客室露天の浴槽素材を檜・高野槙・青森ヒバ・十和田石・伊豆石の五つに分け、それぞれを公式に明記している宿を一軒ずつ、計5軒選びました。木は香りと耐水性、石は肌触りと保温性。素材の性格は、湯の成分と掛け合わせて初めて意味を持ちます。硫黄を含む湯に木を当てた銀山、、地元の石を使う伊豆。湯気が濃くなる晩秋から冬は、浴槽の縁や肌触りに目が向く季節です。絶賛ではなく、何がどの湯に択ばれているかを軸に読みます。

# ホテル エリア 客室 目安価格 1行特徴
1 べにや無何有 石川・山代温泉 16 ¥225–¥299k 全16室の客室露天がすべて檜。山庭に向けて開く
2 すみや亀峰菴 京都・湯の花温泉 27 ¥86–¥125k 客室「遠霞」に高野槇の湯舟。68㎡・全1室
3 仙峡の宿 銀山荘 山形・銀山温泉 40 — 青森ヒバ造りの二人用寝湯。含硫黄の湯に木を当てる
4 いさり火 静岡・伊豆大川温泉 12 ¥68–¥91k 洋室302の露天を十和田石で仕上げる。全12室で素材を張り分け
5 花の風 静岡・今井浜温泉 4 ¥72–¥87k 客室「河津桜」に伊豆石の扇形浴槽。全4室

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。宿全体の販売価格の幅であり、特定の素材の客室に限った料金ではありません。集計件数が少ない宿は価格を掲載していません。

素材と泉質の対応表

五つの素材は、産地も性格も異なります。木の三種はいずれも水に強い針葉樹ですが、香りの強さと含まれる精油に差があります。石の二種はどちらも火山に由来し、柔らかく加工しやすい凝灰岩系が浴室に好まれてきました。まず素材の側から整理します。

素材 性格 宿と客室 泉質 客室面積
檜 耐水性・耐朽性に富み、芳香が長く続く べにや無何有(全16室) カルシウム・ナトリウム―硫酸塩泉 60〜120㎡
高野槙 耐水性に優れ、檜より香りが少ない すみや亀峰菴「遠霞」(1室) 単純弱放射能泉 68㎡
青森ヒバ 精油を多く含み、耐朽性が高い 銀山荘「半露天寝湯付客室」 含硫黄・ナトリウム・塩化物・硫酸塩泉(源泉60℃) —
十和田石 秋田・大館市比内町産の緑色凝灰岩。濡れても滑りにくい いさり火「302」(1室) 自家源泉かけ流し —
伊豆石 伊豆半島の石材の総称。安山岩系と凝灰岩系がある 花の風「河津桜」(1室) ナトリウム―塩化物泉(弱アルカリ性) 89.62㎡

強い湯に何が択ばれるか。硫黄泉や酸性泉では金物が傷みやすく、湯に触れる部分を木で組む例が各地の湯治場に残ります。今回の五軒で硫黄を含むのは銀山温泉で、そこに据えられているのは青森ヒバでした。ヒバ(ヒノキアスナロ)はヒノキチオールなどの精油を多く含む材として知られ、北東北の浴場で重用されてきた木です。対して日本の檜は、ヒノキチオールをわずかにしか含みません。香りの檜、耐朽のヒバ、香りを引く高野槙という整理が、木を択ぶ際の目安になります。

石は事情が異なります。十和田石は石のなかでも柔らかく、保温性と保水性に優れ、浴場の床材として古くから使われてきました。伊豆石は江戸城の石垣にも運ばれた広域流通の石材ですが、現在は伊豆半島からの産出がほぼ途絶えており、新たに使える量が限られます。なお、五軒のなかに強酸性泉の宿はありません。酸の強い湯の浴場が何で造られているかは、強酸性泉の湯屋が択ぶ材料と硫黄泉・酸性泉の浴場建築で扱っています。

1. べにや無何有 — 石川・山代温泉

山代の高台に十六室、すべての客室露天が檜。白木の湯船を山庭へ向けて据えた、素材の基準点となる一軒。

16室、全室に温泉露天風呂を備える旅館。

目安価格 ¥225,000–¥299,000 / 泊 (2名1室・通常期)


べにや無何有 — 石川・山代温泉 · 全16室に備わる檜の温泉露天風呂、木格子越しに山庭を望む湯船
PHOTO: べにや無何有 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

全16室の客室露天を檜で統一している点が、この宿を選んだ理由です。公式の客室案内では、和室・洋室・和洋室・特別室のいずれにも「檜の温泉露天風呂」が明記されています。泉質はカルシウム・ナトリウム―硫酸塩泉で、木肌を荒らしにくい穏やかな湯。建築は竹山聖、アートディレクションは原研哉。60〜120㎡の客室に、畳・障子・竹・珪藻土・和紙を重ねた設えが続きます。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、評価の中心は食事にあり、冬季の蟹を挙げる声の厚みが目立ちます。次いで客室の温泉露天、接客、浴場全般への評価が並びます。食と湯の双方に評価が分かれて立つ点が、この宿の輪郭です。一方で価格帯は五軒の中で突出して高く、費用に対する納得感は滞在の目的次第と言えます。否定的な傾向として集約できるほどの偏りは確認できませんでした。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    記念日の二人旅、素材と建築を主目的にする滞在、冬の加賀で蟹と雪見の湯を組み合わせたい旅程
  • 向かない:
    費用を抑えたい旅(五軒で最も高い価格帯)、温泉街のそぞろ歩きを主役にしたい人(宿は坂道の先に建つ)、にぎやかな館内施設を求める家族旅

具体情報

  • 最寄り駅: JR加賀温泉駅(北陸新幹線)から車で約10分
  • 客室サイズ: 60〜120 ㎡(全16室、全室に檜の温泉露天風呂とシャワーブース)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
  • 食事: 「懐石 方林」で提供
  • 泉質: カルシウム・ナトリウム―硫酸塩温泉
  • 駐車場: あり
  • 設計: 建築 竹山聖 / アートディレクション 原研哉


2. すみや亀峰菴 — 京都・湯の花温泉

亀岡の山あい、客室「遠霞」に高野槇の湯舟。香りを抑えた木を、放射能泉の掛け流しに合わせた一室。

27室、露天風呂付客室を持つ山あいの旅館。

目安価格 ¥86,000–¥125,000 / 泊 (2名1室・通常期)


すみや亀峰菴 — 京都・亀岡 湯の花温泉 · 高野槇の湯舟を備える露天風呂付客室「遠霞」の室内
PHOTO: すみや亀峰菴 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

高野槇を客室露天に用いた例として選びました。公式の客室案内は「遠霞」を「高野槇の広い湯船」と記し、広さは68㎡、和室10畳に次の間と広縁、全1室です。泉質は単純弱放射能温泉(天然ラジウム温泉)。成分の主張が穏やかな湯に、檜より香りの控えめな木を合わせる組み合わせと読めます。松のなぐりの広縁からは茅葺門が見えます。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、食事への評価が最も厚く、他の項目を大きく引き離しています。宿は京懐石にオーストリアワインを合わせる構成を掲げています。温泉そのものと客室の専用風呂への評価がこれに続き、接客も安定しています。弱い傾向としては価格への言及と、大浴場の規模に物足りなさを見る声が一定数あります。浴場の広さより、客室で湯を使う時間に価値を置く人に向く宿と言えます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    京都市内の滞在に一泊を足す旅、香りの強い木風呂が得意でない人、食事とワインを主目的にする二人旅
  • 向かない:
    高野槇の湯舟を必須とする予約で客室指定をしない人、大浴場の広さを重視する人、駅から徒歩で動きたい旅程

具体情報

  • 最寄り駅: JR亀岡駅から送迎バスで約20分(トロッコ亀岡駅からは約30〜45分)
  • 客室サイズ: 「遠霞」68 ㎡(和室10畳+次の間+広縁、定員4名、全1室)
  • チェックイン: 15:00〜19:00 / アウト 〜11:00
  • 食事: ダイニングまたは客室で京懐石
  • 泉質: 単純弱放射能温泉(天然ラジウム温泉)
  • 貸切露天: 45分 3,000円(税別)・要予約


3. 仙峡の宿 銀山荘 — 山形・銀山温泉

含硫黄の湯に、青森ヒバの寝湯。銀山川の谷に建つ四十室の宿が、新しい客室に据えた木の浴槽。

40室、銀山川沿いの温泉旅館。


仙峡の宿 銀山荘 — 山形・銀山温泉 · 青森ヒバ造りの寝湯を二槽並べた半露天寝湯付客室の浴室
PHOTO: 仙峡の宿 銀山荘 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

硫黄を含む湯に木を択んだ実例として挙げます。公式の案内によれば「半露天寝湯付客室」の浴槽は青森ヒバ造りで、二人用の寝湯を備えます。泉質は含硫黄・ナトリウム・塩化物・硫酸塩温泉、源泉温度は60℃。ヒバは精油を多く含み耐朽性の高い材として知られ、金物を避けたい泉質に合わせやすい木と言えます。寝室ではベッドに横たわったまま、障子越しに銀山の自然を望めます。” –>寝室ではベッドに横たわったまま、障子越しに銀山の自然を望めます。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、食事、温泉、露天風呂への評価が上位に並び、温泉街の観光拠点としての立地も支持されています。露天風呂への評価が浴場全般とは別に上位へ入る点が、この宿の特徴と言えます。弱い傾向は価格で、割高と感じる声が一定数あります。予約の集中する冬季は、費用と混雑の両方を見込んでおく必要があります。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    雪の銀山温泉で客室に籠もる二人旅、寝湯という入り方に関心のある人、木の浴槽と硫黄の香りの組み合わせを確かめたい人
  • 向かない:
    三名以上の滞在(寝湯付客室は定員1〜2名)、布団の追加を前提にする人(追加不可)、冬に窓からの眺望を重視する人(雪囲いで景観が遮られる客室がある)

具体情報

  • 最寄り駅: JR大石田駅から送迎または路線バスで約30〜40分
  • 客室: 半露天寝湯付客室は定員1〜2名、クイーンベッド2台(320×195cm)
  • 泉質: 含硫黄・ナトリウム・塩化物・硫酸塩温泉 / 源泉温度 60℃
  • 車: 東北中央自動車道 尾花沢ICから約30分
  • 駐車場: 無料(宿の約200m手前、温泉街まで送迎あり)
  • 客室数: 40室・全室禁煙


4. いさり火 — 静岡・伊豆大川温泉

相模湾に向く十二室のうち一室が十和田石。伊豆の宿が秋田の緑色凝灰岩を択んだ、その一点を読む。

12室、全室に源泉かけ流し露天風呂を備える宿。

目安価格 ¥68,000–¥91,000 / 泊 (2名1室・通常期)


いさり火 — 静岡・伊豆大川温泉 · 十和田石で仕上げた露天風呂を奥に備える洋室302、相模湾を望む窓
PHOTO: いさり火 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

十二室の客室露天を素材で張り分けている点に注目しました。公式の客室案内では、自然石が3室、伊豆石が3室、ヒノキが5室、そして洋室302の1室が十和田石です。十和田石は秋田県大館市比内町で産出される緑色凝灰岩で、濡れても滑りにくく、保温性と保水性に優れるとされます。地元の伊豆石と並べて北の石を入れた判断が、一棟のなかで比較できます。全室が自家源泉のかけ流しです。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、食事への評価が最も厚く、客室の専用露天風呂がそれに続きます。浴場全般、接客、貸切で使う地下の大浴場と露天風呂も上位に入ります。弱い傾向はいずれも小さく、食事の好み、価格、立地にわずかな言及がある程度です。歓楽街のない静かな集落という環境を、利点と取るか不便と取るかで受け止めが分かれる宿と言えます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    海を見ながら客室で湯を使う二人旅、素材の違う客室を泊まり比べたい再訪者、遅めの出発を望む人(アウト12:00)
  • 向かない:
    階段の昇降が難しい人(エレベーターなし・バリアフリー非対応)、十和田石を目当てに客室指定をしない予約(該当は302の1室)、夜の外出先を求める旅

具体情報

  • 最寄り駅: 伊豆急行 伊豆大川駅から徒歩8分(送迎あり・要事前連絡)
  • 客室: 全12室・全室に自家源泉かけ流しの露天風呂(十和田石は洋室302)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜12:00
  • 浴場: 地下の大浴場と露天風呂は15:00〜翌11:00に貸切利用・予約不要
  • 駐車場: 20台・無料
  • 創業: 1970年


5. 花の風 — 静岡・今井浜温泉

河津の丘に四室。メゾネット「河津桜」の半露天に、伊豆石の扇形浴槽を据えた小宿。

4室、全4室の小宿。

目安価格 ¥72,000–¥87,000 / 泊 (2名1室・通常期)


花の風 — 静岡・河津 今井浜温泉 · 伊豆石を使用した扇形の浴槽、客室「河津桜」の全天候型半露天風呂
PHOTO: 花の風 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

伊豆の石を伊豆の宿で使う、素材と土地が重なる一例として選びました。公式の客室案内は「河津桜」の浴槽を「伊豆石を使用した扇形の浴槽」と記します。客室は1階・2階あわせて89.62㎡のメゾネットで、2階に半露天と寝室を置きます。屋根・窓・網戸のある全天候型で、天候を問わず使える造りです。湯は天然温泉で、加温・加水・循環式であることも公式に明記されています。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、食事への評価が過半を占め、浴場、行き届いた接客、客室の清潔さが続きます。四室という規模から来る目配りの細かさが、評価の土台になっていると読めます。否定的な傾向として集約できる偏りは確認できませんでした。ただしかけ流しを条件にする人には、循環式という仕様が判断材料になります。事前に承知しておきたい点です。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    部屋食で静かに過ごす二人旅、天候に左右されず客室の湯を使いたい人、河津桜の季節に今井浜を拠点にする旅程
  • 向かない:
    源泉かけ流しを条件にする人(加温・加水・循環式)、朝をゆっくり過ごしたい人(アウト10:00、レイトチェックアウトなし)、17:30以降の到着になる旅程

具体情報

  • 最寄り駅: 伊豆急行 今井浜海岸駅から送迎(チェックイン・アウト時のみ)
  • 客室サイズ: 「河津桜」89.62 ㎡(1階46.71㎡+2階42.91㎡、定員3名)
  • チェックイン: 15:00〜17:30 / アウト 〜10:00
  • 食事: 「河津桜」は1階ダイニングで部屋食(夕食18:00・朝食8:15)
  • 泉質: ナトリウム―塩化物温泉(低張性・弱アルカリ性・高温泉)
  • 客室数: 全4室・全室禁煙


よくある質問

Q. 素材を見るのに向く季節はいつですか?

A. 外気が下がり湯気が濃くなる11月から2月が向きます。木は湯気とともに香りが立ち、石は濡れ色がはっきり出ます。銀山温泉は豪雪地で、雪囲いにより眺望が遮られる客室がある点は承知しておきたいところです。

Q. 素材を指定して予約できますか?

A. べにや無何有は全16室が檜のため、客室タイプを問いません。

Q. 硫黄泉や酸性泉には、どの素材が択ばれますか?

A. 金物が傷みやすい湯では、湯に触れる部分を木で組む例が多く見られます。今回の5軒では、含硫黄の銀山荘が青森ヒバを用いています。強酸性泉の客室露天は5軒に含まれていません。

Q. 木の浴槽と石の浴槽、入り心地はどう違いますか?

A. 木は肌当たりが柔らかく、湯に浸かると香りが立ちます。石は縁の冷たさと湯の熱さの対比があり、十和田石のような凝灰岩は濡れても滑りにくいのが特徴です。木は乾燥と換気、石は目地や表面の清掃と、手入れの要点も異なります。

Q. 子連れでも泊まれますか?

A. 宿と客室によります。すみや亀峰菴の「遠霞」は定員4名で、子ども連れの場合は客室での食事になります。銀山荘の寝湯付客室は定員1〜2名で布団の追加ができません。条件は予約前に各宿の公式サイトで確認が必要です。

本記事の参考情報

・Wikipedia: 十和田石 — 産地と石材としての性質
・Wikipedia: 伊豆石 — 安山岩系・凝灰岩系の区分と産出の歴史
・Wikipedia: コウヤマキ — 材の耐水性と用途

編集部から

五軒を並べて見えるのは、素材が宿の看板ではなく、一室ごとの判断として置かれているという事実です。全室を檜で通す宿は一軒だけで、残る四軒は、ある客室にだけ高野槙やヒバ、十和田石、伊豆石を据えていました。同じ建物のなかで素材を変える宿が多いことは、浴槽が改修のたびに見直される部位であることも示しています。木の浴槽そのものの系譜は檜・椹・高野槙の浴槽を読む5軒で、床と壁の石は浴室の床と壁を素材から読む宿で扱っています。次に客室の湯船に浸かるとき、その縁は何でできているでしょうか。

次に読むなら