湯屋建築を文化財として見るなら、明治28年の法師温泉長寿館「法師乃湯」、昭和5年の四万温泉積善館「元禄の湯」、昭和26年の湯田中温泉よろづや「桃山風呂」の三つの浴場をたどるのが近道です。どれも現役で使われ、泊まれば湯に浸かることができます。杉皮葺きの木造平屋、鉄筋コンクリートの浴場に木造の客室を載せた三階建て、社寺の架構を借りた純木造の湯殿。半世紀あまりのあいだに、湯を囲う建物は大工の仕事から設計者の仕事へと移り、その途中で左官やタイル工の手も加わりました。本稿は施設の比較ではなく、湯気の向こうに残る職人の仕事を観察する試みです。紅葉が谷を下り、湯気が白く立ちはじめる晩秋は、湯屋の窓と木肌がもっともよく見える季節です。

# 宿 / 浴場 エリア 客室 目安価格 浴場の築年・文化財
1 法師温泉 長寿館 / 法師乃湯 群馬県みなかみ町 33 ¥60–¥78k 1895年築、木造平屋・杉皮葺。2006年国登録有形文化財
2 四万温泉 積善館 本館 / 元禄の湯 群馬県中之条町 22 ¥30–¥93k 1930年築、1階RC造の浴場。2014年中之条町指定有形文化財
3 湯田中温泉 よろづや / 桃山風呂 長野県山ノ内町 38 ¥64–¥78k 1951年築、純木造・折上格天井。2003年国登録有形文化財

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

湯屋は、誰の仕事として残ったか

温泉の建物は、客室から傷んでいきます。湯気と硫黄にさらされる浴場はさらに消耗が早く、多くの宿は数十年ごとに浴室をタイルとステンレスで作り直してきました。その流れのなかで、築半世紀を超えた浴場が建物ごと文化財として残っていることは、建築の出来に加えて、宿が補修の手を止めなかったことを示しています。

この3軒を建築年の順に並べると、湯屋の担い手が移っていく様子が見えてきます。明治の法師乃湯は、山の大工が杉と丸太で組んだ小屋組の建物です。昭和初期の元禄の湯では、コンクリートの躯体に左官とタイル工の仕事が加わりました。戦後の桃山風呂は、設計者の名前が文化庁の台帳に残る湯殿です。三つの浴場を一度の旅でめぐる必要はありませんが、比べて見ると、それぞれの浴場で何を観察すればよいかがはっきりします。

各宿の総合評価は、公開レビューデータを集計したスコアに、テーマへの適合度を加えて算出しています。

1. 法師温泉 長寿館 — 群馬県みなかみ町

明治28年、杉皮葺きの屋根の下で、足元から湧く湯を木枠で囲った湯屋。大工の仕事がほぼそのまま残る一棟です。

山あいの一軒宿(本館・別館・法師乃湯が国登録有形文化財)。

目安価格 ¥60,000–¥78,000 / 泊 (2名1室・通常期)


法師温泉 長寿館 法師乃湯 — 群馬県みなかみ町 · 1895年築、丸太梁とアーチ窓の木造湯屋、木枠の浴槽
PHOTO: 法師温泉 長寿館 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

法師乃湯は1895年(明治28年)に建てられた木造平屋で、屋根は杉皮葺きです。文化庁の解説によれば、桁行12m・梁間10mの寄棟造。和小屋に一部トラスを用い、棟の上に櫓状の換気口を載せています。軒は四周をせがい造とし、外壁は下見板張りで、そこにアーチ窓を開けています。湯は岩盤から直接湧き、川底に木枠を組んだだけの浴槽を満たします。浴槽を仕切る丸太は、湯に浸かる人の枕にもなります。建物の構造と湯の出方が、同じ一つの判断で決まった浴場と言えます。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、浴場と建物への評価が際立って高い一方、客室設備や館内の移動については意見が分かれます。本館の客室にはトイレがなく、古い棟ほど音や寒さを感じやすいという、築年相応の条件がそのまま評価に表れています。湯屋を目的に訪れる人と、快適な客室を求める人とで、満足の度合いがはっきり分かれる宿です。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    明治の木造架構を実物で見たい建築好き、足元湧出の湯を目的にする湯めぐりの旅、山中の静けさを優先する大人の二人旅
  • 向かない:
    混浴に抵抗がある人(法師乃湯は混浴で、女性専用は20時〜22時のみ)、客室にトイレや水回りの設備を求める人(本館はトイレなし)、冬季に雪道の運転に慣れていない人

具体情報

  • アクセス: 上毛高原駅から町営バスで猿ヶ京乗り継ぎ、法師温泉下車(1日の運行本数が少ない)/関越道 月夜野ICまたは湯沢IC
  • 浴場: 法師乃湯 1895年築、木造平屋、建築面積119㎡
  • 文化財: 本館(1875年築)・法師乃湯・別館(1940年築)の3棟が2006年に国登録有形文化財
  • 創業: 1875年(明治8年)
  • 日帰り入浴: 11:00〜13:30受付、水曜定休(臨時休業あり)


2. 四万温泉 積善館 本館 — 群馬県中之条町

昭和5年、鉄筋コンクリートの浴場の上に木造の客室を載せた「元禄の湯」。アーチ窓とタイル床に、昭和初期の湯屋のモダンが残ります。

湯治棟の流れをくむ老舗旅館(1694年開業)。

目安価格 ¥30,000–¥93,000 / 泊 (2名1室・通常期、客室タイプによる幅が大きい)


四万温泉 積善館 元禄の湯 — 群馬県中之条町 · 1930年築、アーチ窓とタイル床に石造り浴槽5つが並ぶ浴場
PHOTO: 四万温泉 積善館 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

元禄の湯が入る「前新(まえしん)」は1930年(昭和5年)の建築です。3階建てで、1階の浴場は鉄筋コンクリート造、2・3階は木造の客室。屋根は入母屋造の瓦葺きで、2014年に中之条町の有形文化財に指定されました。浴場にはアーチ形の大きな窓が並び、六角タイルの床に石造りの浴槽が5つ据えられています。脱衣所と浴室を仕切らない古い形式や、蒸し湯も残っています。宿によれば2022年の修復工事で、タイルを建築当時の形に戻しました。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、元禄の湯の空間と、赤い橋を渡って入る本館の佇まいへの評価が目立ちます。一方、本館は湯治棟の系譜にあり、客室の広さや設備はそれに見合った簡素なものです。そこを承知して泊まる人ほど満足度が高い傾向が見て取れます。同じ敷地の山荘・佳松亭を選べば、客室のグレードを上げたうえで元禄の湯を利用できます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    昭和初期のRC造浴場とタイルの意匠を見たい人、湯治宿の簡素さを楽しめる一人旅、山荘(1936年築・国登録有形文化財)とあわせて建築群を歩きたい人
  • 向かない:
    本館に広い客室や水回りの設備を求める人(その場合は山荘・佳松亭を選ぶ)、日帰り客の多い時間帯を避けたい人(元禄の湯は日帰り入浴にも開放されている)

具体情報

  • 最寄り: JR吾妻線 中之条駅から路線バス約40分、終点「四万温泉」から本館まで徒歩2分
  • 浴場: 元禄の湯(前新1階)1930年築、石造り浴槽5基、宿泊者は5:00〜25:00に利用可
  • 文化財: 前新 2014年中之条町指定有形文化財/山荘 1936年築・1997年国登録有形文化財
  • 創業: 1691年に本館を建築、1694年(元禄7年)開業
  • 駐車場: 本館宿泊者専用あり(台数に限りがあり、通路の最狭部は幅230cm)


3. 湯田中温泉 よろづや — 長野県山ノ内町

昭和26年、社寺建築の架構で組まれた純木造の湯殿「桃山風呂」。唐破風玄関と折上格天井の下に、稲田石の楕円浴槽があります。

38室、鉄筋の本館と木造数寄屋の松籟荘(1939年築)を持つ老舗旅館。

目安価格 ¥64,000–¥78,000 / 泊 (2名1室・通常期)


湯田中温泉 よろづや 桃山風呂 — 長野県山ノ内町 · 1951年築の純木造浴場、格天井と虹梁、稲田石縁の楕円浴槽
PHOTO: 湯田中温泉 よろづや — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

文化庁の台帳によれば、桃山風呂は1951年(昭和26年)の建築です。木造平屋の切妻造・平入り、鉄板葺きで、建築面積は220㎡。2003年12月に国の登録有形文化財となりました。正面に大きな唐破風の玄関を構え、架構には虹梁や組物といった社寺建築の技法を用いています。浴室の天井は折上格天井で、菱欄間と彫物欄間を要所に配します。浴槽は楕円形で、縁と床には稲田石を使っています。設計は沖津清。三つの浴場のうち、設計者の名前が台帳に明記されているのはここだけです。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、桃山風呂の空間に加え、食事と接客の安定感への評価が高く、3軒のなかで総合点がもっとも高い宿です。一方で本館は鉄筋8階建てで、客室に建築的な趣を求める場合は、木造数寄屋の松籟荘を選ぶ必要があります。桃山風呂は男女入れ替え制のため、時間帯を把握しておくかどうかで滞在の満足度が変わりやすい点も読み取れます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    社寺建築の技法と格天井を湯殿で見たい人、駅から歩いて行ける湯屋を探す電車旅、食事と建築を両立させたい記念日の二人旅
  • 向かない:
    日帰りで浴場だけを見たい人(宿泊者のみ利用可)、短時間の滞在で桃山風呂を男女とも明るい時間に使いたい人(女性15:00〜21:30、男性22:00〜翌9:30の入れ替え制)

具体情報

  • 最寄り駅: 長野電鉄 湯田中駅から徒歩7分(事前連絡で無料送迎あり)/上信越道 信州中野ICから約15分
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
  • 浴場: 桃山風呂 1951年築、建築面積220㎡、庭園露天風呂と蒸し風呂を併設
  • 文化財: 2003年12月 国登録有形文化財
  • 見学: 9:45〜10:00に桃山風呂の見学・撮影時間あり(不定期、要問い合わせ)
  • 駐車場: 宿泊者は無料


三つの湯屋を並べて見えること

法師乃湯から桃山風呂までは56年。その間に、湯屋の「保たせ方」は三度変わりました。法師乃湯は屋根の換気櫓で湿気を逃がし、元禄の湯は浴場だけをコンクリートに置き換え、桃山風呂は湿気を承知のうえで、社寺の木組みで大空間を架けています。桃山風呂が戦後にあえて純木造を選んだことは、構造の合理性よりも、湯殿を儀礼的な空間として立ち上げたいという施主と設計者の意志の表れと読めます。

素材の観察点も三者三様です。法師乃湯では丸太の梁と杉の下見板、元禄の湯では漆喰のアーチと六角タイル、桃山風呂では格天井の組子と稲田石の縁。いずれも現役の浴場なので、湯に浸かったまま天井を見上げるのが、いちばん確かな見学の方法です。

よくある質問

Q. 三つの浴場は、すべて国の登録有形文化財ですか?

A. 法師乃湯(2006年)と桃山風呂(2003年)は国の登録有形文化財です。元禄の湯を含む積善館の前新は、2014年に中之条町の有形文化財に指定されています。

Q. 泊まらずに浴場だけ見ることはできますか?

A. 法師温泉長寿館と積善館は日帰り入浴を受け付けています。よろづやは宿泊者のみが対象ですが、不定期で朝の見学時間を設けています。

Q. 湯屋建築を見るのに合う季節は?

A. 編集部が推すのは11月です。外気が冷えて湯気がよく立ち、窓越しの紅葉が木肌やタイルとの対比をつくります。12月以降は法師・四万とも積雪に備えた装備が必要です。

Q. 混浴や男女の入れ替えはありますか?

A. 法師乃湯は混浴で、20時〜22時は女性専用です。桃山風呂は女性15:00〜21:30、男性22:00〜翌9:30の入れ替え制です。

本記事の参考情報

編集部から

文化財という言葉は、ガラスケースの中のものを思わせます。けれど、ここで取り上げた三つの浴場は、今夜も湯を張り、湯気にさらされ、翌朝には床が磨かれています。登録や指定は保存のゴールではなく、使い続けるための約束に近いものです。三つの湯屋に共通していたのは、傷むことを前提に手を入れ続ける宿の姿勢でした。次の旅では、渋温泉や別府に残る木造の共同浴場や、同じ時代の旅館大広間にも目を向けてみると、湯屋を建てた職人たちの仕事がもう少し広く見えてくるはずです。あなたが湯船から最初に見上げるのは、梁でしょうか、それとも天井でしょうか。

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