那須で室数10以下の小宿を探すなら、板室・関谷の湯治場の側と、湯本・高久の別荘地の側から編集部が選んだ次の5軒が候補になります。那須の滞在文化には二つの系譜があります。ひとつは、康平2年(1059年)の開湯と伝わり「下野の薬湯」と呼ばれてきた板室の湯治。もうひとつは、大正15年(1926年)の那須御用邸の開設と、明治期の那須野が原の華族農場に始まる別荘の文化です。表通りの那須街道から一本外れた板室・関谷・高久・湯本の周縁部には、この二つを小さな器に移し替えた宿が点在しています。今回は観光の拠点としてではなく、リゾート建築史の延長として那須を読むための5軒です。客室数、湯の引き方、食事の場の設え、最寄り駅からの距離を揃えて並べます。
| # | ホテル | エリア | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ONSEN RYOKAN 山喜 | 那須塩原市・板室 | 8 | ¥46–¥51k | 珪藻土壁と木の8室。大浴場に板室古来の立湯を再現 |
| 2 | 休庵いい田 | 那須塩原市・関谷 | 2 | ¥116–¥143k | 約100㎡の和・スイート2室。専用庭と室内ダイニング |
| 3 | 那須ノ宿 縁 | 那須町・高久(別荘地内) | 9 | ¥28–¥34k | 別荘地の一角。専用玄関付きの離れ別邸「常盤」 |
| 4 | 板室別邸 SPA和薬草 | 那須塩原市・板室 | 6 | ¥43–¥53k | 加温・加水なしの自家源泉と、湯治場時代の内湯 |
| 5 | 別邸 蜉蝣の月 | 那須町・湯本(新那須) | 7 | ¥85–¥95k | 全7室に大丸温泉の源泉掛け流し露天。13歳以下は不可 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。駅からの距離は地図上の直線距離で、道のりはこれより長くなります。
選定にあたっては、公開レビューデータを集計し、料理・湯・接客への評価が安定して高い宿に絞りました。一方で、築年・敷地坪数・設計者については、5軒とも公式サイトに記載がありません。推測の数字を並べるより、公表されている客室面積、源泉名、食事の場の構成を一覧化するほうが誠実だと編集部は判断しました。
1. ONSEN RYOKAN 山喜 — 那須塩原市・板室
板室温泉の湯治の型を、珪藻土と木の8室に置き直した現代建築の宿。
8室、旅館(小規模)。
目安価格 ¥46,000–¥51,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
板室温泉は昭和46年(1971年)に国民保養温泉地の指定を受けた、栃木県内では日光湯元温泉と並ぶ国民保養温泉地です。山喜はその湯治の型を、豪奢ではない現代建築に置き直した宿と言えます。理由は三つあります。第一に、8室すべてが異なる間取りで、木と珪藻土壁に素材を絞っていること。第二に、大浴場で板室古来の入浴法である立湯を再現していること。第三に、温泉の排湯をヒートポンプで再利用する仕組みにより、平成30年度の環境大臣表彰を受けていることです。設備の数で競わず、湯と素材の筋を通している点が、編集部が首位に置いた理由です。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、評価は料理に最も厚く集まり、次いで接客の質と気配り、温泉、貸切の湯の順に続きます。目立った弱点が浮かばない点も、小規模旅館としては珍しい傾向です。山喜は、部屋に最初から布団を敷いておき、案内のあとはチェックアウトまでスタッフが部屋を訪ねない運営をとっています。この放っておく接客が、気配りへの評価と矛盾せず両立していることが読み取れます。食事は個室で出され、地場の山菜や那須産の米を中心にしたコースが組まれています。
向く人 / 向かない人
-
向く:
湯治場の入浴法を体で確かめたい人、素材の質で空間を選ぶ建築好き、仲居の出入りが少ない滞在を好む二人旅 -
向かない:
広い客室を求める人(客室部分は約10〜18㎡)、全室に客室風呂を望む人(檜のビューバス付きは2室のみ)、館内で過ごす設備の多さを重視する旅程
具体情報
- 最寄り駅: 黒磯駅から路線バスで約35分、那須塩原駅から約50分(終点「板室温泉」から徒歩約2分)。黒磯駅から直線約16km
- 送迎: 那須塩原駅西口ロータリー14:30発、1日1便(要予約)
- 客室サイズ: 客室部分 9.72〜17.50㎡(タイプにより寝室8.64〜14.40㎡が別に付く)
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00、全館禁煙
- 温泉: 源泉2本、すべて源泉かけ流し。山口源泉はアルカリ性単純温泉、泉温42.2度
- 食事: 夕食・朝食とも個室「𣜿(ゆずりは)」で和のコース
2. 休庵いい田 — 那須塩原市・関谷
約100㎡の和・スイートが2室だけ。日本橋人形町の料理屋が塩原の入口に構えた庵。
2室、旅館(1日2組)。
目安価格 ¥116,000–¥143,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
都会の店が地方に別邸を構えるという、那須の別荘文化に近い成り立ちを持つ一軒です。器と設えには、日本橋人形町『和膳いい田』の方針が反映されていると宿自身が説明しています。理由は三つです。客室が「那須の庵」「塩原の庵」の2室だけで、それぞれ約100㎡あること。寝室、居間、掘りごたつ式の居間、個室ダイニング、露天風呂、内湯、テラスが一室の中で完結していること。そして窓の外に、小さな池と小川の流れる専用庭があること。室数の少なさがそのまま静けさにつながっている宿です。
集約レビューの傾向
公開レビューデータでは、料理への評価がとりわけ厚く、温泉、気配り、もてなしがこれに続きます。弱点として目立つ項目は浮かびません。総料理長が温かい料理は温かいうちに、客のペースに合わせて一品ずつ出す会席を、客室内のダイニングでとる構成です。この食事の運び方への評価が、全体のスコアを支えていると読み取れます。2室しかないため評価の母数は他の4軒より小さく、評価の厚さよりも振れの少なさに注目すべき宿と言えます。
向く人 / 向かない人
-
向く:
記念日の二人旅、部屋から一歩も出ずに完結する滞在を望む人、会席の運びと器を味わいたい食の旅 -
向かない:
大浴場や館内の回遊を楽しみたい人(共用の浴場はない)、予算を抑えたい旅程、直前に予約を決める人(1日2組のため埋まりやすい)
具体情報
- 最寄り駅: 那須塩原駅から直線約9km(車での移動が前提)
- 客室サイズ: 約100㎡(2室とも。セミダブルベッド2台)
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00(手続きは客室で行う)
- 食事: 夕食・朝食とも客室内の個室ダイニングで会席・和朝食
- 温泉: 塩原日の出温泉。アルカリ性単純温泉、泉温68.4度、pH9.20
- 駐車場: 無料、2台
3. 那須ノ宿 縁 — 那須町・高久
那須高原の別荘地の中に建つ小宿。専用玄関を持つ離れ「常盤」で別荘の暮らしをなぞる。
9室、旅館(小規模)。
目安価格 ¥28,000–¥34,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
今回の5軒の中で、別荘地という那須の土地利用に最も素直に寄り添っている宿です。宿自身が「那須高原の静かな別荘地に佇む小さな宿」と名乗っています。アクセス案内でも、近隣住民の敷地への立ち入りや、車のUターンを控えるよう求めています。選んだ理由は三つあります。客室の構成が、別荘のような気取らない和洋室から、二面採光の洋室、露天風呂付きの特別室まで幅をもつこと。専用の駐車場と玄関、温泉の露天風呂とミストサウナを備えた離れ別邸「常盤」があること。大きな旅館やホテルで料理長を歴任した料理人が、あえてこの規模で会席を組んでいることです。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、料理の質への評価が最も厚く、接客、風呂、貸切の湯、料理の量が続きます。一方で、客室の古さやにおい、露天風呂について厳しめの声が一定数見られ、5軒の中では建物の経年が評価に表れやすい宿と言えます。価格帯は今回の5軒で最も手の届きやすい水準です。料理を主目的に据え、客室の新しさにはこだわらない人であれば、評価の偏りはむしろ読みやすいものです。
向く人 / 向かない人
-
向く:
別荘地の静けさを味わいたい人、料理を軸に宿を選ぶ人、離れで他の客と動線を分けたい二人旅や小グループ -
向かない:
新築に近い内装を求める人(客室の経年に触れる評価がある)、源泉掛け流しにこだわる人(貸切風呂は加温・加水・循環ろ過)、車を使わない旅程
具体情報
- 最寄り駅: 黒磯駅から東野バス那須線で約17分、「下守子」下車徒歩約5分。黒磯駅から直線約11km
- 車: 東北自動車道那須ICから那須街道で7.5km、約15分
- 客室: 一般客室和洋室、二面採光洋室(1室)、露天風呂付き特別室、半露天付きの二人用客室、離れ別邸「常盤」
- 風呂: 貸切風呂2か所(無料、1組40分、15:00〜24:00)。アルカリ性単純温泉
- 食事: 那須の食材を中心にした創作和食会席
4. 板室別邸 SPA和薬草 — 那須塩原市・板室
湖際の6室で、加温も加水もしない自家源泉に浸かる。湯治場をリトリートとして読み替えた一軒。
6室、旅館(湯治リトリート)。
目安価格 ¥43,000–¥53,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
山喜と同じ板室にありながら、湯治の読み替え方がまるで違う宿です。山喜が建築で湯治を更新したとすれば、こちらは滞在のプログラムで更新しています。理由は三つです。源泉「室井源泉」を加水せず、塩素や循環ろ過も使わずにかけ流していること(季節により一部加温)。湯治場時代の姿を残すという内湯に、温度の異なる湯船が二つあること。洗い場もシャワーも置かない貸切の露天風呂が、緑の中にひとつだけあることです。客室は意匠の異なる6室で、物を減らした余白の多い設えにしています。
集約レビューの傾向
公開レビューデータでは、料理とスパ・トリートメントへの評価がほぼ並んで厚く、滞在中の飲み物、露天風呂、自然環境が続きます。弱点として目立つ項目は浮かびません。リトリートプランには夕食・朝食、貸切露天、ヨガや瞑想、アロマトリートメントが含まれます。この料金に込みの構成そのものが評価されていると読み取れます。野菜中心の食養生で、益子焼の器を使っている点も評価に影響していると考えられます。
向く人 / 向かない人
-
向く:
湯治とボディケアを一泊で組み合わせたい人、刺激の強い湯が苦手な人(ぬるめの湯)、森林浴や朝のヨガを旅程に入れたい一人旅 -
向かない:
決まった時間割に縛られたくない人(13時チェックインからのプログラム制)、品数の多い会席を期待する人
具体情報
- 最寄り駅: 那須塩原駅西口ロータリーから送迎あり(12:30待ち合わせ)。黒磯駅から直線約15km
- 客室サイズ: 6畳〜8畳(全6室。うち4室はテラス付き、「竹」はブランコ付きテラス)
- チェックイン: 13:00 / アウト 10:00
- 温泉: 室井源泉(硫酸塩泉・カルシウム泉・ナトリウム泉)。内湯13:00〜22:00 / 4:00〜9:00、露天は貸切制
- 食事: 和食を軸にした野菜中心の食養生(夕食・朝食)
5. 別邸 蜉蝣の月 — 那須町・湯本(新那須)
大正期に大丸温泉から湯を引いて生まれた新那須で、全7室に源泉掛け流しの露天を備えた大人の宿。
7室、旅館(13歳以下の宿泊不可)。
目安価格 ¥85,000–¥95,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
新那須温泉は、大正12年(1923年)に大丸温泉の源泉からの引き湯に成功し、那須湯本の南に旅館が開業してできた温泉地です。御用邸の開設を3年後に控えた時期で、那須がリゾートとしての輪郭を得はじめた頃にあたります。蜉蝣の月はいまもその大丸温泉の湯を引いています。理由は三つあります。全7室に源泉掛け流しの露天または半露天風呂があり、1階の客室の多くが信楽焼の湯船であること。洞窟のようなドームを持つ「梟の月」など、貸切風呂が2つ無料で使えること。2023年6月に、100年前のステンドグラスを意匠に取り込んだ貴賓室「天空の月」を2階に加えたことです。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、料理の質が最も厚く評価され、気配り、スタッフの親しみやすさ、風呂、客室が続きます。一方で、貸切風呂の運用や客室の広さ、その他の設備について指摘が少数見られます。客室タイプの幅が大きく、どの部屋を選ぶかで体験が変わりやすい宿と言えます。スコアは5軒の中で最も低くなりましたが、これは集計上の評価が他の4軒より分散しているためです。料理と湯の評価が厚いことに変わりはありません。
向く人 / 向かない人
-
向く:
子どもの声を気にせず過ごしたい大人の二人旅、客室露天を時間を気にせず使いたい人、犬と泊まりたい人(2階貴賓室「天空の月」は専用ドッグラン付き) -
向かない:
13歳以下の子連れ(宿泊不可)、グルテンフリー対応を要する人(和食の調味料の都合で非対応と明記)、木造の古い湯治宿の空気を求める人
具体情報
- 最寄り駅: 那須塩原駅から路線バスで約40分、「新那須」下車徒歩約3分。黒磯駅から直線約14km
- 車: 東北自動車道那須ICから那須街道で約10.5km
- 客室: 全7室(1階5室、2階2室)。全室に源泉掛け流しの露天または半露天風呂
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00(一人での宿泊も可)
- 温泉: 大丸温泉の源泉、単純温泉。貸切風呂2か所は15:00〜23:00、1組40分
- 食事: 1階客室の食事処は個室料亭。ほかに個室ダイニングがある。鉄板焼きは1日1組(要予約)
よくある質問
Q. 泊まるならどの時季ですか?
A. 編集部が推すのは、晩夏から紅葉期にかけてです。那須高原は西岸海洋性気候に属し、真夏日が少ないため、8月下旬から9月は避暑の名残を静かに味わえます。10月に入ると色づきが山の上から下りてきます。冬は積雪と凍結があり、蜉蝣の月は12月〜3月初旬のスタッドレスタイヤかチェーンを必須としています。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. 宿によって条件が異なります。蜉蝣の月は13歳以下の宿泊を受け付けていません。そのほかの宿は、予約前に年齢の条件を宿へ確認するのが確実です。
Q. 車がなくても行けますか?
A. 行けます。山喜は那須塩原駅西口14:30発の送迎が1日1便、板室別邸は同じく西口で12:30に待ち合わせる送迎があります。縁は黒磯駅から路線バスで「下守子」まで約17分、蜉蝣の月は那須塩原駅からバスで「新那須」まで約40分です。休庵いい田は車での移動が前提になります。
Q. 宿泊税はかかりますか?
A. 那須町では2026年10月1日から宿泊税が導入されました。1人1泊あたり、素泊まり料金に応じて100円から3,000円まで段階的にかかり、12歳未満は課税免除です。今回の5軒では、那須町内にある縁と蜉蝣の月が対象になります。
Q. 一人でも泊まれますか?
A. 蜉蝣の月は、公式サイトで一人での宿泊を受け付けると明記しています。そのほかの宿は、プランごとの人数設定を確認するのが確実です。
本記事の参考情報
・Wikipedia: 板室温泉 — 開湯伝承、国民保養温泉地指定(1971年)、綱の湯
・Wikipedia: 那須温泉郷 — 新那須温泉の成立(1923年)と那須七湯
・Wikipedia: 旧青木家那須別邸 — 那須野が原の華族農場と別邸建築
・Wikipedia: 那須平成の森 — 那須御用邸(1926年)用地の一般開放
・Wikipedia: 那須高原 — 気候区分と那須御用邸の開設年
・なすしおばら観光NAVI(那須塩原市観光局) — 板室・塩原エリアの観光情報
編集部から
5軒を並べると、那須の小宿は二つの系譜の上に立っていることが見えてきます。板室の2軒は、湯治場の湯と入浴法をどう現代に移すかという問いに、建築とプログラムという別々の答えを出しています。高久の縁と関谷のいい田は、東京から那須野に拠点を持つという、明治以来の別荘の作法を小さな規模でなぞっています。新那須の蜉蝣の月は、御用邸の時代に引かれた湯の上に、いまの贅沢を重ねています。どの系譜から那須に入るかで、同じ高原の見え方は変わります。次の滞在は、湯治の側と別荘の側のどちらから始めますか。