目安価格 ¥79,000–¥87,000 / 泊 (2名1室・通常期)


LOG(尾道)— 広島・尾道 · スタジオ・ムンバイ設計、和紙を用いた客室の陰影
PHOTO: LOG — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

インドのスタジオ・ムンバイ(ビジョイ・ジェイン)が国内で初めて手がけた宿。1963年築の集合住宅を改修し、2018年に開業した。和紙作家・ハタノワタルの手漉き和紙を床・壁・天井に用い、公式は「一枚の和紙を折り重ねた照明シェードが明かりを包み、印象的な陰影を生み出す」と記す。灯具そのものが素材の作家性を主張する、本稿の主題に最も近い一軒である。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計したところ、和紙に包まれた客室の質感、坂の中腹という立地からの眺め、少数客室ならではの静けさに評価が集まった。空間全体が「一枚の和紙」のように光を濾す点を滞在の核と捉える声が読み取れる。一方で、坂道のアクセスと6室のみという規模は、荷物の多い旅や大人数には向きにくい。均質な快適さより、素材の手ざわりを取りにいく宿と言える。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    建築・工芸を目的に旅する人、和紙と光の関係を体験したい人、尾道の坂と路地を歩いて回る旅程
  • 向かない:
    車寄せからの利便を求める人、広い客室や大浴場を望む人、段差や坂の少ない滞在を優先する旅

具体情報

  • 客室数: 6室(3階)
  • 客室面積: 約40㎡
  • 設計 / 和紙: スタジオ・ムンバイ(ビジョイ・ジェイン) / 和紙作家 ハタノワタル
  • チェックイン: 15:00〜20:00 / アウト 〜11:00
  • 開業: 2018年(1963年築の集合住宅を改修)
  • 最寄り駅: JR尾道駅から徒歩約15分(千光寺山の中腹)


4. あさば — 静岡・修善寺

1484年創業。池に張り出す能舞台「月桂殿」、灯りは夜の演能にある。

Media Picks Score: 90 / 100  17室、能舞台を擁する料理旅館。

目安価格 ¥273,000–¥388,000 / 泊 (2名1室・通常期)


あさば — 静岡・修善寺 · 1484年創業、能舞台『月桂殿』を望む料理旅館
PHOTO: あさば — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

修善寺に1484年創業と伝わる料理旅館。庭の池に張り出す能舞台「月桂殿」は、旧大聖寺藩主・前田利鬯子爵から寄進され、明治後期に七代目・浅羽保右衛門が東京から移築したものである。この宿における灯りの主題は、器具ではなく「夜の舞台」に置かれる。長く続く演能の夜、闇のなかに浮かぶ舞台と、それを映す池の面が、灯りと影の関係を最も劇的に見せる。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計したところ、池と能舞台を望む眺め、正統派の日本料理、数寄屋の設えに高い評価が確認された。歴史ある建物と庭を「舞台装置」として滞在に組み込む点を核と捉える旅人が多い。一方で本稿5軒のなかでも最上位の価格帯であり、伝統的な様式ゆえに好みが分かれる要素もある。革新的なデザインより、様式の完成度を味わう宿と言える。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    伝統様式と能・庭を味わいたい大人、記念日の贅を求める旅、闇と幽玄の演出を体験したい人
  • 向かない:
    価格を抑えたい旅程、現代的なミニマルデザインを望む人、賑やかで動きの多い滞在を求める家族連れ

具体情報

  • 客室数: 17室
  • 創業: 1484年
  • 能舞台: 「月桂殿」(明治後期に東京から移築、旧大聖寺藩主・前田利鬯子爵の寄進)
  • 食事: 正統派の日本料理(料理旅館)
  • 最寄り駅: 伊豆箱根鉄道 修善寺駅から車約10分


5. Azumi Setoda — 広島・瀬戸田

瀬戸田の旧邸を継ぐ二十二室。杉と檜の数寄屋を、光と空気が一日かけて移ろう。

Media Picks Score: 89 / 100  22室、築140年の邸宅を改修した数寄屋の宿。

目安価格 ¥107,000–¥161,000 / 泊 (2名1室・通常期)


Azumi Setoda — 広島・瀬戸田 · 築140年の邸宅を改修した数寄屋造りの旅館
PHOTO: Azumi Setoda — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

アマンを創業したエイドリアン・ゼッカが手がけ、数寄屋建築の三浦史朗(六角屋、中村外二工務店の出身)が生口島・瀬戸田の築140年の邸宅を改修、2021年に開業した。杉と檜による数寄屋造りで、公式は空間が「一日を通じて光と空気とともに静かに移ろう」と記す。灯具を主張させるより、光そのものを建築で受け止める側の一軒であり、素材の経年と自然光の関係で灯りを読ませる。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計したところ、旧邸を活かした数寄屋の設え、杉と檜の素材感、瀬戸内の光を取り込む開口への評価が確認された。向かいの公衆浴場「yubune」と行き来する滞在の体験性も支持されている。一方で、しまなみ海道の島という立地は移動計画を要し、伝統的な数寄屋ゆえに現代的な派手さはない。土地と建物の履歴を静かに味わう旅に向く。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    数寄屋建築と素材の経年を読む人、しまなみ海道を巡る旅程、光と影の日内変化を客室で味わいたい人
  • 向かない:
    駅直結の利便を優先する旅、大浴場や広い共用部を望む人、島への移動を負担に感じる旅程

具体情報

  • 客室数: 22室
  • 客室面積: 50〜70㎡
  • 設計: 三浦史朗(六角屋) / 創設 エイドリアン・ゼッカ
  • 開業: 2021年(築約140年の邸宅を改修)
  • 風呂: 全室 檜風呂、向かいに公衆浴場「yubune」
  • 立地: 生口島・瀬戸田(しまなみ海道)


よくある質問

Q. この5軒に共通する「灯りの読み方」は何ですか?

A. 大きく二つに分かれる。LOG やあさばのように、和紙の照明シェードや能舞台という「灯る対象」を主語に置く軒と、べにや無何有や坐忘林のように、器具をあえて減らし「暗さ」を設計する軒である。前者は光を足し、後者は引く。どちらも共通して、明るさの量ではなく陰影の質で客室を語っている。

Q. イサム・ノグチの AKARI を客室に常設している宿はありますか?

A. 本稿の5軒は AKARI を客室の定番什器としては置いていない。ただし AKARI が岐阜提灯の技法と和紙から生まれた「光の彫刻」であることを踏まえると、その系譜は LOG の手漉き和紙による照明シェードに明快に読める。灯具の作家性という観点では、素材と製法を共有する一灯として位置づけられる。

Q. 灯りを主題に旅するなら、ベストシーズンはいつですか?

A. 編集部が推すのは、日没が早まり夜が長くなる晩夏から晩秋である。客室に灯る一灯の効果は、外が明るい夏の日中よりも、暮れの早い時季にはっきりと立ち上がる。紅葉期のあさばやべにや無何有は特に予約が集中するため、早めの計画が必要になる。

Q. 予約はどのくらい前に取るべきですか?

A. いずれも客室が6〜22室と少なく、週末や連休、紅葉・雪のシーズンは数か月前から埋まりやすい。特に坐忘林の冬季とあさばの紅葉期は競争が激しい。日程に幅を持たせ、平日を軸に組むと選択肢が広がる。

Q. 子ども連れでも滞在できますか?

A. いずれも静けさと段差のある建築を前提とした宿で、少数客室ゆえに運用も静かな滞在に寄っている。LOG は6室のみ、べにや・坐忘林も静寂を核とするため、幼児連れの場合は年齢制限や添い寝の可否を事前に確認しておきたい。

Q. アクセスはどう考えればよいですか?

A. LOG と Azumi Setoda は尾道・瀬戸田のしまなみ圏、べにや無何有は JR加賀温泉駅、あさばは修善寺駅が起点になる。坐忘林は新千歳空港から車約2時間のニセコ。いずれも駅直結ではなく、灯りを絞った環境を得る対価として、ひと手間の移動が伴う。

本記事の参考情報

Wikipedia: 陰翳礼讃 — 谷崎潤一郎による、陰影と弱い光をめぐる美意識の背景
Wikipedia: AKARI — イサム・ノグチが和紙と岐阜提灯の技法から生んだ照明の来歴
Wikipedia: 山代温泉 — べにや無何有が位置する温泉地の歴史・地理

編集部から

灯具を主語に宿を読むと、上質さの尺度が「どれだけ明るいか」から「どれだけ暗さを設計できたか」へ静かに反転する。今回の5軒は、和紙の一灯で陰影を作るLOGから、器具を消して闇を残すべにや無何有・坐忘林まで、光を足す側と引く側の両極に並んだ。夜が長くなる晩夏、客室の一灯が効き始める時季にこそ、この違いは体感として立ち上がる。あなたが次の一泊に求めるのは、灯りを足す夜だろうか、それとも引く夜だろうか。その問いが、宿選びの新しい軸になる。

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