なまこ壁——平瓦を壁面に張り、継ぎ目の漆喰を蒲鉾形に盛り上げる左官の工法——を、町並みの背景としてではなく自らの敷地に残している宿として、編集部は伊豆・松崎と倉敷から 3 軒を選んだ。防火と防湿のための構法が、白と黒の格子という強い意匠に転じた表層である。

# 宿 エリア Score 客室 目安価格 なまこ壁の現れ方
1 御宿しんしま 静岡・松崎町 92 13 ¥26–¥44k 明治13年の蔵座敷を敷地内から移築。壁面は松崎に一般的な斜めの四半目地
2 旅館くらしき 岡山・倉敷美観地区 91 8 ¥86–¥129k 本町通りに面する一棟貸「Omoya」、虫籠窓の下に一文字目地の腰壁を一段
3 滔々 阿知の庄 蔵の宿 岡山・倉敷 76 1棟 ¥53–¥59k 1897年頃に移築された蔵。改修で移築当時のなまこ壁を復元した

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室(一棟貸しは1棟)あたり料金(税込)です。夕食の有無と客室の等級で幅が出るため、同じ宿でも上下の開きが大きい点に留意されたい。

平瓦と漆喰 — なまこ壁は意匠より先に防火である

倉敷市の文化財保護課は、この工法を「なまこ目地瓦張(なまこめじかわらばり)」と呼ぶ。同課の解説によれば、外壁仕上げの一種で、主として正方形の瓦を張りつけ、目地を埋める漆喰を盛り上げたものを指す。目地漆喰の断面は半円形で、その形がナマコに似ていることが名の由来である。同じ解説は「これを上手に仕上げるには相当の技術を要します」と、あっさり書き添えている。

順序を取り違えないほうがいい。この壁は、白と黒の格子模様を作りたくて生まれたのではない。土壁や板壁より火に強く、潮風と雨に耐える外皮が要る、という条件が先にあった。瓦は焼き物であり、燃えない。その瓦を壁の全面に張ってしまえば、隣家からの類焼にも、海からの塩と風にも強くなる。松崎町の説明にある通り、類焼を避けたい面だけになまこ壁を用いた家もある。つまりこれは、必要な箇所に必要なぶんだけ貼られた、機能の痕跡でもある。

ただし手間が異様にかかる。瓦を一枚ずつ壁に留め、その継ぎ目に漆喰を蒲鉾形に盛り、角を通し、線を揃える。平面を塗る仕事ではなく、線を引く仕事に近い。だから現代の新築でこの外皮が選ばれることはまずない。残っているなまこ壁は、ほぼ例外なく、それが合理的だった時代の残余である。

目地の割付という方言 — 四半・一文字・馬乗り

面白いのは、同じ工法の呼び名と割付が、土地によって違うことだ。倉敷市の文化財解説は、なまこ目地に「水平に通る一文字目地」と「斜めに通る筋違目地」の二つがあると整理する。松崎町の公式解説は、瓦を横に貼った「芋目地」「馬乗り目地」もあるとしたうえで、松崎町では方形の瓦を斜めに貼って水はけをよくした「四半目地」が一般的な形だと書く。建築用語としては、いも張り・四半張り・馬乗り張りという言い方も並行して使われる。

呼称の揺れの下に、割付の判断がある。斜めに張れば、瓦の継ぎ目に沿って水が左右へ流れ落ちる。西風が三日止まないという松崎の冬に対しては、この向きが理に適う。水平に張れば、目地は建物の水平線を強調し、軒や腰の高さを際立たせる。倉敷の蔵で一文字目地が目につくのは、川沿いに連なる白壁の水平性と揃えたほうが町並みとして収まるからだろう。装飾に見える差が、風向と町並みの都合から出ている。

209棟から190棟へ — 松崎という母数

伊豆半島西岸の松崎町は、この壁の密度で知られる。町の公式解説によれば、なまこ壁建造物は 2002 年(平成14年)の調査で 209 棟。2015 年(平成27年)の調査では 190 棟に減り、うち 28 棟が空き家になっている。建築年代は明治中期から昭和初期。母屋の妻壁や腰まわり、そして土蔵に多い。減少の理由は老朽化と建て替え、維持管理費の負担である。

町は手を打っている。1994 年度(平成6年度)から、民間のブロック塀などになまこ壁を施工する「なまこ壁技術伝承事業」を続けており、2017 年度末までに 690m が施工された。左官の仕事が減るなかで技術を継ぐための、きわめて具体的な施策である。松崎はまた、鏝絵の名手・入江長八を生んだ町でもある。壁を塗る技術と、壁に絵を描く技術が、同じ土地の同じ職能から出ている。

以下の 3 軒は、この表層を「敷地の内側に」持っている宿である。町を歩けば見える壁ではなく、泊まった人が触れられる壁を条件にした。

1. 御宿しんしま — 静岡県賀茂郡松崎町宮内

明治13年の蔵座敷を敷地内で移築し、ロビーに組み込んだ一軒。外壁だったなまこ壁が、いま屋内の壁として立っている。

Media Picks Score: 92 / 100  全13室(和室11・洋室2)、松崎温泉。

目安価格 ¥26,000–¥44,000 / 泊(2名1室・通常期)


御宿しんしま「長八の蔵」 — 静岡県松崎町 · 方形の平瓦を斜めに張る四半目地のなまこ壁と、明治期の木製出窓
PHOTO: 御宿しんしま — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

公式の館内解説によれば、明治13年に入江長八が手がけた漆喰鏝絵の残る蔵屋敷を、敷地内から移築してロビーへ組み込んだという。長八の作品が建物に付いたままの状態で見られる例は多くない。写真で確認できる通り、その蔵の壁面には方形の平瓦を斜めに張った四半目地のなまこ壁が残り、木製の出窓と桟瓦の小庇がその上に載る。かつて風雨を受けていた面が、いま暖房の効いた屋内で正対できる位置にある——この配置の転倒が、この宿を選んだ理由である。同じ明治13年には、町内に国指定重要文化財の旧岩科学校が建っている。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、評価は高い水準で安定しており、建物と展示物、そして料理の双方に支持が集まる傾向が読み取れる。海に近い立地から魚を主とした献立への評価が中心で、施設の新しさそのものを評価軸に置く層とは相性が分かれる。全13室という規模ゆえ、大浴場や館内施設の多さを求める滞在には向かない。町歩きの拠点として建物を目的に来る層で、満足度が明確に高い一軒と読める。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    左官仕事と鏝絵を建物単位で見たい旅、町並みを徒歩で回る旅程、伊豆半島を車で縦断する行程の中日
  • 向かない:
    大規模な温泉施設を求める滞在、鉄道の駅から直接向かいたい旅程(最寄り鉄道駅から遠い)、洋食中心の食を望む旅

具体情報

  • 所在: 静岡県賀茂郡松崎町宮内284
  • アクセス: 松崎町バスターミナルから徒歩約7分。駿河湾フェリー清水港〜土肥港 約1時間5分、土肥港からバス約50分。東名沼津ICから国道136号で約2時間
  • 規模: 全13室(和室11室・洋室2室)
  • 建築: 明治13年(1880年)の蔵座敷を敷地内から移築しロビーへ組み込み。壁面は四半目地のなまこ壁
  • 見学: 蔵座敷の鏝絵は宿泊者のみ見学可。作品には触れないよう掲示がある
  • 食事: ダイニング「長八の蔵」。洋食のコースは前日までの予約制
  • 周辺: 伊豆の長八美術館、なまこ壁通りはいずれも徒歩圏。松崎海水浴場は当館から徒歩6分ほど(公式記載)


2. 旅館くらしき — 岡山県倉敷市本町

江戸期の砂糖問屋を継いだ全8室。築300年を超える道具蔵が、64.9㎡のメゾネット客室として現役である。

Media Picks Score: 91 / 100  本館8室、1957年創業。別棟に一棟貸の Residence 2棟。

目安価格 ¥86,000–¥129,000 / 泊(2名1室・通常期)


旅館くらしき「蔵の間」 — 岡山県倉敷市本町 · 築300年以上の道具蔵を改装したメゾネット客室、露しの柱と梁
PHOTO: 旅館くらしき — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

倉敷川畔の伝統的建造物群保存地区の中心、本町4-1。公式によれば江戸時代につくられた砂糖問屋の商家と蔵を改装した宿で、創業は1957年。客室は8室で、そのうち「蔵の間」は当館で最も古い築300年以上の道具蔵をメゾネットに改めた64.9㎡、「乾の間」はおよそ170年前の砂糖蔵の二階部分である。なまこ壁は本館ではなく、本町通りに面する一棟貸「Residence」の主屋に現れる。二階の虫籠窓の下、白漆喰の面を切るように、平瓦を水平に張った腰壁が一段まわる。倉敷市の分類でいう一文字目地である。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、建物と庭、そして料理への評価が軸を成す一方、価格帯に対する期待値の高さから設備面の古さを指摘する傾向も一定量みられる。築年の古い躯体を客室にしている以上、寸法や段差は現代のホテル基準とは異なる。評価が分かれるのはその一点に集中しており、建物そのものを目的とする層と、設備水準を主に見る層とで読み方が明確に割れる宿と言える。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    保存地区の内側で一晩を過ごしたい旅、蔵の躯体を客室として体験したい建築関心層、大原美術館や民藝館と合わせて歩く旅程
  • 向かない:
    均質な設備水準を優先する滞在、幼児連れで段差を避けたい旅程、価格を抑えて泊まりたい行程

具体情報

  • 所在: 岡山県倉敷市本町4-1(倉敷川畔伝統的建造物群保存地区内)
  • 規模: 本館8室。別に一棟貸 Residence 2棟(Omoya 80.6㎡/Hanare 37.1㎡)
  • 蔵の客室: 「蔵の間」=築300年以上の道具蔵を改装、64.9㎡のメゾネット。「乾の間」=約170年前の砂糖蔵の二階
  • 庭と湯: 江戸時代から引き継ぐ回遊式枯山水「陽前の庭」。庵治石の浴槽を収めた半露天の貸切風呂は1組50分
  • チェックイン: 15:00〜/アウト 〜11:00(Residence は〜10:00)
  • 創業: 1957年


3. 滔々 阿知の庄 蔵の宿 — 岡山県倉敷市

1897年頃に移された蔵を、118㎡の一棟貸へ。改修で復元されたのは、移築当時のなまこ壁である。

Media Picks Score: 76 / 100  一棟貸(定員6名)、床面積118㎡。2022年開業のため公開レビューの母数が小さく、指標は伸びにくい。

目安価格 ¥53,000–¥59,000 / 泊(2名・一棟あたり・通常期)


滔々 阿知の庄 蔵の宿 — 岡山県倉敷市 · 復元された一文字目地のなまこ壁が妻壁と腰を走る土蔵の外観
PHOTO: 滔々 阿知の庄 蔵の宿 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

公式の説明が明快である。1897年頃にこの地へ移築された蔵で、長年は納屋として使われ、百年を超える時間のなかで少しずつ補修が重ねられてきた。今回の改修で、外観は移築当時のなまこ壁を復元したという。構造材や土壁は残せる部分を残し、床板や腰瓦も可能な限り再利用した。設計は TT Architects の高吉輝樹、施工はなんば建築工房。令和元年度「倉敷市まちづくり基金」の補助事業でもある。3軒のなかで、失われていた表層を意図的に戻した唯一の例であり、目地は水平に通る一文字目地。妻壁の稜線と腰に帯状に走らせ、面の大部分は白漆喰のまま残している。


滔々 阿知の庄 蔵の宿の玄関アプローチ — 北木石の石積みと下草、格子状に通るなまこ壁の目地を間近に見る
PHOTO: 滔々 阿知の庄 蔵の宿 — 公式サイトを見る →

集約レビューの傾向

開業から日が浅い一棟貸のため、公開レビューデータの母数は小さく、傾向として読み取れる情報は限られる。同じ運営者が倉敷市内で手がける他の町家・蔵の宿では、建物の質と静けさへの評価が安定して高い水準にある点は参考になる。セルフチェックインで食事の提供がないため、夕食を宿で完結させたい滞在には向かない。設えの細部を自分で読む旅に振り切った形式である。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    復元という手法そのものに関心のある建築・工芸志向の旅、家族や友人で一棟を使う旅程、自炊しながら数泊する滞在
  • 向かない:
    夕食を宿で供されることを前提とする滞在、対面のサービスを重視する旅、深夜到着で設備説明を受けたい旅程

具体情報

  • 所在: 岡山県倉敷市。倉敷駅と美観地区のあいだ、倉敷用水に沿う一角(カーナビ設定は倉敷市川西町20-6)
  • 規模: 一棟貸・定員6名、床面積118㎡。1階=リビング・ベッドルーム・キッチン・浴室・中庭/2階=和室15.5畳+畳3畳
  • 建築: 1897年頃移築の蔵を改修。設計 TT Architects 高吉輝樹、施工 なんば建築工房。令和元年度「倉敷市まちづくり基金」補助事業
  • 素材: 北木石の石積みのアプローチ、備前市製の耐火煉瓦を貼り合わせた北面の壁とガス暖炉、20年以上寝かせた地松の長尺材の床
  • チェックイン: 15:00〜(セルフチェックイン)/アウト 10:00(延長不可)
  • 食事: 夕食の提供なし。軽朝食(パン、ジャム・バター、季節の果物)付き
  • 駐車場: 宿の前に1台分無料。2台目以降は近隣の駐車場
  • 公式料金: 2名・平日 ¥49,500〜


三軒を並べて見えるもの — 移す、住み継ぐ、戻す

同じ工法を残していても、宿が取っている態度は三様である。松崎の御宿しんしまは、壁ごと屋根の下へ移した。倉敷の旅館くらしきは、蔵を客室として使い続けることで、躯体と表層を生活のなかに置いたままにしている。滔々 阿知の庄 蔵の宿は、いったん失われていた表層を、改修の機会に戻した。移す・住み継ぐ・戻す。保存という言葉が指す幅が、これだけで三つに割れる。

どれが正解という話ではない。ただ、どの態度を取るにせよ、瓦を張って目地を盛る職人が要る点だけは共通している。松崎町が年に一定額を投じて技術伝承の施工を続けているのも、倉敷の宿が改修で左官に発注しているのも、突き詰めれば同じ問題——この仕上げを施工できる手が、いつまで残るか——に向き合っている。初秋、光が斜めに入り始める季節は、目地の蒲鉾が最も陰影を持つ時期でもある。壁を見るために町を歩くなら、9月から10月の午後が読みやすい。

よくある質問

Q. なまこ壁とは何ですか。

A. 壁面に方形の平瓦を張りつけ、瓦の継ぎ目(目地)に漆喰を蒲鉾形に盛り上げて塗る外壁仕上げです。盛り上がった目地の断面が半円形で、ナマコに似ていることが名の由来です。倉敷市の文化財保護課は「なまこ目地瓦張」という呼称を用いています。

Q. 四半目地と一文字目地は何が違いますか。

A. 目地の通る向きが違います。斜めに通るものが四半目地(筋違目地)、水平に通るものが一文字目地(芋目地)です。松崎町の解説では、瓦を斜めに貼って水はけをよくした四半目地が町内では一般的とされ、倉敷の蔵では水平の一文字目地が目につきます。ほかに端を重ねて張る馬乗り目地もあります。

Q. 松崎のなまこ壁はどのくらい残っていますか。

A. 松崎町の公式解説によれば、2002年の調査で209棟、2015年の調査では190棟です。190棟のうち28棟が空き家で、老朽化や建て替え、維持管理費の負担により減少が続いています。町は1994年度から左官技術の伝承を目的とした施工事業を継続しています。

Q. 建物や蔵座敷は宿泊しなくても見られますか。

A. 御宿しんしまの蔵座敷は公式サイトに「宿泊者のみ見学可能」と明記されています。松崎町では旧岩科学校、明治商家中瀬邸、伊豆文邸などのなまこ壁建造物が観光施設として公開されており、宿泊と別に見学できます。

Q. 三軒を一つの旅程でつなげますか。

A. 松崎(静岡県西伊豆)と倉敷(岡山県)は距離があり、一つの週末で回る行程には向きません。倉敷の2軒は徒歩圏にあるため同一の滞在で見比べられます。松崎は伊豆半島の周遊、倉敷は瀬戸内の旅程に、それぞれ組み込む形が現実的です。

本記事の参考情報

・松崎町「松崎町のなまこ壁」 — 棟数調査、目地の種類、技術伝承事業
・倉敷市 教育委員会 文化財保護課「なまこ目地瓦張(なまこ壁)」 — 工法の定義と目地の分類
・Wikipedia: なまこ壁 — 名称の異表記と全国の分布

編集部から

取材の下調べで、この工法を自館の敷地に持つ宿は思いのほか少ないと分かった。町並みの写真は無数にあるのに、泊まれる建物となると絞られる。理由は単純で、なまこ壁は蔵に多く、蔵は客室に向かない——窓が小さく、天井が低く、階段が急である。それでも三軒は、移築という力技、住み継ぐという継続、復元という再実行で、この壁を滞在の側へ引き寄せていた。次は黒漆喰のなまこ壁を追いたい。松煙炭を混ぜた漆喰を薄く磨き上げる仕上げで、松崎では旧依田邸と明治商家中瀬邸にしか残らないという。財力と職人の腕が揃った家にしか成立しなかった表層である。

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