コンクリートの打放し面に、木の凹凸を写し取る——杉板を型枠に用いた「杉板型枠コンクリート」を、共用部や客室の主役に据えた宿を、編集部は5軒選んだ。安藤忠雄が磨き上げた均質なパネル打放しが「無」へ向かう仕上げだとすれば、杉板型枠はその対極にある。脱型のあと、木目という他者の痕跡を石の表面に残したまま固定する。つまり、ひとつの面に「コンクリート」と「木」という二つの素材が二重化して現れる。木の温もりを謳う商業的な文脈からいったん離れ、この仕上げを設計上の判断として読み解いてみたい。
| # | 宿 | エリア | Score | 室数 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ふふ奈良 | 奈良県・奈良市 | 93 | 30 | ¥132–¥224k | 隈研吾設計、吉野杉の木目を転写した打放し |
| 2 | 坐忘林 | 北海道・倶知安町 | 92 | 15 | ¥196–¥230k | 中山眞琴設計、原生林に沈む杉板型枠の外壁 |
| 3 | アマネム | 三重県・志摩市 | 90 | 28 | ¥295–¥405k | ケリー・ヒルの均質打放しと石の対比 |
| 4 | ふふ 河口湖 | 山梨県・富士河口湖町 | 92 | 32 | ¥181–¥280k | 富士を望む森、欅と打放しの併置 |
| 5 | ふふ京都 | 京都府・左京区 | 90 | 40 | ¥112–¥219k | 南禅寺参道、数寄屋と打放しの接合 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
杉板型枠という判断——「消す打放し」と「残す打放し」
打放しコンクリートには、大きく二つの流派がある。ひとつは、合板やベニヤの型枠で表面を極限まで平滑にし、目地とセパレータの穴だけを規則正しく残す均質な仕上げ。安藤忠雄の建築に代表される、いわば「面から情報を消していく」方向だ。もうひとつが、杉板を型枠に用いる杉板型枠コンクリート。脱型すると、板の年輪や節、木目の凹凸がそのまま石の表面に転写される。前者が素材の存在を極小化しようとするのに対し、後者は型枠だったはずの木の痕跡を、あえて仕上げとして「残す」。
この差は、単なる意匠の好みではない。杉板型枠は、木という有機物の記憶をコンクリートという無機物に刻み込む。触れると、平滑な打放しにはない微細な凹凸が指に返ってくる。視覚では石、触覚では木——ひとつの面が二つの素材として立ち上がる。これを本稿では「素材の二重化」と呼びたい。木の温もりという情緒的な語彙で片づけず、二つの物質性を一枚の面に同居させる設計判断として見ると、選ばれた宿の性格がくっきりしてくる。
1. ふふ奈良 — 奈良・奈良公園
隈研吾が吉野杉の木目を打放し面に転写した、素材の二重化の決定版。
Media Picks Score: 93 / 100 30室、2020年開業のスモールラグジュアリーリゾート。
目安価格 ¥132,000–¥224,000 / 泊 (2名1室・通常期)

奈良公園の一角、旧山口氏南都別邸庭園に隣接して建つ。設計は隈研吾。地元の吉野杉を型枠に用いた打放し面が、共用部の壁として繰り返し現れる。均質な打放しが目指す無表情とは逆に、ここでは板一枚ごとの木目の差が面に刻まれ、光の角度で陰影が動く。石でありながら木の記憶を宿す壁が、奈良という土地の杉材と結びつく——素材の二重化が、そのまま地域の固有性の表明になっている。荒い転写ではなく、あくまで端正に整えられた木目が、この宿の抑制を物語る。
2. 坐忘林 — 北海道・ニセコ
中山眞琴設計、原生林に沈む杉板型枠の外壁が硝子と拮抗する15室。
Media Picks Score: 92 / 100 15室、2015年開業の全室露天風呂付き。
目安価格 ¥196,000–¥230,000 / 泊 (2名1室・通常期)

ニセコ・花園の原生林に沈むように建つ全15棟。設計は中山眞琴。外壁には杉板型枠コンクリートが用いられ、木目を残した重い面が、大開口の硝子という軽い面と拮抗する。均質な白い打放しではこの拮抗は成立しない。荒く粗野な木目を帯びた壁だからこそ、森の質感と呼応し、内と外の境界が曖昧になる。「坐して忘れる」という禅の名を持つこの宿で、素材の二重化は自然への接続装置として働いている。禅の静けさと荒い物質性が同居する希有な一軒だ。
3. アマネム — 三重・志摩
ケリー・ヒルの均質な打放しと石が、木目転写の対極を示す比較軸。
Media Picks Score: 90 / 100 28室、2016年開業のアマン系リゾート。
目安価格 ¥295,000–¥405,000 / 泊 (2名1室・通常期)

本稿にあえて、木目を転写しない打放しの宿を一軒挟みたい。英濠の建築家ケリー・ヒルが手がけた伊勢志摩の低層リゾート。ここでの打放しは、木の痕跡を消した均質な面と、荒々しい自然石を組み合わせる方向にある。杉板型枠が「一枚の面のなかで素材を二重化する」のに対し、アマネムは「均質な面と別素材の面を並置する」。二重化と並置——同じ素材の扱いでも判断が逆を向く。この対比を置くと、杉板型枠を選ぶことの積極性がかえって際立つ。均質派の到達点として読める一軒である。
4. ふふ 河口湖 — 山梨・河口湖
富士を望む森で、打放しと欅の切り株を併置した32室。
Media Picks Score: 92 / 100 32室、2018年開業の全室スイート。
目安価格 ¥181,000–¥280,000 / 泊 (2名1室・通常期)

河口湖越しに富士を望む森のリゾート。設計はTKN Architects、施工は竹中工務店。伐採した欅の切り株をベンチやカウンターに転用するなど、木の実物を空間に持ち込む手法が徹底されている。打放し面は色や素材で突出させず、木という実体との併置のなかに置かれる。杉板型枠のように木目を石に「転写」するのではなく、木そのものと打放しを同じ空間で対話させる——素材の二重化を、面の内部ではなく空間全体のスケールで試みた一軒として読める。
5. ふふ京都 — 京都・南禅寺
南禅寺参道で、数寄屋の木肌と打放しを接合した40室。
Media Picks Score: 90 / 100 40室、2021年開業のスモールラグジュアリーリゾート。
目安価格 ¥112,000–¥219,000 / 泊 (2名1室・通常期)

南禅寺の参道沿い、無鄰菴にほど近い立地。数寄屋的な木の肌理と打放しコンクリートを接合し、京都の様式のなかに現代素材を静かに差し込む。木と石の質感が同一空間で切り替わる境界の処理に、この宿の設計上の関心が集まっている。杉板型枠が「一枚の面での二重化」だとすれば、ふふ京都は「隣り合う面での質感の切り替え」。同じ都市プレミアム帯でも、素材への向き合い方が土地の様式によって変わることを教えてくれる。京の様式性が現代の打放しをどう受け止めるか、その解答の一つと言える。
本稿で触れた5軒——二重化と並置のあいだ
5軒を並べると、「素材の二重化」という判断がいくつもの解を持つことが見えてくる。ふふ奈良と坐忘林は、一枚の打放し面のなかに木目を転写する正統な杉板型枠。ふふ河口湖は木の実物と打放しを空間で併置し、ふふ京都は隣り合う面で木肌と石を切り替える。そしてアマネムは、あえて木目を消した均質な打放しを別素材と並べる——対極の判断として、比較の基準線を引いてくれる。均質か、転写か。並置か、二重化か。同じ「打放し」という語のもとに、これだけ異なる思想が同居している。
公開レビューデータを集計したところ、これら5軒はいずれも当該エリアで空間・建築への高い評価が確認された宿である。ただし本稿の関心は評点そのものではなく、素材をどう扱うかという設計判断のほうにある。次に打放しの壁に触れる機会があれば、それが「消す打放し」なのか「残す打放し」なのか——指先で確かめてみてほしい。その一点だけで、宿を設計した者の思想がずいぶん透けて見えるはずだ。
よくある質問
Q. 杉板型枠コンクリートとは何ですか?
A. 杉の板を型枠に用いてコンクリートを打設し、脱型後も板の木目や節の凹凸を表面に残す打放し仕上げです。合板型枠による均質な打放しとは対照的に、石の面に木の痕跡が転写されるのが特徴です。
Q. 安藤忠雄の打放しとどう違いますか?
A. 安藤建築に代表される打放しは、面を極限まで平滑にし情報を「消す」方向です。杉板型枠は逆に、型枠だった木の凹凸を「残す」。同じ打放しでも、素材の存在を消すか刻むかで設計思想が正反対に位置します。
Q. 本稿の5軒はすべて杉板型枠を使っていますか?
A. ふふ奈良・坐忘林が正統な杉板型枠、ふふ河口湖・ふふ京都は木と打放しの併置・接合という近縁の手法です。アマネムはあえて木目を消した均質な打放しで、対比の基準として取り上げています。
Q. ベストシーズンはいつですか?
A. 通年で建築を味わえますが、編集部が推す時期はエリアごとに異なります。奈良・京都は木肌の陰影が深まる晩秋、ニセコの坐忘林は雪が壁の質感を際立たせる厳冬期が印象に残ります。
Q. 予約のタイミングは?
A. いずれも15〜40室の小規模宿で、週末や連休は数か月前から埋まる傾向があります。特定の客室タイプを望む場合は、2〜3か月前の予約が現実的です。
本記事の参考情報
・Wikipedia: 隈研吾 — 建築家の経歴と作品
・Wikipedia: 打放しコンクリート — 仕上げ工法の背景
編集部から
杉板型枠という一点から宿を選ぶと、立地でも料理でもなく「素材への態度」で建築が並び替わる。均質を目指すか、木目を残すか。この小さな判断が、空間の性格を決定づけている。ラグジュアリーという語で括られがちな宿を、素材の二重化という補助線で読み直すと、設計者の思想がかえって鮮明になる。あなたが次に泊まる宿の壁は、素材を消しているだろうか、それとも刻んでいるだろうか。