湯田中温泉で建築として一軒を読むなら、編集部が選ぶのはよろづやの「桃山風呂」です。昭和28年(1953年)に完成した純木造の大浴場で、平成15年(2003年)に国の登録有形文化財となりました。同じ年に登録された客室棟「松籟荘」は、令和3年(2021年)2月の火災で失われ、2024年3月に一日五組の宿として建て直されています。本稿は、この七十年余りの経緯を、写真映えする湯殿としてではなく、木造湯屋の技術の記録として読みます。誰が設計し、どの棟梁が組み、石や木はどこから来たのか。宿が自ら公開している沿革をもとに、伽藍建築の語彙を借りて建てられた戦後の湯屋の姿を、整理して記します。湯田中が雪に覆われる厳冬期は、庭園露天風呂から湯屋の屋根を見上げられる季節でもあります。

年 建物 出来事
1789〜1801年頃 萬屋 寛政年間の古文書に「萬屋傳蔵」の署名。湯宿としての創業はこの頃とされる
1939年(昭和14年) 旧松籟荘 木造三層の数寄屋建築、1,951㎡が完成。棟梁は宮大工・今井定次郎
1953年(昭和28年)9月 桃山風呂 1951年初めの着工から約3年かけて完成。翌年に庭園露天風呂
1969年(昭和44年) 本館 木造の本館を鉄筋コンクリート造8階建てに改築
2003年(平成15年)12月 松籟荘・桃山風呂 国の登録有形文化財に
2021年(令和3年)2月11日 旧松籟荘 焼失
2024年(令和6年)3月1日 新・松籟荘 木造2階・地下1階、全5室の宿として開業

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

湯田中温泉 よろづや — 長野県山ノ内町

戦後の湯屋に寺院建築の組物を持ち込んだ、1953年完成の登録有形文化財の大浴場を持つ宿。

公式の施設概要で総客室数28室。鉄筋コンクリート造8階の本館に、登録有形文化財の大浴場「桃山風呂」が付く温泉旅館です。

目安価格 ¥64,000–¥78,000 / 泊 (2名1室・通常期)


湯田中温泉 よろづや — 長野県山ノ内町 · 1953年完成、登録有形文化財の純木造大浴場「桃山風呂」の楕円形浴槽と格子組の天井
PHOTO: 湯田中温泉 よろづや — 公式サイトを見る →

歴史と建築 — 二つの棟と、二人の棟梁

よろづやの沿革は寛政年間(1789〜1801年)にさかのぼります。寛政元年の連判証文に「萬屋傳蔵」の署名が残り、宿はこれを湯宿としての創業の根拠としています。湯田中は松代藩真田家の湯治場であり、北国街道を往来する善光寺参りの客を迎える湯でもありました。

建築として最初の山は、昭和14年(1939年)に完成した旧松籟荘です。不況の中で館主・小野博が増築に踏み切った木造三層の数寄屋建築で、延べ1,951㎡。総投資額は当時の10万円、主要材の杉と松は越後から運ばれました。棟梁は地元出身の宮大工、今井定次郎。宿の記録には、155畳の大広間「萬代」の天井が折上げ格天井だったことも記されています。

二つ目の山が、戦後の桃山風呂です。小野博は伊豆・修善寺の新井旅館にある大浴場「天平大浴堂」(1934年、日本画家・安田靫彦の設計)に倣い、安土桃山期の伽藍建築の語彙を集めた大浴場を構想しました。設計は、宿の記録によれば日劇や善光寺納骨堂に関わった沖津清。棟梁は社寺建築を得意とした地元の大工、市川正主です。昭和26年(1951年)初めに着工し、昭和28年9月に完成。翌年10月には庭園露天風呂が続きました。

数寄屋の客室棟を宮大工が組み、湯屋を社寺大工が組んだことになります。山ノ内の木造を支えたのは都市の建築家ではなく土地の大工だった、という点が、この宿を建築として読むときの起点になります。


湯田中温泉 よろづや — 長野県山ノ内町 · 庭園露天風呂側から見た桃山風呂の外観、組物を重ねた木造湯屋の夜景
PHOTO: 湯田中温泉 よろづや(庭園露天風呂から見た桃山風呂) — 公式サイトを見る →

桃山風呂を読む — 伽藍の語彙で組まれた湯屋

平面と寸法

浴室の総面積は約200㎡、湯船は約40㎡、容積は24トン。湯船は御影石を用いた楕円形で、洗い場は茨城・笠間産の稲田石で固められています。白く硬い花崗岩を洗い場に敷き、湯船にも御影石を使う。湿気と熱に長く耐えることを前提にした石の選び方で、木造の上部架構と石の下部が明確に分かれています。

架構と意匠

長野県の観光公式サイトは、この湯屋を「桃山調の書院造りと鎌倉形式の桝組を交えた純木造伽藍建築」と説明しています。柱の上で軒を受ける組物(桝組)は本来、寺院や社殿の語彙です。それを浴場の内部に持ち込み、四周に連続する窓と、格子に組んだ天井で湯殿を囲う。湯気に晒される場所で、あえて社寺の手間を選んだ構成です。脱衣所から浴室へは唐破風の玄関をくぐって入ります。庭園露天風呂の側から見ると、組物を重ねた木造の外観が、夜は照明を受けてそのまま庭の主景になります。

脱衣所という前室

浴室の手前の脱衣所は、宿自身が「神社仏閣と見まごう」と書く造りです。柱や天井には、湯治客が残した千社札が半世紀以上にわたって貼り重ねられています。建物の価値が意匠だけでなく使われた時間の層にもあることを、この前室がいちばん端的に示しています。


湯田中温泉 よろづや — 長野県山ノ内町 · 桃山風呂の脱衣所、千社札が残る柱と欄間、木の脱衣棚
PHOTO: 湯田中温泉 よろづや(桃山風呂の脱衣所) — 公式サイトを見る →

焼失と再建 — 2024年の松籟荘

令和3年(2021年)2月11日、旧松籟荘は火災で焼失しました。3年後の2024年3月1日、松籟荘は一日五組の宿として開業しています。木造2階・地下1階(一部鉄筋コンクリート造)、建築面積は約1,196㎡。客室は5室で、すべてに天然温泉掛け流しの露天風呂と坪庭が付き、広さは60〜95㎡です。

再建にあたって宿は、旧松籟荘にあった明かり取りの窓をロゴに起用し、新しい玄関にも再現したと説明しています。客室は宮大工の手で仕上げられ、「かつての松籟荘のように天井を高く」したとも記しています。旧棟の写しではなく、旧棟の要素を引用した新築である、と読むのが正確でしょう。2025年と2026年にはミシュランガイドのホテルセレクションで「1ミシュランキー」を得ています。宿泊者は隣のよろづや本館にある桃山風呂を使えます。

松籟荘の目安価格 ¥156,000–¥185,000 / 泊 (2名1室・通常期)


松籟荘 — 長野県山ノ内町・湯田中温泉 · 2024年再建、宮大工が仕上げた純和室の客室と障子越しの坪庭
PHOTO: 松籟荘 — 公式サイトを見る →

滞在の体験

桃山風呂は男女入れ替え制です。女性は15:00〜21:30、21:30〜22:00の清掃を挟んで男性が22:00〜翌9:30。もう一つの大浴場「東雲風呂」と時間帯で入れ替わるため、性別を問わず滞在中に一度は桃山風呂に入れます。湯は自家源泉3本から引く、ナトリウム塩化物・硫酸塩温泉です。源泉は93.6℃、毎分253リットル湧出し、高温のため約25%の井戸水で適温にしてから掛け流しています。

入浴時間外には、スタッフによる桃山風呂の見学ツアーと自由撮影の時間が設けられています。公式の案内では土曜10時開始の無料ツアーで、開催は不定期とも書かれているため、事前の確認が要ります。入浴中の撮影はできません。本館の宿泊者は、宿の隣にある共同浴場「大湯」も無料で使えます。湯田中の外湯は地域住民が管理しており、一般には開放されていません。

集約レビューが映すこの宿の本質

公開レビューデータを集計すると、よろづやへの評価は三つの軸に集まります。最も厚いのが料理、次いで浴場、そして接客です。浴場については大浴場の空間そのものと露天風呂への言及が多く、建物が宿泊の動機になっていることが読み取れます。一方で、昭和44年築の本館客室には古さを指摘する声が一定数あり、湯温の高さに触れる感想も見られます。湯屋は文化財として保たれ、客室は機能的な近代建築である。この二層構造を理解したうえで泊まると、評価の分かれ方にも納得がいきます。

立地と周辺

長野電鉄の終点・湯田中駅から徒歩7分。東京駅からは北陸新幹線と長野電鉄を乗り継いで約2時間30分、車なら上信越道の信州中野ICから約15分です。駅との間は宿の無料送迎があり、迎えは15:00〜18:30、送りは8:00〜11:00で、事前の連絡が要ります。湯田中から渋温泉にかけては木造の湯宿が連なり、少し足を延ばすと地獄谷野猿公苑、冬は志賀高原のゲレンデに届きます。厳冬期の北信濃は雪が深く、庭園露天風呂から桃山風呂の屋根に積もる雪を見る景色は、この季節に限られます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    湯屋建築や近代和風建築を目的にした旅、社寺の組物や木造の架構を実物で見たい人、雪の北信濃で湯治的に二泊以上する旅程、湯田中・渋の木造宿を続けて巡る人
  • 向かない:
    客室そのものに新しさを求める人(本館は昭和44年築の鉄筋コンクリート造)、桃山風呂に好きな時間帯に入りたい人(男女入れ替え制)、松籟荘を子ども連れで考えている家族(中学生未満は宿泊不可)

具体情報

  • 最寄り駅: 長野電鉄 湯田中駅から徒歩7分(無料送迎あり・要事前連絡)
  • 桃山風呂: 1953年完成、浴室約200㎡・湯船約40㎡・24トン、2003年に登録有形文化財
  • チェックイン: よろづや 15:00〜(最終18:30)/ アウト 〜10:00。松籟荘 15:00〜18:00 / アウト 〜11:00
  • 食事: よろづやは夕食17:45〜19:30・朝食7:30〜8:30(個室食事処あり)。松籟荘は部屋食または個室食
  • 客室: よろづや 総客室数28室。松籟荘 全5室・60〜95㎡、全室露天風呂付き
  • 駐車場: よろづや 普通車30台(宿泊者無料)。松籟荘 専用8台
  • 創業: 寛政年間(1789〜1801年)とされる



編集部の評価

公開レビューデータを集計した評価の高さと件数の厚みに、2003年登録の木造大浴場が現役で使われているという温泉建築としての適合度を加えて算出しました。旧松籟荘の焼失により、登録時の二棟がそろって残っていない点は、建築の評価から差し引いて考えています。

よくある質問

Q. 桃山風呂はいつ、誰が建てたのですか?

A. 1951年初めに着工し、1953年9月に完成しました。宿の記録では、設計は沖津清、棟梁は地元の社寺大工の市川正主です。

Q. 松籟荘は今も登録有形文化財の建物ですか?

A. 2003年に登録された旧松籟荘(1939年築)は2021年2月に焼失しました。現在の松籟荘は2024年3月に開業した新しい建物です。2003年に同時に登録された建物で、元の姿のまま残るのは桃山風呂です。

Q. 桃山風呂には男女とも入れますか?

A. 入れます。東雲風呂と男女入れ替え制で、女性は15:00〜21:30、男性は22:00〜翌9:30です。

Q. 宿泊せずに桃山風呂を見学できますか?

A. よろづやは日帰り入浴を受け付けていません。見学ツアーは宿泊者向けの案内で、開催日は宿に確認が要ります。

Q. 訪れる季節はいつが良いですか?

A. 編集部が推すのは厳冬期です。雪の庭越しに見上げる湯屋の屋根と、湯気に煙る窓の連なりが、この建物の構成をよく伝えます。

本記事の参考情報

編集部から

温泉建築の記事を書くとき、編集部はまず残っている建物と失われた建物を分けて記録するようにしています。よろづやの場合、2003年に登録された二棟のうち、旧松籟荘は2021年に失われ、桃山風呂だけが湯屋として使われ続けています。新しい松籟荘は旧棟の窓と天井高を引用して建てられました。修善寺の天平大浴堂から湯田中の桃山風呂へ、そして再建された松籟荘へ。寺院の形式を借りて湯を包むという発想は、時代ごとに形を変えて受け継がれています。同じ湯田中・渋の谷で、昭和戦前の木造四階を今も使う宿と並べて読むと、山ノ内の木造の層がさらに見えてきます。あなたが次に訪れる湯屋は、誰が組んだ建物でしょうか。

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